第25話 暗殺者の反攻⑥

 ――――ここは、どこだ。


 俺は目が覚めると、真っ暗な暗闇の中にいた。

 辺りは光源らしきモノが一切なく、漆黒の闇。

 音もなく風もなく、暖かさも冷たさもない。ただ、暗闇という虚無。


 いや、そもそも目が覚めたと言ったが、俺は眠っていたのか?

 俺は、あのファット・アーマーとかいう化物と戦っていたはずだ。

 覚えているのは、不意打ち受けた後に一撃を食らって――なのに、なぜこんな場所にいる?


 ……立っている感覚がない。

 足の裏に、地面を踏んでいる感触がない。

 しかし、横になって倒れているという感じもない。

 まるで、意識だけが存在しているようだ。

 肉体が消え去ってしまったかのようだ。


 俺は――――俺は、死んだのか? ここはあの世なのか?


「だとしたら、これが〝地獄〟ってヤツか。なるほど、俺にぴったりの場所だ」


 俺が死んだら行く場所なんて、地獄に決まってる。

 真っ暗で、空っぽで、なにもない。

 まさに俺の人生そのもののようだ。

 まったくもって相応しい。


 そうか――――俺は、死んだのか――――




『……いいえ、あなたは死んでない』




 ――真っ暗な虚無の空間に、突如そんな声が響いた。

 声は、俺の背後から聞こえたようだった。


「! 誰だ!?」


 俺は急ぎ、後ろへと振り向く。するとそこには――1人の少女・・・・・が立っていた。


『あなたは死んでない。いいえ、あなたはまだ死んではならない』


 少女は全身に黒い模様が描かれ、純白の長髪は暗闇の中で輝いて見える。

 そして両目は固く閉じられているにも関わらず、その顔はしっかりと俺へと向いている。

 漆黒の空間の中にあって、彼女の立ち姿は神々しくも儚く思えた。


「お前は……あの時の……」


『……ごめんなさい、あなたは選ばれた・・・・の。だから、まだ死なせてあげることはできない。あなたは、まだ戦わなくちゃならない』


 少女は抑揚のない透き通った声で言う。

 たしか、リリーたちは彼女を〝代理者プロキシー〟と呼んでいた。

 【勇者】となる者に【神器】を授ける、謎の存在。

 彼女自身が神なのか、それとも別の何かなのか――


「……お前は何者だ。何故俺に【神器】を授けた? どうして俺を【神器使い】に選んだ? 俺は……【勇者】になど、なる資格はない」


『あなたは世界を救う者。〝神〟の名の下に、神羅万象の命運は委ねられた。ここで倒れることは許されない』


 ダメだ。

 会話が成り立たない。

 まるで思念が一方通行で動いているかのようだ。


 ――いや、違うな。

 この少女の正体など俺にはどうでもいいのだ。

 俺が【神器使い】になった理由も、俺が世界の救世主とやらに選ばれた理由も、知ったことじゃない。

 こんな話をしても無意味だろう。

 俺は深くため息を吐き、


「…………俺は負けた。あの化物に一撃もらって、身体は今頃ミンチになってるだろう。悪いが、お前の期待には沿えなかったらしい」


『いいえ、あなたは負けてない。まだ肉体は滅んでいない。まだ諦めてはならない』


「ハッ、人様に適当な道具だけ渡しておいて、よく言う。大体、状況は絶望的だ。あの全身鉄屑の化物相手じゃ刃が通らない。それなのに、どう戦えって言うんだ?」


『大丈夫、決して絶望的なんかじゃない。あなたは――ただ、【神器】の使い方を知らないだけ』


「【神器】の使い方……だと?」


『あなたは【神器】を信じていない。【神器】はただの道具ではない。【神器】はただの武器ではない』


 少女は――代理者プロキシーは、俺の傍まで歩み寄ってくる。

 そして目の前まで来ると、右手を少しだけ掲げて手の平を見せた。


 直後、彼女の手の上に見慣れた【神器】が出現する。

 黒い模様が刃に描かれた、一振りの短刀。

 そう――俺の〝ダークナイフ〟だ。


『【神器】とあなたは一心同体。あなたが【神器】を信じれば、【神器】は必ず応えてくれる。あなたが【神器】に欲すれば、【神器】は必ず恵み与える』


 彼女がそう言うと、手の上にあったダークナイフがフッと消える。

 どこにいった――? そう思った刹那、俺は自らの手にダークナイフが握られていたことに気付いた。

 俺は、黒い模様が描かれダークナイフの刃を見つめる。


『あなたは【神器】を知らないかもしれない。でも【神器】はあなたをよく知っている。あなたがあなたの生かし方・・・・を知っているならば――――【神器】に求めよ、さらば与えられん』


 俺の、生かし方――?

 そんなの、1つしかないじゃないか。

 俺がこれまで、ずっとやってきたことじゃないか。


 俺の生かし方――――俺の戦い方――――


 この神器ダークナイフに俺が求めるのは――――


 想像イメージした、その直後――俺の手に握られたダークナイフが〝ドクン〟と脈打つ。

 同時にダークナイフが強烈に光り輝き、漆黒の暗闇だった周囲が一気に白く照らされる。あまりの閃光に、俺はまともに目を開けていられない。


「う……お……!?」


『あなたは【神器】に求め、【神器】はそれに応えた。……使いなさい。あなたの〝神技しんぎ〟は――――』


 最後に、代理者プロキシーは俺に向かってなにかを教える。

 その言葉を聞き終えた瞬間――俺の意識は再び消失した。

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