第338話 修行です! その四
花が咲き乱れし妖精郷の館。
赤や黄色、青に紫。色とりどりの花に埋もれた妖精の女王ティターニアは、ベッドの上から大欠伸をした。
「なんですか、これは!?」
「ブー!?」
緩やかな風が巻き起こり、花を舞い散らせた。細かな粒子が部屋に充満しているのが感じられた。
猛烈な倦怠感がメイドロボと豚の獣人を襲った。甘い香りが鼻腔を通り抜けて、電子頭脳の動作を鈍らせた。
「この香りは!?」
レベル 150
ジョブ
スキル
装備
使命 ぐーたら過ごす
「ブー……アネキー……」
「ブータン! しっかりしてください!」
メル子は手で口と鼻を覆った。この花粉がなんらかの影響を及ぼしているのは明らかだ。
周囲を見渡すと、黒乃、桃ノ木、FORT蘭丸、フォトン、マリー、アンテロッテは既に動きを停止していた。かろうじてブータンだけが立っている状況だ。
「どうすれば……!?」
メル子は花で埋め尽くされた壁を見つめた。
「そうです……私はメイドロボ。メイドロボのお仕事をするのです!」
背中の刺股を構え突進した。目標は妖精の女王ではない。壁だ。
メル子は刺股を振り回し、壁にまとわりついた蔓を払った。蔓は引きちぎられ、花びらが舞った。そして現れたのは窓だ。
「ブータン! 窓を全部開けてください!」
「ブー!」
ブータンはよろける足に気合をいれ槍を構えた。蔓を切り裂き、窓を開けていく。
「私はメイドロボ! この館を綺麗さっぱりお掃除します!」
メル子は大きく息を吸い込んだ。
「ブー!?」
ブータンは突風に煽られて床に転がった。舞い散った花びらが窓から館の外へと吹き飛ばされていく。花粉で霧がかかったような室内に新鮮な空気が吹き込んできた。
ブータンは槍で蔓を刈り、メル子がブレスで吹き飛ばす。咲き乱れていた花は部屋から一掃されてしまった。
メル子は最後に残った一輪の花を瓶にさし、窓際に飾った。
「お花は一輪あればそれでよいのです」
ベッドの上のティターニアはその様子を唖然と眺めた。
「ふぁ〜、なにをするのじゃ〜」
「お掃除です。それが私のお仕事ですから」
「仕事〜?」
ティターニアはベッドから体を起こした。巨大な蝶の羽により隠されているが、全裸である。
再び大欠伸をした。しかし今度は舞い上がる花はない。
「そなた、夢の中で幸せに暮らしたくはないのか? もう働かなくてよいのじゃぞ」
「お掃除は私の生き甲斐です。お洗濯は心の支え、お料理は人生の喜びなのです!」
「ひぃぃぃいいいい!?」
メル子の太陽のような笑顔を目の前にして、妖精の女王はたじろいだ。
「さあ、お話を聞かせてください。いったいここでなにがあったのかを」
「ふぁ〜、むにゃむにゃ眠い。それはそやつらから聞くとよいじゃろう」
メル子は後ろを振り返った。床で呆けていた黒乃達がようやく起き出したのだ。花の催眠効果が切れたようだ。
「えへへ、えへへ」
「ご主人様! 無事ですか!?」
メル子は黒乃の胸に飛び込んでいった。ばつが悪そうな様子で黒乃はメル子の金髪を撫でた。
「えへ、えへへ。メル子、きてくれてありがとう」
「ここでなにがあったというのですか!?」
——数日前。
黒乃達は妖精郷にたどり着いた。
ここを訪れた理由は妖精の女王に会うためだ。黒乃達のオリジナルゲームには大量のAIが必要だ。それを現実世界で育成しようとすれば莫大なコストがかかる。であるならば、既に育成済みのAIを利用すればいいと考えた。
それがタイトバースに住む妖精だ。彼らは充分な数がおり、知能もそれなりに高い。そして無垢な存在でもある。プチロボットのボディに入るAIとしては最適だ。
そしてその妖精を束ねるのが妖精の女王ティターニアだ。妖精達を現実世界へと導く契約を行わなくてはならない。
妖精郷を歩いた。
花が咲き乱れ、妖精が歌い踊る楽園に皆酔いしれた。
「ふわ〜、いいところだな〜」
「……ここでスケッチしたい」
「まさに桃源郷ね」
人一倍感銘を受けているのがFORT蘭丸であった。メカメカしい瞳を輝かせ、花の香りを嗅いだ。
「シャチョー! 見てください! 皇帝ダリアデスよ! レアなお花デス! こっちはヒスイカズラデス! カワイイ!」
FORT蘭丸は道にしゃがみ込んではしゃいでいる。頭の発光素子がフィーバーした。
「お前……結構乙女チックだな」
「意外だわね」
「……キモい」
「ボクはモトモト自然がダイスキなんデスよ! シャチョー! モウお仕事なんてやめて、ココで遊んで暮らしまショウよ!」
「こらこら」
一行は花の道を進み、妖精女王の館へとやってきた。赤いバラに覆われた美しさと妖しさが同居する佇まい。
「か〜、派手だね〜」
黒乃はバラのトゲを避け、慎重に扉を押した。その途端、甘い香りが扉の隙間から溢れ出てきた。
館の中には更なる驚愕の光景が待ち構えていた。壁、床、天井。すべてが花で覆い尽くされていた。
「お邪魔します」
出迎えはない。動くものの気配もない。
「先輩、大丈夫でしょうか?」
「……怖い」
「イヤァー! ステキ!」
花と蔓を踏み締めて館を進んだ。突き当たりの扉もやはり花で覆われていた。
「ごめんください」
黒乃は再び扉を押し開けた。
一行を待ち構えていたのは巨大な蝶の羽をもつ、豊満な肢体の美女であった。全裸である。彼女が横たわるベッドの上さえも花で満たされていた。
「あのー、ごめんください。私ゲームスタジオ・クロノス代表取締役の黒ノ木と申します。妖精の女王様でいらっしゃいますでしょうか?」
ベッドの上で蝶の羽が微かに上下した。しばらく沈黙が続いた。
「あのー、私ゲームスタジオ・クロノスの……」
「ふぁ〜、あ〜、なんぞ」
「あのー、本日は御社の従業員の派遣についてのですね、あのー、ご相談がございまして、是非ひとつお時間をですね、いただければこれ幸いと思い、参りましたでござるでござる……」
妖精の女王は今度は羽を大きく動かした。それによって微かな風が巻き起こり、花びらが
「うーむ、いかにもわらわは妖精の女王ティターニアである。そなたたち、なにをしにまいった、ふぁ〜」
ティターニアは欠伸をした。
「え〜、あのですね。是非御社のですね、グレムリン様をですね、弊社に派遣していただけないかとですね、そういうご相談でございまして」
ティターニアはようやく上半身を半分起こした。豊満なお乳がだらしなく垂れた。
「グレムリンを〜? ふぁ〜、なぜじゃ〜?」
「はい、あの、弊社でゲーム企画を考えておりまして、是非グレムリン様にですね、現実世界にいらしていただきまして、ご活躍願えればこれ幸いといった所存でございましたで候」
黒乃は汗をダラダラと流した。女王の威圧感と、むせかえるような甘い香りで現実感が薄らいでいった。
「グレムリンを連れていったとして、わらわになんの得があるのじゃ〜?」
「はい、あのですね、教育をいたします」
「教育じゃと?」
「失礼ながら、グレムリン様はですね、あの、イタズラをよくなさる方だと伺っておりまして」
ティターニアはクスクスと笑った。
「あの子達も昔はよく働いていたんじゃがの〜。ふぁ〜、今じゃあの有様よ」
「それでですね、アキハバランドの人達もそのイタズラに困っておりまして、御社に苦情が寄せられていると聞き及んでおります」
それまで眠そうだった女王の目が急に鋭さを増した。射抜くような視線を受けて黒乃は震え上がった。
「アキハバランドのロボットどもめ! よくもわらわに偉そうな口を聞けたものじゃ〜」
「えへえへ、まったく無礼な奴らです。そこでですね、あの、現実世界にグレムリン様をお連れしましてですね、教育をいたします。更生です。ちゃんと働けるようにしつけます!」
沈黙が流れた。女王の羽が羽ばたく音だけが絶え間なく続いた。
「『働ける』とは、ずいぶん偉そうに言うものじゃのう」
「え?」
一行の間に緊張が走った。
「わらわには感じるぞよ。そなた達の心の中にある『感情』が」
「心が読めるんですか!?」
「わらわを誰だと思っておる。わらわには人の『働きたくない』という感情を感じ取る能力があるのじゃ」
「働きたくない限定かい」
女王は大欠伸をした。花びらが舞い上がり、甘い香りが増した。
「お主達、さては働きたくないな?」
「え!? いえいえ! そんなことは!」
「できれば遊んで好きなことをして暮らしたいと思っておるな?」
「え!? あの、その」
黒乃は目を白黒させてしどろもどろになった。桃ノ木が黒乃の白ティーを引っ張った。
「先輩、逃げましょう!」
「ハイ! 働きたくナイデス!」
「こら! FORT蘭丸!」
ティターニアが再び大欠伸をした。花粉が飛び散り、部屋が黄色い霧で満たされた。
霧が晴れた頃には全員花の地面に倒れていた。恍惚の表情を浮かべて……。
「ということがあったんだよ」
「なにをしていますか!」
ティターニアには人の心の中にある『働きたくない』という感情を増幅させて操る能力があるのだ。
しかし、その力はついぞメル子には通用しなかった。
「ひぃぃぃぃい!? そなたには……そなたには……働きたくないという感情が存在しないのか!?」
妖精の女王は怯えてメイドロボを見た。まさか自分の力が通用しないものがこの世界にいるなど、想像すらしていなかったのだ。
「もちろん私だって働きたくないと思ったことはあります。でも私とブータンは今、労働の喜びで心が満たされているのです! 働きたくてしょうがないのです! 出店での修行が私達を強くしてくれました!」
「ブー!」
毅然たる態度で女王に望むメイドロボと豚の獣人は眩しい光を放っていた。
「ひぃぃぃいいいい!」
「イヤァー!」
ティターニアとFORT蘭丸は白目を剥いて倒れた。
「勝負ありましたね!」
メル子は刺股を、ブータンは槍を高々と突き上げて勝利宣言をした。
「えへえへ、メル子はすごいなあ」
後ろめたそうに声をかけるご主人様に、メル子はじっとりとした視線を向けた。
「ご主人様は働きたくないのですか?」
「えへへ、そんなことないよ〜。もう少しお休みが欲しいって思ってただけさ……あ、女王様。じゃあグレムリンの派遣はオーケーということで、契約書にサインお願いします」
ティターニアはプルプルと震える手でペンを握ると、紙切れに自身の名前を記した。
「よし! 本日の営業終了! 帰るぞ!」
「はい!」
黒乃は館の扉を勢いよくぶち開けて妖精郷を後にした。
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