うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない

ギガントメガ太郎

第1話 工場から走ってきました!

 ボロアパートの二階の部屋、窓辺に腰掛けながら女はしきりに外の様子をうかがっていた。

 いよいよ今日念願のメイドロボが我が家にやってくる。この小汚いアパートの一室にやってくるのだ。

 ハタチそこそこの女性の部屋にしては簡素で無機質。ダンボールは積まれたまま、服も数えるほど。

 それも今日メイドロボをお迎えするためだ。


 子供のころ、父に連れていかれたロボット展覧会。そこで少女の人生は決まった。

 労働用、レジャー用、介護用、数々のロボットの中で一際少女の目を引いたのは、美しく優雅に立ち振る舞い、紅茶を差し出してくるメイドロボだった。

 華やかな衣装と太陽のような笑顔を向け、膝をちょいと曲げて挨拶をしてくれた。


 だから少女は働いた。メイドロボを購入するために。学生の間はバイトの毎日。卒業後、就職をしてからも給料はほぼ購入資金へ。

 そしていよいよ一千万円(ローン有り)で一般用汎用家庭用メイドロボ『A2-CMS-5000』を購入するに至った。ロボットの家庭への普及を促進するロボット基金による助成金の助けもあった。

 ロボットが社会に溶け込むようになってからしばらく経つが、流石に家庭用になるとまだまだ敷居は高い。メイドロボを抱えている家庭は僅かだ。

 一千万円という価格ではあるが、これでも廉価版モデルである。上を見たらキリがない。


 女は改めて窓の外を眺めた。初秋の夕暮れ前の柔らかな日差しが窓から差し込んでいる。顔の前に手を当て光を遮った。

 遠くには二千メートルを超える電波塔が見える。その手前には高層ビル群。さらに手前には謎の赤い壁の工場。

 窓のすぐ下には人々が往来している。

 散歩をしている老夫婦、双子用ベビーカーを押している母、赤いジャージでジョギングしている小柄な女性。日曜日ということもあってか、通りは賑やかだ。


「そろそろくるはず」


 そうは言ったが、発送通知のメールが届いたのは三十分前のことだ。到着を待ちわびる気持ちが抑えきれずつい口に出た。


「どんな子がくるだろうか?」


 それもわかっている。メイドをカスタマイズして注文できるからだ。身長、体型、髪型、髪色、目の形、唇の色。人格を除くほぼすべての項目を調整できる。この女にとっての理想のメイドとはなんであろうか? それはあの展覧会で見た思い出のメイドを再現することだった。

 長いウェーブのかかった金髪……は予算の都合でショートになった。すらりとした長身……もやはり小さめボディに。豊かな胸……は調整のスライダーを最大まで上げた。ここはどうしても譲れない。これは思い出のメイドとは関係ない後天的に生まれた趣味だが、それでも満足いっていない。思いのほか、スライダーの振れ幅が小さいのが不満だ。上級モデルでは上限が解放されているのだろうか。


 ピンポーン。

 ベルが鳴った。まさか本当にもう届いたのだろうか。配送用のトラックも見た気がしなかった。慌ててドアの覗き穴から覗いてみる。しかしそこには帽子を被った少女が立っているだけだった。


八又はちまた産業浅草工場からきました、A2-CMS-5000です。いますかー?」


 間違いない。女がカスタマイズしたメイドロボが、扉の向こうに立っている。赤いジャージを着ている。

 女はドアを開けて少女を招き入れた。一礼して部屋に入ってくる。少女は軽く息を切らせてほんのり汗をかいていた。


「はじめまして。私、浅草工場からきましたA2-CMS-5000です。よろしくお願いします、


 少女は弾けるような笑顔で挨拶をした。とびっきり好みにカスタマイズしたとびっきりの笑顔である。目もくらむような美少女っぷりに震えながら、ようやく一言呟いた。


「いらっしゃいませー」


 ごくりと喉を鳴らしてその姿を眺めた。


「あのー、もしかしてその格好って……」

「はい! そこの工場から走ってきました。送料ゼロ指定だったので」


 そうか。送料ゼロはメイドに走ってこいという意味だったのか。


 こうしてこの女、黒ノ木黒乃くろのきくろのと、メイドロボとのイチャイチャ百合生活が始まった。

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