いつもと同じ……?
河原
第1話
いつも通る道に改札。そしていつも乗る同じ時間の電車。
なんとなくいつも同じモノを選んでいるのはそれが楽だから、そして落ち着くからだろうと思うけど……
いつも気がつくと目に入るあの人の……その姿が見えると何故心が落ち着く気がするのだろうか。
同じ男だというのに……
電車待ちのホームにていつも隣の車両から乗る彼は、今日は少し遅れてやってきた。
あぁ……今日も格好いいなぁ……
本を開きながら、横目で彼の姿を確認する。
いつもは黒いスーツにピシッとつけられたネクタイなのに、今日は走ってきたからだろうか。
息は荒く、ジャケットを小脇に抱えてネクタイを緩めている。
少し乱れた髪をかきあげながら、息を吐くその仕草が……たまらなく────
ふと、自分の今日の姿を思い出し足元を見る。
自分はいつものように、ヨレヨレのジーパンTシャツ。
これからいつものバイト先のコンビニに向かうところで、彼との様々な格差に軽くため息が出る。
待て待て、自分は特に同性が好きなわけではないだろう! と本を広げたままぎゅっと目を瞑る。
胸は大きかろうが小さかろうがそんなのはどうでもいい。綺麗な女の子は大好きだ。
香水の匂いはちょっと苦手だけども。
時々態度のおかしい女性もいるけれど、そんなのはただの一例だし。男性でだってそういう客はいる。
自分が男だからか、店の女の子達が言うような変な客にも今の所当たったことはない。
男だからってんで、客の態度が変わるのなら自分は喜んで交代する。
だから男子高校生集団がきた時なんかでも、休憩時間だろうが普通に交代を引き受けるし、汗臭かろうがガラが悪かろうが、普通に対応するし。
なんならキツイ香水の匂いよりはそっちの方が嫌じゃないけども……?
心を落ち着けて再び目を開き、本に目を移そうとしたその時、向かい側のホームに電車が来て風が舞った。
ふわりというよりはビシィっと自分の横顔に飛んできたソレは、女性物の香水ではなく男性物のコロンの香り……
誰かのハンカチが……?
そう思ってとりあえず本を片手に持ってハンカチを顔からはがすと、
「あ……! す、スミマセン!」
そう言ってソレを取りに来たのは先ほどまで横目で見てた、彼。
そして自分の目は身長差のためもあって、緩められたネクタイ、その下の外されたボタンの向こう側に目が釘付けになりそうになってしまう。
「……いえ……!」
ハンカチを渡しながら、なんとか絞り出した言葉と共に彼の顔を見ると、時が止まったかのように自分の視線はその瞳に吸い込まれていった。
瞳の色が少し薄めで綺麗とか、まつ毛なっがいとか、視線が動かせずに目の周りばかりを見ながら自分から出た言葉は
「よかったです……」
これだ。
何がよかったのか。彼の顔か?
ハンカチについたコロンの香りか?
「……他のところに飛んでっちゃわなくて……!」
自分でも分からぬそのコメントに、慌てて言い訳のようなモノを付け足した。
「……本当にありがとうございます」
少し驚いたように目を見開いてから、ふわりと笑顔で言う彼に、心臓が一瞬止まった気がした。
「いつもこの時間、ここから乗られてますよね?」
「……は……はい……!」
顔がイイ、とか考えてることはおくびにも出さぬよう、思わず力んで答えてしまう。
だってしょうがないじゃないか?
彼も自分のことに気づいていただなんて、思いもしなかったのだから……!
「僕は満員電車に乗るのが嫌でこの時間なんですが……朝早いお仕事なんですね……?」
「……しがないコンビニバイトなので……」
「毎朝早く起きれるって凄いですね。
僕は時々寝坊して遅れちゃいます。今日もそうで、この有様です」
そう言って、自分の顔を指して言う。その額には数粒の汗の玉が。
あの……汗を拭いていただろうハンカチが自分の顔に…………
そんな事を考えたら、自分の顔の温度が上昇していくのがわかった。
「凄くはないですよ……」
そろそろ電車が来る時間なので、本をしまおうと彼から目を離すと、彼が自分の手首を掴んで言った。
「仕事上がりは何時ですか?」
何故。この人は自分の手首を掴んでいるのだろう。
風で飛んできたハンカチを顔面キャッチして返しただけの自分の手首を何故…………
何故、と聞こうと彼の方を見ると、彼は先ほど自分の顔に張り付いたそのハンカチを口元に持っていき、目を細めて言った。
「よかったら一緒に晩御飯でもどうですか……?」
おしまい
いつもと同じ……? 河原 @kawabara123
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