不思議な写真屋

荘園 友希

写説論

 私は今何を見ているのだろうか。色彩。いや、そんな言葉では語れない。もっと異次元的な何かだった。ひどく色が賑やかでうるさい。

 思えばあの時に堕ちてしまったのだろう。


 中学生の私は吹奏楽や、テニス。さらにはダンスなど様々な部活動に入ったがどれも中途半端になってしまってどれも長くは続かなかった。その中でも一番長く続いたのは誰に強制されたわけではなく家にただ置いてあったカメラだった。写真の何が好きかと言われれば複雑な専門用語では語るほど知識はないけれどただシャッターを押せば写真が撮れてしまうというただ単純かつ明快な理由だった。家にあったのは父が使っていたポラロイドである日父にほしいと言ったらどうやら古いポラロイドでもうフィルムが売ってないといわれ私に新しいポラロイドを買ってくれた。そのポラロイドを手に学校が終わると家にすぐさま帰って、カメラを首にかけ自転車で出ていくのだった。当時の私を今振り返るとそこそこ活発な性格ではあった気がする。今ではあの頃のアクティブな自分には戻れないくらい。ポラロイドというのは一つのカートリッジに10枚のフィルムが入っているカメラのことで、特徴は従来のカメラは写真をフィルムに溜め撮って置き、後で現像をカメラ屋さんでやってもらうのが当たり前だった。しかしこれは撮影とともにガシャリと軽快な音とともに撮った写真がすぐ出てくる。それゆえ撮り高がよくわかりやすくて、しかも露出などを気にすることなく撮ることができて面倒ないちいちの設定が不要なのである。せっかちな私にはもってつけだった。今思えば吹奏楽は楽器の音は鳴らせても運指を覚えなくてはならないし、テニスにしてもラケットを振っただけでは前に飛んでいかない。どれもどれもテクニックが必要で、試合に出るといった大義名分のもとに練習するが結局実ることがない夢みたいなもので私には合わなかった。と理由をつけては辞めていった。唯一実ったのが写真だった。

 ある日、それはひどく空気が澄んだ休みの日。外が肌寒かったが、朝焼けを取りたくて自転車で家を出た。隣町に絶好の撮影スポットがあるとネットで見つけて目指していた。自転車を漕げど漕げども着かなくて、しまいには途中から坂道になっていてペースが落ちてきた。冬なのに息をきらし、汗をかきながら坂道を必死に漕いだ。ついた場所は絵にかいたような雲海広がる場所で私はその景色に一目ぼれしてしまった。すぐさまカメラを出すと最初の一枚をパシャリ。と撮った。カメラから白いフィルムが出てくる。段々と浮かび上がる写真の時間がこれまた楽しみで熱いわけではないのに写真を振りながら色が出るのを待つのが楽しみで仕様がなかった。仕上がった写真を見るとしっかり撮れていて、心が浮足立った。二枚目三枚目と撮っていくうちにどの構図が一番いいのかわかってきてシャッターを切ろうとしたとき、フィルムが切れてしまったことに気が付いた。

「今日は1ケースしか持ってないし困ったなぁ…」

呆けていると周りには続々とカメラマンが集まって来ていてて写真を撮っている時には気づかなかったのが不思議なくらい人が犇めいていた。

「どこでフィルム買えるかなぁ…」

もじもじしているとちょうど隣に同じ年くらいの少年がいたので話しかけてみた。

「あ、あの、フィルムってこの辺で買える場所ありますか」

すると彼はここを降りた先の街の一角に写真屋があると教えてくれた。ポラロイドフィルムが売っているか尋ねるとなんでも扱っているから多分扱っているだろうとのことだった。私は駐輪場に置いていた自転車に跨ぎ急いで街へと急いだ。

 町まで降りるとまだ朝早くてどこの店もやってなかった。もしかしたら足を運んだのはくたびれ損だったのかと思った。半ば諦めつつ街を走っているといつの間にか細い路地に入ってしまっていた。

「薄暗いし、油臭いし…」

なんだか変な空気を漂わせていた。

 路地を抜ける道すがら私はやけに明るい店を目にした。目の前にはFUJIFILMの宣伝広告の旗がおいてあり、ここだと思い、自転車を止めて中に入ろうとしたが、店前で足を止めた。

「きれいな写真がこんなに‼」

私が見たことないすごく美しい写真たちがショーケースに並んでいた。夕暮れの公園、朝日が昇る海、そして色鮮やかな雲海。見た景色のはずなのに感じたことのない魅力にあふれいた。ショーケースを覗いているとカランと乾いた鈴の音とともに店主であろう人が出てきた。

「買い物かい?」

「ええ、フィルムを切らしてしまいまして」

「そうかい。なんのフィルムだい」

「ポラロイドです」

「そうかい。なら店の中にあるから見ていきなさい」

「ありがとうございます」

帽子をかぶった店主はそういうと店の中に戻っていった。

店の中に入るとショーケースとは裏腹の殺風景な店内だった。

「えっとポラロイドのフィルムはどこですか」

「こっちだよ。おいでおいで」

手招きされるようにレジに向かうと店主はフィルムを出してくれた。

「これが普通のフィルムだね」

普通の?ほかのフィルムがあるのだろうか。私はその疑問をのどに止めておくことができず聞いてしまう。

「普通でないフィルムもあるんですか」

というと店主は別のフィルムを背中の在庫棚から出してきて言うのだ

「これはね、少し特別なフィルムなんだ。あんま売れないから安いんだけどね」

そういうとカラフルな箱を目の前にだされた

「どうちがうのですか」

「これはね、発色がいいのとあと諸々問題があるんだ」

発色とはショーケースの中のようなあの発色のよさなのだろうか。

‐きっと古いとかなんとかで問題がある程度だろう、買ってみてだめなら捨てちゃえばいし‐

「二個ください」

「おやいいのかい」

「はい」

はきはきとした声で私は答えた。するとカラフルなポラロイドの箱二箱をもってさっきの山の上まで再び自転車を漕いで向かった。さっきより人数が増えていて犇めきあっている。自転車を置いた私は人ごみをかき分けるようにしながら雲海の前へと出た。すると太陽が昇り切っていたがまだかすかに雲海が残っており、多少地上が見えているがそれがまた美しかった。ポラロイドに新しいカートリッジを入れるとすぐさま写真を撮り始めた。最初の何枚かは画が浮かんでくる前にとっていいところを逃さないように照準を合わせて狙っていく。するとあっという間にあと2枚になってしまった。あんまり撮りすぎるとお金がもったいないので試しに撮影していた何枚かを見返してみる。

「うそ…」

一枚目に撮っただろう写真は自分が見ていた景色よりはるかにカラフルに残っていた。

「すごい、本当にきれいにとれるんだ…」

2枚目、3枚目と続けてみていくけれども出来栄えは一緒でどれもきれいに撮れている。それが普通のポラロイドより少し安かったのでまた買いに行こうと思った。

 あくる日もカラフルな写真が楽しくて撮りに学校帰りに撮りに行った。

「フィルムが少なくなってきたなぁ」

近くの写真屋に行っても、どこの写真屋に行ってもそのフィルムは扱ってなかった。試しに普段のフィルムを使って撮ってみたがやっぱりなんかしっくりこない。どうしてもあのフィルムが欲しくなって隣町に買いだめしに自転車を走らせた。が、写真屋はやってなくて、ショーケースの写真もなんの変哲もない写真ばかりが並んでいた。また雲海を見に行けば教えてくれた彼に会えるだろうとにらみ翌週の日曜日自転車を漕いで山へと向かった。その日はかなり冷え込んでいて吐く息が白く、雪がぱらついていた。普通のフィルムで写真を撮っていると案の定人が集まってきた。雲海の写真は今回の目的ではない。少年と会う事が目的なのだ。彼を探すと駐輪場の隣にあるトイレのわきに彼は立っていた。

「あの、この前はありがとうございました」

続けざまに

「この前フィルムを買ったところがいつも閉まっているんです。どうしたら手に入りますか」

彼は首をかしげて

「うーん、僕も朝しか言ったことないからわからないんだよね。朝早くにはいっつもやってるよ。今頃もう開いてるんじゃないかな」

朝7時前、お店が開くには随分と早いように思えたが嘘でもいい。とにかくフィルムが欲しくて私は街へと下って行った。この間はわからないながら明かりを頼りに探したので今回は場所がわかっている分楽だった。写真屋は開いていてのぼりが出ている。すぐさま店内にはいると

「この間の子だね。まってたよ」

待っていたとはどういう事なのだろうか?私はそんな疑問を感じていたはずなのになぜかフィルムの話をし始めた。

「この間のフィルムが欲しいんです。あと何箱ありますか?」

「あと3つで売り切れだね。もう再入荷の予定はないよ。買っていくかい?」

「はい」

勢いよく返事をすると財布を取り出して買う準備をすると

「あ、お代はいらないよ。もう古いフィルムだしね」

でも、と言いかけた私に店主は一本指を立てて静かにとでもいうような顔をした。

「お嬢ちゃんかわいいからサービスしてあげる。1個おまけね。これは本当に特別な時にしか使ってはいけないよ」

「なんでですか」

「これは大変貴重なフィルムなんだ。どんな世界でもカラフルな世界に変えてしまう。だから慎重に使うんだよ」

どうせこの間のフィルムと変わらないんだろうと思ってそのまま受け取った。店を出るとすぐ様箱を開けてポラロイドに入れる。雲海は見終えたし前回それなりに取れ高があったから、自宅に帰る道すがら写真を撮っていくことにした。橋の下、線路、公園で遊ぶ子供達を撮影して自宅に帰ると部屋につく頃には現像が終わっていて写真を見ることができた。

「こんなにきれいに写るなんて…」

私はその鮮やかさに感動した。今までのポラロイドフィルムの味のある色味ではく銀塩フィルムで撮ったようなまるで別の写真が出来上がっていた。

 私は翌日も、翌々日も楽しくて写真を撮った。いろいろな写真が鮮やかになるのだから撮りたくなる。しかしこのころはまだ異変に気付いていなかったのだ。

 ある朝目をこすりながら外を見る。見た後もう一度目をこする。するとなぜだろう、景色が全く違うことに気づかされる。そう、色が鮮やかなのである。今までが色彩を失った世界だったかのように鮮やかなのである。写真をもう一度確認する。見比べると写真を撮ったところだけ色が鮮やかなことに気づかされる。それと同時に自分が撮りたかった構図がそのまま動かずに止まっているのだ。これはと思い外にカメラをもって飛び出し、写真を撮ると真っ白にホワイトアウトした写真が現像される。これはどういう事だろうか。家に戻り写真に触れるとなぜだかその世界に入りこめそうな気がした。思い切って触ってみるとその世界に入り込むことができた。

 写真の中に入ると雲海が広がっていた。多くの人が群がっているが動く気配がまるでない。あぁ、写真の中に来てしまったんだ。写真は静止画だから動くことができない。そんな世界の中で私は生きていくしかなかった。


 写真の世界から出られたのはそれからいくつもの月日がたったころだった。ポラロイドはその特性上数年で色褪せていく。色あせた世界に戻った私は買ったフィルムを押し入れにしまい込んだ。変な写真屋に出会ってしまったようだった。

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不思議な写真屋 荘園 友希 @tomo_kunagisa

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