第2話 毛玉を見つけました
「毛玉?」
森と草原のちょうど境目あたりに、こんもりとした毛玉があった。
銀色の毛が日の光を反射していて、上から見るとよく目立つ。
──ここから見ても、艶々とした毛並みなのがよくわかる。何の生き物だろう。……とても、触ってみたい。
杖を握った右手が、思わずむずむずする。
──これが、私の唯一の悪癖。でも、どうしても我慢できないものもあるのだ……
ふらふらと引き寄せられるように、その白銀に輝く毛玉の方へと、私は近づいていく。
すると、その綺麗な毛並みの一部が赤く染まっているのが見えてくる。
「せっかくの綺麗な毛並みが、もったいない」
飛行魔法を解除し、私はすとんと地面に降り立つ。
するとその物音を聞き付けたのか、目の前の毛玉が身動ぎする。
こちらを見つめる、つぶらな瞳。
目が合う。
「犬? ううん、コボルト──」
コボルト、それは犬の亜人だ。一般的には人より劣る知性を持つとされている彼ら。
人類種の一員として、友好的な関係を人間と結んでいるコボルトの部族も確かあったはずだ。
私は好奇心とその柔らかそうな毛に触れたいという欲望のままに、ゆっくりと歩いてコボルトへ近づく。
──警戒されないギリギリの距離。確かコボルトは部族を示すのに頭部の毛に編み込み飾りをつけていると聞いたことがある。あれか。……うーん。文献では見たことのない飾り。
私はしゃがみなから声をかける。
「こんにちは。怪我をしているの?」
「人の、子か。ここは、危ない。早く、遠く。へ──」
ぜぇぜぇと荒い息をはきながら危険を告げるコボルト。可愛らしい見た目に反して、その声はバリトンだった。なかなかに渋い。
──えぐり取られたような傷。そして倒れた向きと移動時に折れたであろう草の跡。このコボルトさんは、平原から森の方へと逃げようとしていた様子。
「ワームね」
推察した結果を思わず呟く。
「ど、どうして。それ、を」
コボルトの驚いた様子。ちょうどそのタイミングで、平原側の地面が大きく盛り上がる。
私は呪文の詠唱を開始する。今では感情だけで魔法を使うこの世界で、古くさい過去の遺物とされる、それを。
「『参照』仮承認グリモワール:『アルマの手記』第一章第一節。範囲指定グリッド作成開始。魔力圧縮率3000パーセント。直線射出設定、オートコンプリート実行、実行、実行」
書きかけの私のグリモワール。名前もそのまんま『アルマの手記』。
そのグリモワールの中でも本当に単純な、ただ集めた魔力をまとめて放つだけの、詠唱魔法。
魔法学校で、誰よりも多く集めることのできた私の魔力。かがり火ほどの大きさのあるそれが、小指の爪の先ほどまで圧縮されていく。
準備を終えた私の目の前にはちょうど地面から完全に姿を表したワーム。
見た目は巨大なミミズだ。その頭部に唯一ついている口は、成人女性でも一飲み出来るぐらい大きい。
その口から生えた鋭い無数の歯を広げるようにして、私たちへ迫ってくる。
「『出力』」
私の掲げた杖。煌々と輝くその先端から、圧縮した魔力がほとばしった。
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