緑色に染まった日

ももいくれあ

第1話

ワタシにとって、それは、珍しく晴れた心地の朝だった。

久しぶりに見た、その風景とも思える光景。

ふかんで見たその景色はとーくの空に霞んでいた。

そして、少しだけあの時の海の色とどこか似ている。と私は思った。

それは決して気のせいなんかじゃなかった。

ねぇ、聞いて。

ワタシの話を。

ねぇ、聞いてよ。

ワタシの声を、音を、耳を澄まして、こっちを向いて、

知っているでしょ、知らないふり?

ワタシなんかにかまっている暇はないのかしらね、

ひどいのね。今日のワタシ。

あっ、

ちょっと待って、支度、もう少しで終わるから。

玄関先で、いつもの光景。

広がる風景が目の奥に焼き付いていて、いつの間にか、また眠りに落ちた。

一体、どれくらいの時を重ねれば、この思いは思い出ではなくなるのだろうか。

一体、どれくらい扉を開けば次の扉が、空へと向かう飛行機雲に見えるのだろうか。

カノジョの不在を確認できたのか。

または、ワタシの不在が確認されたのか。

そんな朝を重ねてきた。

もう何年も経つような気がしている。

ため息にも似たその吐息が、寝息が耳元で心地良いリズムを奏でていた。

いつもの液体を片手に、ワタシは一口で飲み干した。

とっても苦くて、酸っぱくて、喉の奥に刺激が残るその透明の液体を

ワタシたちはオニガと呼んでいた。

そう、

ワタシはオニガと友だちだった。

カノジョにはまだ言っていなかったけど、

ワタシはオニガと友だちだった。

ずっと、ずっと、昔から。

オニガを飲んで、少し休んだワタシは、

またいつものように気だるい時を過ごしていた。

舌にしびれが残り、喉の奥はイガイガした。

淹れたての珈琲を、アイスコーヒーにして飲んだ。

ほんの少しの牛乳と、ロック氷が混ざり合って、マーブルケーキみたいだった。

そんな朝が一番いい。

ケーキも、パンも、クッキーも、何もない。

安全な朝だった。

ただ、珈琲だけがあって、それを、ゆっくりゆっくり少しずつ、

喉の奥に溶け込ませた。

カノジョの姿が見えなかったコトにも気付かずに、

ゆっくり珈琲を楽しんでいた。

ワタシは、深い闇の中で、いつもいつでも暮らしていた。

それを知っているのは、カノジョと、カレだけだったのかもしれない。

夜のうちに、闇の、病み、と訣別する必要があった。

そうでないと、

また、

騒がしい朝が、やって来てしまうから。

ワタシは必死に夜を耐えた。

時に途絶えた記憶の中で、闇の海を彷徨った。

幸い、ダイビングは得意な方だったから、救われた。

普通の人の半分しか減らない酸素。

ダイバーのライセンスを取る事を何度も勧められた。

1分に46しか打たない脈拍を、

ある人はスポーツ心臓だと言った。

だけど、現実は違っていた。

そのゾウの様な心臓は子像の様に弱くて、もろくて、儚かった。

それを知っているのは、本当の意味で知っているのは、

カノジョとカレ、だけだったのかもしれない。

今日も海に出ているらしい。

姿がどこにも見当たらない。

砂浜まで2分のところ。

やっぱり、そうだった。

今日も、朝は始まっていた。

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緑色に染まった日 ももいくれあ @Kureamomoi

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