第一章

第1話 運命の日

 今日は、俺ことノア・アークの運命が決まる日――『発現の儀』の日であった。

 サクシュ村の教会には、ノアの他にも満十五歳を迎えた者たちが祭壇の前に並び、神々より固有スキルを賜わるその時を静かに待っていた。


 この世界では十歳と十五歳の二度、固有スキルが発現する。

 固有スキルは『神々の加護』とも呼ばれ、か弱い人間が魔物に対抗できるようにと、人族にのみ授けた力と解されており、発現した固有スキルは、教会の祭壇で祈りを捧げることにより体に定着し、自身のステータスに反映される。


 ちなみにステータスとは、数値化された自分の身体能力を指し、魔物の体内にある魔力の塊・魔石を一定数砕き、その時放出される魔素を自分の体内にある生命石に貯め込むことでレベルとステータスを上昇させることができる。

 そして、どれか一つのステータスを100まで極めた者のことを、人々は敬意を込め『到達者』と呼ぶ。


「それではノアよ。祭壇の前で祈りを捧げなさい」

「はい……」


 神父に呼ばれたノアは、言われた通り祭壇の前で膝を付くと、神々に必死の祈りを捧げた。


(――どうか……どうか、良いスキルを賜わりますようにっ……!)


 祭壇の前で必死になって神々に祈るノア。

 ノアが必死になって祈るのは、十歳の時に賜わった固有スキルに原因がある。


 ノアが十歳の時、賜わった固有スキルの名は、『リセット』。


 十歳の時、リセットのスキルを賜わったノアは、検証のためにそのスキルを発動させた。

 するとどうだ。

 スキルを使った瞬間、体中の力が抜け倒れてしまったのだ。

 ノアは初期化したステータスを見て愕然とする。

 その時、ノアは初めて固有スキル・リセットが、これまで上げていたレベルやステータスを初期化するハズレスキルだったことを身をもって知ることとなった。


 そのため、十五歳になってなお、ノアのステータスは十五歳の平均を大幅に下回っていた。


 ◆――――――――――――――――――◆

【名 前】ノア・アーク

【年 齢】15    【レベル】‌5

【スキル】リセット 【ジョブ】なし

【STR】体力:5  魔力:2

     攻撃:2  防御:2

     知力:5  運命:5

 ◆――――――――――――――――――◆


 十五歳の平均的なステータスは10。改めて見ると酷いステータスだ。

 だからこそ、レベルとステータスをリセットしてしまったノアは賭けていた。


 ノアは教会に併設された孤児院で育てられた孤児である。

 十歳の時、レベルとステータスが初期化されてなお、今日まで生きてこれたのは孤児院で育てられてきたためだ。

 しかし、孤児院で生活できるのも、『発現の儀』でスキルを賜わるその日まで……

 満十五歳となったノアは、『発現の儀』終了後、孤児院を出て行かなければならない。


 孤児院を出ると、幾ばくかの支度金がもらえる。

 しかし、その支度金はごく僅かなもの……

 このサクシュ村では、働き口がないため、両親が迎えに来てくれた者や、一部の希少なスキルを賜わった者を除き、魔の森の向こう側にあるユスリ村に行くしかない。


 このサクシュ村には、村長と教会で働く神父様とシスター、孤児たちと村を守る傭兵団の他、定期的に訪れる商人以外生活していないので仕方がないのだ。


『発現の儀』で賜わる固有スキルが明日の生死に係わる。

 自分の命に直結するとなれば尚更、祈りに力が入った。


(神様……お願いします!)


 ノアが祈りを捧げると、祭壇に置かれた水晶がキラリと光り、地面に光の文字が浮かびあがる。


「『付与』?」


 ノアが賜わった固有スキルの名は『付与』。

 ノアが付与の二文字を呟くと、神父は憐憫とした表情を浮かべる。


『付与』は、自分のステータス値やスキルをモノに付与することのできる固有スキル。

『リセット』と同じく、ハズレと呼ばれる部類の固有スキルだ。


 この『付与』という固有スキルには、すべてのレベルとステータスを初期化する『リセット』と同等の重大な欠陥があった。


 その欠陥は、一度、付与したステータスは二度と取り戻すことができないというもの……

 例えば、ノアのステータス値すべてを杖に付与すると、ノアのステータス値はすべて0となり、ステータス値という概念のない杖にノアのステータス値が移ってしまう。


 そして、付与した側はそれ以後、ステータスをリセットされたままの状態での生活を強いられ、例え、ステータス値が付与された杖が壊れようと戻ってくることはない。


 つまり、この固有スキルの恩恵を真に享受できるのは、『付与』のスキル保持者ではなく、『付与』のスキル保持者以外の他人。故に、『付与』のスキル保持者の持つステータス値を我が物にしようとする者も多く存在し、現にステータス値をすべて奪われ殺された者も多く存在する。


「……そ、そんなぁ」


『リセット』に続き『付与』の固有スキルを賜わったノアは愕然とした表情を浮かべ項垂れた。

 唯一の希望が絶たれてしまったためだ。


「――次の者、ウールよ。祭壇の前で祈りを捧げなさい」


 神父が次の者の名を呼ぶと、祭壇の前に二人の傭兵に抱えられたウールなる少年が現れた。そして、傭兵により半ば強制的に祭壇の前で頭を下げさせられると、両手を握らされ、祈りを捧げるよう強要される。


「――おおっ……」


 ウールが祈りを捧げると、祭壇に置かれた水晶がキラリと光り、地面に『共有』の二文字が浮び上がる。


(共有か……)


 どんなスキルかわからないが、自分よりマシなスキルであることだけは理解できた。

 肩をガックリ落としたノアは、それを見届けるとふらふらとした足取りで教会を出て行く。


(これからどうしよう……孤児院に戻ることはできない。でも、七、八歳児のステータス値の俺になにができる……?)


 教会を出て行く際、シスターに幾ばくかのお金を渡された。

『これを元手に森を抜ける装備を整えなさい』と、そう言われて……。


 お金の入った袋を開けると、そこには銀貨が三枚入っていた。

 短剣と一日分の携帯食を買えば、それだけで銀貨を使い切ってしまう。


 どうしようか悩んでいると背後から声がかかる。


「ようやく見つけたぜ……おい。『付与』の固有スキルを賜わったガキはお前だな?」

「えっ? うん、そうだけど……」


 背後にいたのは頬に傷のある傭兵風の大男。

 ノアは振り向いたその瞬間、返事をしたことを後悔した。

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