第21話 暗殺者の反攻②

――聖歴1547年/第2の月・上旬アーリー

―――時刻・深夜

――――レギウス王国/辺境の街アルニト/南門前阻塞バリケード

――――――モーニングスター使いの勇者『リリー・アルスターラント』



『いいか、俺は手っ取り早く〝頭〟を仕留めてくる。見たところ、あの骨の化物共は知能が低い。物量頼みの戦法や単純な動きしかできないのは、骨の化物共が個体間で共有している戦術――いや情報か、それが少ないからだ。命令を出しているヤツが死ねば、あっという間に瓦解する。……だが、〝頭〟を暗殺するにはリリーの協力がいる。衛兵たちにも働いてもらわねばな。いいか……俺がこれから話すことをよく聞け――』



 ……なんて、ラクーンが言ってたのが少し前のこと。

 私は生き残りの衛兵たちを従えて南門の前に簡易的な阻塞バリケードを作り、そこを守っている。

 幸いにも、私が最後に放った全力の《聖なる重鉄球セイクリッド・ヘビースパイク》で敵の主力は大打撃を受けたらしく、スケルトン軍団の攻勢は一時的に鳴りを潜めている。

 どうやら立て直しに時間がかかっているようだ。

 【勇者】が現れたということも、混乱に拍車をかけているのだろう。

 魔族は凶悪で理性のない怪物――と思っていたが、一概にそうとは言えないらしい。

 もっともその理性のお陰でこちらも体力を回復して、迎撃の準備を整えることができたのは、皮肉としか言いようがない。


「〝群れのボスを仕留めるのは慣れてる〟なんて言ってたけど……大丈夫かしら」


 ラクーンは私と衛兵にやってほしいことを伝えると、私を南門前に置いてどこかへ行ってしまった。

 たぶん高等魔族を倒しに行ったんだと思うけれど……

 そんなことを考えていると、


「ゆ、【勇者】様……本当に大丈夫なんですか……? たったこれっぽっちの人数で、南門を守るなんて……」


 歳若い1人の衛兵が、私に話しかけてくる。

 彼の傍を見渡せば、私に追従してくれる衛兵たちが10名ほど。

 その誰も彼もが、不安に塗り潰された顔をしている。


 当然だろう。200名以上いたはずの衛兵もほとんど殺され、残った人数をかき集めても僅か30名に満たなかった。

 なんとか保護した住民たちも怪我人が多く、街の外への避難は遅々として進んでいない。

 マトモに歩ける状態の者から南門をくぐらせているが――このまま時間をかけていては、あのスケルトンの大軍に蹂躙されるのは明白だ。

 しかし――〝策〟はある。ラクーンが用意してくれた〝策〟が。

 私はフッと不敵に笑って見せ、


「大丈夫ですよ。あなた方にはこの【モーニングスター使いの勇者】が付いています。だから心配しないで。……それより、準備は進んでいますか?」


「は、はい。なんとか周囲の家々からかき集めて用意・・することはできました。配置も終わってます。別動隊も、今頃は準備を終えているはずです」


「ありがとう。では、後は魔族を迎え撃つだけです。私たちが耐えれば、【ダークナイフ使いの勇者】がこの戦いを終わらせてくれるはず。だから……信じましょう」


 よく見れば若い衛兵の顔は煤に汚れ、衣服と鎧には血が付着している。

 だが、その血はおそらく彼のモノではない。

 きっと傷付いた仲間や住民を介抱している間に付着したのだろう。

 彼以外の衛兵たちも似たような姿をしている。


 でもたぶん、私も人のことは言えない。

 さっきの戦いで修道着も軽鎧も砂と煤で真っ黒に汚れて、顔も似たような感じだろう。

 それに一度は体力を使い果たした身だ、頼りなく見えても仕方ない。

 こんな姿の私が彼らに言える言葉は――〝信じよ〟、ただそれしかない。

 私と衛兵がそんな会話をした直後、


「き――来ました! 魔族の大軍です!」


 見張りの衛兵が叫ぶ。

 それを聞いて、私も大通りの先へと目を向けた。

 北門の方角は、まだ火の手が上がっており明るい。

 そんな炎の街を背景に――〝骨の軍隊〟は向かってくる。


『……コロセ』


『コロセ、コロセ』


『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』


 通りを埋め尽くす――骨、骨、骨。

 さっき私が相手した大軍以上の、膨大な数の骨の群れだ。

 その数数百――いや、下手をすれば千や二千を超えるかもしれない。

 それが、戦意と殺意を剥き出しにして迫り来る。

 周りの衛兵たちも一気に表情を強張らせ、手を震わせる。

 けれど――今度は〝策〟がある。今度は、さっきとは違う――!


「いいですか……? 焦ってはダメです……十分に引き付けて……」


 スケルトンたちの足音が、どんどん近くなる。

 何千何百という個体の歩く音が轟音となり衝撃となり、振動として伝わってくる。


「まだです……まだ……」


 脈打つ鼓動を必死に堪え、額から流れ落ちる汗を徹底的に無視して、スケルトンたちの動きに目を凝らす。

 そして、彼らの先陣が目印の建物・・・・・を通過した――――その刹那、


「ッ今です! 〝合図〟をッ!!!」


 喉が張り裂けそうな大声で、私は叫ぶ。

 すると背後に控えていた衛兵の1人が、ビューグルラッパを口に加えて夜空へと向けた。


 ――――アルニトの街に鳴り響く、真鍮管を通った甲高い信号音。

 それはスケルトンの大軍がかき鳴らす足音にも打ち消されることなく、各箇所に配置された者たちへ〝状況開始〟の合図を知らせた。


 その合図が響くや否や、スケルトンの大軍の頭上――大通りに面した建物2階、あるいは3階の窓から、巨大な鉄鍋を抱えた衛兵たちが一斉に顔を出す。

 彼らは躊躇なく、その鉄鍋の中身をスケルトンたちへ振り撒いた。


 鉄鍋に満たされていたモノは液体であり、そしてその液体を頭から浴びたスケルトンは、〝ジュワッ〟という焼けて揮発する音を奏でた。



『ッ!? ギャアアアアア――――ッ!!!』


 通りに面した左右の建物から液体は降り注いだため、先陣を切っていたスケルトンたちのほぼ全てがそれを浴びてしまう。


 ――やった! 効果あり!

 その景色はともすれば残酷極まりなかったが、私は心中でそう思わざるをえなかった。

 スケルトンという魔族に対してこれが有効かどうかは、未知数だったからだ。


 スケルトンの大軍に降り注いだ液体とは――〝油〟。

 それも熱されてグツグツに煮だった200度前後の油だ。

 アルニトほどの街なら、多くの家庭に〝油と台所〟がある。

 だから油を集められるだけかき集めてギリギリのタイミングまで竈門かまどで煮立たせ、それを空から降らせる。

 これだけでも強力な攻撃ではあるが――


「皆さん、構えて!」


 私が次に合図すると、背後で待機していた10名の衛兵が弓矢を構える。

 弓はいたって簡素な木製弓ロングボウであるが――その〝矢〟の矢じりには――〝火〟が灯っている。


「――――放て!!」


 そして、3度目の合図を叫ぶ。それに呼応して、衛兵たちは〝火矢〟を放った。

 10本の火矢が――油を浴びたスケルトンの大軍に向けて飛翔し、直撃する。


 ――――アルニトの大通りは、火の海・・・となった。

 油を浴びたスケルトンたちは瞬く間に火だるまとなり、留まることなく引火していく。

 燃え盛るスケルトンは絶叫という名の断末魔を上げ、倒れていく。

 この一瞬だけで、少なくとも100体前後のスケルトンが火炎の中に沈んだ。

 火の手は巨大な炎の壁ファイアウォールとなって大通りを封鎖し、後ろに続くスケルトンの大軍の行く手を阻む。


 これが、ラクーンが用意してくれた〝策〟の1つ。

 この炎こそが、反撃の狼煙。これだけでも、スケルトンの侵攻は大幅に遅延するだろう。

 それでも――炎の中を突っ切って、こちらに向かってくる個体もいる。


『コロセ! コロ――』


 そうして漏れ出てきた者を、私が神器モーニングスターで叩き潰す。

 それでも手が足りなければ、衛兵たちが弓矢で駆逐する。

 これならば、私の体力が消耗することはない。


 炎のファイアウォールの勢いは強く、そう簡単には鎮火しないだろう。

 十二分に時間を稼げるはずだ。

 周囲の家々にも燃え移ってしまうだろうが、こればかりはしかたない。


 この炎は、悪を滅ぼす聖なる炎メギド・フレイムなのか――

 ラクーンにも、この炎は見えているのだろうか――


「……こちらは上手くいきました。後はお願いします、ラクーン……」


 アルニトのどこかにいるであろう彼に向かって、私はそう呟いた。

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