第15話 マキアス、三等騎士たちを心酔させる

 僕らは、マーサたちのコルナ村に全速力で馬車を走らせていた。途中で助けたノルタスもいっしょだ。


「それにしてもすごいわ、マキアス。あんな気味悪いのよく切れるわね」


 マキアスの隣に座るリーナが感心した様子で話しかけてきた。


「イーゴナの駆除作業はよくやってたからね。知能はそこまで高くないし、攻撃が単調だから切るのはそこまで難しくないよ」


 父上には虫取り感覚で結果報告していたっけな。もっぱらイーゴナ退治は僕が行ってたし。


「私、ダメかも…あんなのに近寄られたら…」


 リーナが顔こわばらせて、呟いた。あの虫が好きな人はあまりいないだろう。


「まあ、初めて見るにはインパクトあるからね。僕はもう慣れちゃったから、リーナに近づく前に僕がなんとかするよ」


 僕は手綱を引いて、全速で走らせていた馬車をいったん止める。

 マーサたちのコルナ村が視界に入ったからだ。


 馬車から村の様子を確認する。

 3等騎士たちが村を囲うように防御線をひいて奮戦している様子が見える。村人は家に隠れているようで、村自体に被害はなさそうだ。


「かなりの数だな」


 羽音がひっきりなしに響いて非常にうるさい。


 ブーン ブーン ブーン ブーン ブーン ブーン ブーン ブーン ブーン


「ちょ、いっぱいいるじゃない…気持ち悪い…ブンブン変な音怖いし…」


 村の周辺にうじゃうじゃいる巨大バッタを見てリーナが真っ青になっている。まあ王女としてそうそう出くわさない場面だろう。


「よ、良かった。マキアス様! ラーン副隊長もみんなもまだ生きています!」


 ノルタスが馬上から、3等騎士たちの無事を確認して安堵の声をもらした。

 たしかに、彼らはなんとか踏ん張っているようだ。でもイーゴナの数が多すぎる。このままではみな体力を削られてジリ貧だ。


「これは…おそらく100匹はいるぞ。ここまで放置したのか…」


 イーゴナ対策の基本は早めに数を減らすことが必須なんだ。おそらく初めの目撃情報を得てから何も対策をしていなかったようだ。イーゴナはほっとくとどんどん集まって、手に負えなくなる。僕が駆逐作業をしていた時は、大抵は10匹程度の時点で片を付けていた。


「お兄ちゃん! みんながおうちから出られないよ!」


 馬車の幌からマーサが顔を出して叫んだ。父親と母親も深刻な顔をして村の方を見ている。


「大丈夫だ。 安心して! 虫は僕が退治するから。マーサはリーナ達とそこにいるんだ!」


 幌から出た小さな頭がコクコクと頷いた。よし、いい子だ。


 しかし、数が多いな。【風力創成】で竜巻を起こすと村ごと吹き飛んでしまうし…【隕石創成】は村ごと消滅してしまいかねない。さて、どうしたものか。


 よし! まずは自分の速力を上げて討伐隊に合流しよう! 


「エレニア! 【風力創成】!」


『はぁい、マキアスさ…ぎゃぁああああ!! きもいのいっぱいいるぅぅううう!!』


 あ、はい君もリーナと同じ反応ね。まあそうなるか、ごめんよ。


「エレニア! 悪いが付き合ってもらうよ!」


 僕は自分に風力を付与して、猛烈な速度で付近にいたイーゴナを数匹を切り捨てた。


「よし! いける!」


 僕は疾風のごとく畑を駆けながら斬撃を放ち続ける。イーゴナ達もあらゆる方向から僕に飛びかかってきたが、高速回避しつ斬撃を放って、無事に討伐隊のもとに合流した。


「え? ま、マキアスさま!?」


 防御陣の一角に突如現れた僕をみて、ラーン副隊長は混乱気味に声を漏らした。


「やあ、ラーン。 久しぶりだね」


「ど、どうしてここに?」


「さっきノルタスに会ったよ。それにここは僕の大切な友人の村なんだ。微力ながら加勢させてもらうよ」


「は、はい! マキアス様に指揮をとっていただければ百人力です!」


「え? いや今の指揮官はラーンだよ、それに僕は追放されたから君たちを指揮する資格もないしね…」


 自分の頬をかきながらそんなセリフを口にした僕に、必死に防戦する周りの騎士たちが一斉に声を揃えて叫んだ。



「「「「「追放なんてクソくらえです!!!」」」」」



「だそうです。さあ、マキアス様。ご命令を! 早急に立て直さねば全滅です」


「は、はは…そっか…うん。わかった!」


 追放されても頼ってくれるもんなんだな。


 ―――ならばやることはひとつしかない!


「よし! いまから押し返すぞ! ルイガイア騎士の強さをバッタどもにみせてやれ! 」


 マキアスの言葉に呼応するように、騎士たちから熱烈な気勢があがる。

 が、ほとんど気力だけで立っている者も多い。ラーンに聞けば手持ちのポーションはとっくの昔に使い果たしたらしい。


「みんなひどい顔だ、ラーンこれを全員に配って!」


 そう言って、ぼくはゲリナの街で購入したポーションの詰まったバックパックをラーンに渡す。


「みんな2人1組になって、死角をなくしつつ補給だ! いそげ!」


「さて、とはいえ凄い数だな。エレニア! 【風力創成】は他人にも付与できるのかな?」


『えっと、たぶんできますけどあんな速度マキアス様しか使いこなせないと思いま…ひぃい! うじゃうじゃキモイ!』


「じゃあ抑えれば、なんとかなるかな。よし! 【風力創成】速力を周辺の騎士に付与!」


「う、うわ…なにこれ?」

「ま、マキアス様! これはいったい?」


「みんなよく聞いて! 僕のスキルでみんなを少しだけ速く動けるようにした! 剣を落とさないように注意して! 防御陣に近づくイーゴナを迎撃! 深追いはしないで!」


「「「「「なにこれ凄い! 体がスイスイ動く!!」」」」」


 騎士たちは戸惑いつつも、必死に感覚を順応させていき善戦をはじめる。

 やっぱりだ、3等騎士でも厳しい訓練を受けている。まだ自分の型が決まっていない者が多いかもしれないけど、それゆえに未知の力にも対応力があるんだ。うん! すごくいい!


 防御陣が固まってきたことで、崩壊のリスクが減る。さてとお次は―――


「ラーン、ここは頼んだよ! 僕は切り込んで数を減らしてくる!」


『へ? ちょっ! まってマキアス様! 切り込むってまさか~~』


 エレニアには悪いけど、ここは我慢してくれ。僕は【風力創成】を発動させて、猛烈な速度でイーゴナの群れに飛び込んでいった。


『ぎゃぁああああ!! きもい! きもい! きもい! 触覚ぽいのあたった! その他色々当たってる~』


 僕は群れの中心部を攻撃しつつ、防御陣で苦戦している箇所を瞬時にサポートしていく。


「うわ! ま、マキアス様?? ど、どこから!?」

「はえぇぇ…」


 僕がとてつもない速度で現れては消えるので、みんなを若干驚かせてしまった。しかし、さすがに多いな、長期戦は不利だぞ。

 イーゴナは羽音で仲間を呼ぶ習性があるんだ。万一周辺にも別の群れがいると、いつまでも殲滅できなくなってしまう。ならば―――。


「エレニア! 加速だ! 【風力創成】さらに速力アップ!!」


『はひぃ~よろこんで~。て、また突っ込むんですか~ひぃいい!』


 さきほどよりもさらに速度を増した僕は、村を周回するように高速移動しつつイーゴナに高速の斬撃を無数に放つ。

 僕は高速を維持したまま、畑から羽音が聞こえなくなるまで、縦横無尽に剣をふるった。


「ラーン副隊長…マキアス様がほとんど見えません…」

「な、マキアス様! なんという速度だ…これは王国一の剣聖殿と同等、いやそれ以上かもしれん…」


 頃合いをみて僕はいったんスキルを解除して、防御陣に戻った。手持ちのポーションを一気に飲み干す。


「ふぅ…」


 僕は疲れを吐き出すように、全身で深く息をした。


「さてと、半数近くは減らせたかな。さすがに高速移動の連続使用で、体中が痛いや」


 全体をざっと見回すに、みな善戦していた。すこし回復したら再度切り込んで決着をつけよう。あと気合を追加で注入するために僕は再度大声を出した。


「みんな! あと少しだ! このまま押し切るぞ! 日ごろの訓練を思い出せ! 最後の力を振り絞れ!」


「「「「「おう!」」」」」


「ふふ、同じ兄弟でもここまで違うとはな…」


 ラーン副隊長がなにか呟いたので、僕は彼の方をむいた。


「いえ、何でもございません。さあマキアス様、終わらせましょう!」

「そうだねラーン! よし!」


 僕がスキルを発動しようとした時だった。後方からリーナ達の叫び声が聞こえてきた。

 振りかえると10匹ほどのイーゴナがリーナ達に迫りつつあった。


「別の個体集団か! しまった!」


 出現場所が最悪だ! リーナ達の馬車の後方である。

 まずいぞ、防御陣の周りにはまだイーゴナが大量にいる。すぐにはリーナ達を助けにいけない。そもそも今僕が抜けると防御陣が崩壊するかもしれない。


「り、リーナ!!」 


 リーナ達の馬車に虫たちが突っ込んでいく。

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