第39話 鍛練の裏側で……⑤

 ――場所は変り、森の外。

 団員たちが標的を変え、森の中心部に向かっている頃、団長のミギーは檻に手を当て考え込んでいた。


「さて、どうしたものかねぇ……『魔戦斧・666』だったか? とんでもない代物じゃないか……」


 ミギーが発した言葉、それは珍しくも本心。心の底から出てきた言葉だった。


「手が離せない。これは手が離せないぞ……なにかの比喩なんかじゃない。本当に手が離せないんだ。離した瞬間、俺の傭兵団は悪魔の群れに囲まれ殺される。困惑だ。まさかスキルを全力で発動し抑え込まなければ抑え切れない。そんなスキルがこの世に存在していたとは……いや、これはスキルではないのか? ああ、一体どうすればいい。どうすればいいんだ……と、あんたもそう思うだろ。ガリア?」


 そう声をかけると、木陰からガリアが姿を現す。


「……おや、気付いてましたか」

「気付かれていないと思っていたのか? 君には俺が、檻に手を付いてただ寄りかかり遊んでるように見えるかもしれないが、これでも俺はミギー傭兵団の団長なんだぜ? 侮ってもらっては困るな……」

「そう、でしたね……」


 呆気からんとしたミギーの態度に、ガリアはため息を吐く。


「そんなことより話をしようか、ガリア君。わかるかな? 見ればわかると思うんだけど、俺、今、一人なのよ。傭兵団の皆には格好良く『野郎共っ! 「使役」と「読心」を打倒し捕縛しろ』なんて言ってしまったからか、そのツケが回ってきてぶっちゃけ大ピンチさ。恥ずかしくて顔から火が出そうな気分だ。しかし、団員たちがこの檻の中にいる以上、俺はこの檻から手を離せない。だが、そのお陰でこの檻が悪魔化しないとも言える。そこで提案だ、ガリア君――」

「……なんでしょうか?」


 嫌々そうにそう答えると、ミギーは協力するのが当たり前といった感じで提案してくる。


「まあ、そう難しい提案ではなが、この俺に護衛を就けてくれないか?」

「護衛……ですか?」

「ああ、勿論、タダでとは言わない。この俺に護衛を就けてくれたら、ここにいる全員にワンライフ、プレゼントしよう」

「ワンライフ……ですか?」


(――ワンライフとは一体なんだ……そもそも、ミギー傭兵団の団長・ミギーは団長と同様、準到達者級の力を持っている。到底、護衛が必要だとは思えない。とはいえ、ミギーが『使役』の力を削いでいるのも確か。もし万が一、ミギーが倒されてしまえば戦況は一辺してしまう。選択肢は元よりないに等しい)


「……わかりました。リーフ」


 ガリアが目配らせをすると、木陰からリーフが顔を出す。


「えーっ、ガリアさん。まさか、ボクがこの人のお守りをするんですかぁー?」


 ガリアの目配せを受け、信じられないという表情を浮かべるリーフ。

 そんなリーフを見てガリアはため息を吐く。


「リーフ……お前。この御方は仮にもミギー傭兵団の団長だぞ? 言葉遣いに気を付けろ……」

「ふーん。この人が傭兵団の団長さんかぁー。まあ、いいや。団長さんを守ればいいんだね? わかったよ。そんなことよりさ、さっきから気になっているんだよね。ミギーさんの言う『ワンライフ』って、なぁにそれ?」


 リーフは覗き込むようにミギーに視線を向けると、ミギーは思い出したかのような顔を浮かべる。


「うん? ああ、そう言えば、君たちには言ってなかったね。どれ……」


 ミギーが手のひらを上に向けると、手のひらにハートのようなものが浮かび上がる。


「これは『ライフポイント』。俺の持つスキル『リライフ』により作成した仮初の命だ。これを与えられた者は、この『ライフポイント』を与えられた回数分、蘇ることができる。ただ、この『ライフポイント』はとても貴重なんだ。だから大事にしてくれよ? ライフポイントの補充は中々できないんだからさ。さあ、こっちへおいで」

「へえ……これが『ライフポイント』か。面白い形だなぁー」


ミギーの近くに寄り、ライフポイントを指で突くと、リーフは興味深そうな表情を浮かべる。


「それで、これどうやって使うの?」

「ふふふっ、これはこうするのさ。避けちゃあ駄目だよ?」


 そう言いながら、右手に浮かぶ『ライフポイント』を親指で弾くと、『ライフポイント』が分裂し、ダグラス傭兵団の団員たちに向かっていく。

 そして、胸に張り付くと『ライフポイント』は団員たちの体に溶けるように消えていった。


「――うん? 避けずに受けてみたけど、なにも変わらないね?」


 リーフがポカンとした表情を浮かべ首を傾けると、ミギーはヤレヤレと首を横に振る。


「当然さ。それは君たちが死んだ時、初めて発現するスキル。死んでもいない今の君たちに認識できる訳がないだろ? これからだよ。これから……そう。これからさ」


 ミギーがそう呟くとほぼ同時に、肌を鋭利な刃物で刺すような感覚が辺り一帯を包み込む。


「こ、これはっ……まさかっ!?」


 ガリアはそう声を上げると、森に視線を向ける。


「――やれやれ、困った者たちだわい。お主かのぅ? 魔戦斧の力を封じておるのは……」


 すると、そこには銀色の髭を生やし右手に黒々とした禍々しい意匠の斧を背負ったドワーフが佇んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る