第112話 尋問
何をされるのかと身構えると、ライブラは髪を掴んでいた手を離し、《インベントリ》から黒いローブを取り出した。それを羽織ると、目の前にいたはずがたちまち気配が消え去り、姿を認識出来なくなる。
「ど、どこに……。っ!」
そこに居るはずだがそこには何も居ないように見えるという奇妙な場所に、ライブラには見えない
中心は黒いもやのような物があり、そこから黒い触手のようなものが生えてきている。その中には白い刃のようなものが1つ混じっていて、全てこちらを向いている上、段々とこちらへとにじり寄っている。
「な、なな何これ……」
「それでは始めましょうか」
□ □ □ □ □ □
「おい、そっち居たか!」
「いや駄目だ」
「こっちは見つけたと思ったらすぐ消えましたね」
はあぁぁっ、俺達を気にもせずポンポン消えやがって……。野郎には興味無いってか?
ライブラを探すためバラバラに分かれて街中を駆け回っていたがどうにも見つからない。埒が明かないため、一度集まることにしたのだ。
「ライブラ浮いてるから《蜘蛛糸探知》にも引っかからねぇしなぁ」
「地面に蜘蛛の巣型に探知網を広げるやつだもんな。そりゃ相性悪いわ」
「……おーい! そこの3人ちょっと助けてー!」
どこかから女性の声が聞こえたので辺りを見回すと、路地裏から茶髪パーマの女性が這い出てきていた。
「……ってなんだ、あなたですかアリア」
「なんだって何よオタクメガネ。今動けないんだから少しくらい助けてくれてもいいじゃない、同じ目的で動く同志でしょ?」
「まぁそうですが……」
この4人は同じ目的の元、すなわちソフィアのために動いていた所謂『ソフィア親衛隊』だった。
「で、ライブラに何されたんだ?」
「違う、ピンク色の髪の別人。で、今は移動速度低下と物理攻撃強化と自動回復つけられてる」
「は? どういうことだ?」
「見間違え……する訳ないよな、白銀とピンクなんて」
それが誰かは今はいい。だけど、付けられた効果は何だ? この3つを付けた理由が分からねぇ。
「というか、時間経てば消えるだろ。あと何秒なんだ?」
「それが……効果が切れたと思ったら、すぐかけ直されてる……」
「じゃあ、そいつはすぐ近くにいるってこと……なっ!?」
近くのビルの窓や上、物陰などを見回すと空に異常が発生しているのが目に入る。
「分かるか、あれ。夜だから見えにくいが、あそこに黒色の雲が出来てる」
「あれ、ライブラに関係あると思うか?」
「まぁ……十中八九ライブラ絡みでしょう」
「よしお前ら、行くか」
「「ああ」」
3人でライブラがいるであろう所に向かおうとすると、横から口を挟まれる。
「ねぇ、私のこと忘れてない?」
「……悪い、忘れてた」
「僕達にはどうしようも無いんじゃないでしょうか、これ」
「諦めてログアウトした方がいいんじゃねぇか」
「嫌よ、ソフィアの敵討ちしたいもの」
「んなこと言われたって無理なもんは無理だ。それが治るかライブラがこっち来るまで待ってな」
「ああぁもう、折角敵討ちの機会が出来たって言うのに!」
「あなたの分までやってきますから」
「そうだな。そういうことで行くか」
そうして黒い雲の下へ向かったのだが、そこにあったのは……
「ぐぼぁああっ!」
「がはっっ……!」
虚空から複数の黒い触手と1つの白い刃が生えている
何だ……あれ。触手みたいなのは分かるが、真ん中はぼやけて何も無いようにしか見えねぇ。
「どうしましょうね、あれ」
「真ん中に向けて攻撃して倒せると思うか?」
とりあえず《鑑定》だ。そうすればあれがライブラかもしくは違うやつか分かるだろ――
□□□□□
mjcsb-Efbui pg nbeoftt Lv.1
HP:2500/2500 MP:982/1000
耐性
火:0 水:0 氷:0 雷:0 風:0 地:0 光:70 闇:50 物理:100
□□□□□
そう思って見てみたが、あれが何か分かる情報は何一つとして無かった。
「って、委員長!?」
「……もしかして知り合いか?」
「ええ、さっきまでパーティ組んでました。しかもよりによって、白いのに捕まってます」
白い刃の先には肩や脚などあちこちを刺された上、体に刃を巻き付けられている少女の姿があった。服はズタズタに切れて明らかに致死量に達したと思われる血が滲んでいたが、未だ死なずに傷つけ続けられている。
「っと! 引け!」
こちらに気付いたのか急加速して近付いてきたので、それに合わせて後退する。
だが1人が間に合わずに、横に振り切られた白い刃の攻撃をもろに受ける。腰の辺りに向けられた刃は体を上下で真っ二つに切り飛ばす。
「ぐはあっ……」
「はぁ……。容赦ねぇな、色々と」
その拍子で刃の先に拘束された少女――委員長は、刃が体に押し付けられて血を撒き散らしていた。
これで死ぬだろうと思っていたが、その予想に反して傷はみるみると治っていった。
「なるほどな……そういうことかよ」
「どうしました、何か気付きました?」
「あれはライブラで間違いねぇ。あとアリアが会ったピンク髪のやつはその仲間か何かだ。ピンク髪が自動回復を付けて死ににくくなったところを、ライブラが痛めつけるって魂胆だろ」
「なるほど、確かに筋は通ってますね。だとするとかなり許し難いことです」
再び白い刃を横に振りかぶってきたので、今度は跳躍スキルで上に回避する。
「さて、真ん中を狙えばいいのかすら分からんけど、攻勢と行くか」
「そうで――」
「ちょっとオタクコンビ何言ってんの」
「ギャルさん何でここに……」
この場に無事な人間は2人だけだと思っていたが、どこからか金髪のギャルが現れた。
「あなた達には何が見えてんの? あの綺麗な肢体、美麗な顔、楽しそうな表情、どこをどう見てもライブラ様でしょ!!」
「……あなたには一体何が見えてるんです」
「さっき言った通り見た通りだけど?! そういう訳だから、あたしは行くわ。ライブラ様に敵うわけないと思うけど、精々頑張ってね。それじゃあ!」
そう告げるとギャルはライブラめがけて加速しながら突撃した。
「ぐへぇぁああありがとうございます!」
ギャルは黒い触手に絡め取られた後、白い刃で首を切り飛ばされた。
「なぁ……なんだアイツ。知り合いなんだろ?」
「さぁ……そこまで関わりがあった訳でもないので……」
「にしてもアイツ俺らが敵うわけないとか煽りやがって、俺らも敵討ちの――」
「何を言っているんでしょうか、事実でしょう」
ライブラとは距離を取っていたはずが、いつの間にか眼前まで近付いていた。
「な、いつの間に――がぁっ!」
黒い触手で首と腕を絡め取られる。そこに攻撃から逃れたオタクメガネが、こちら諸共というような勢いで手から火炎を放射する。
すると一瞬ライブラの姿が消え、拘束から解放される。
「あっちぃ! おい、少しは躊躇しろ!」
「ライブラ相手にそんなこと出来るとでも!? っておい前!」
一瞬消えたもののすぐに現れて、今度は2人同時に拘束される。
「面倒なので先にあなたからです」
そう告げると、いつ出したのか黒い刃がオタクメガネの首を貫く。それから断末魔をあげる間もなく死んで姿が消えてしまった。
「さて、あなたとは少し
「こんなギチギチに動けなくしておいてよく『お話』だと言えるもんだな」
「どうせ聞くつもりもないでしょう。だから無理やり聞かせるまでですよ」
圧倒的な戦闘力の差を持つのは理解出来ても、姿を一切認識できない現状に気味が悪くなる。
こちらが劣勢なのは明らかだが、虚勢を張って上から返事をする。
「それで、その『お話』ってなんだ? 内容によっては聞かなくも無いぞ」
「随分と偉そうですね。……まぁいいでしょう、私が聞きたいのは1つです。あなた達、何のために私を襲撃に来たんでしょうか?」
まずい、本当はソフィア親衛隊としての敵討ちのためだが、もし正直に言おうものなら間違いなくこの報復はソフィアに行く。どうする、どう誤魔化すべきだ……
「単にお前を潰したかっ――」
「へぇ、私には敵討ちのためだと聞こえたんですがね」
なっ、こいつそこまで聞いてやがったのか!? その上で敢えて曖昧に聞いたんだな。
「私も鬼ではありませんから今のは聞かなかったことにします。ですが次からは容赦しませんよ。それで、誰の敵討ちのために?」
「っ……!」
どうする、適当に誰かが殺されたからとでも言っておくか。
「俺のダチがやられたっていうからそいつの為だ……」
「なるほど、で?」
「は?」
少しは納得しないかと思ったが、そんな素振りも無く予想外の返答が来る。
「で、って何だ……」
「っ、うぁ……やぁっ……」
「なっ、お前!?」
うめき声がした先である白い刃の先を見ると、少女――委員長の肩に刃の先が少し刺さっていた。
「おい何してやがる!」
「何って、体に穴を1つ増やそうとしているんですよ。見て分かりませんか?」
「ちゃんと話しただろ! 何が問題だ!」
「ちゃんと話してないから私はこうしてるんですよ?」
「というか、そいつに聞けばいいだろ」
「これですか? たまたまここに居た、何も知らないと言ってましたよ?」
そういうと、少し刺さっていた刃が完全に体を貫いた。
「うあ゛ああああああっ!?」
「それで、誰の敵討ちのために?」
どうする、何て答えるべきだ。そもそもこいつはどこまで知ってるんだ……
「いやぁ……ぁ、やめ……」
今度は刃が蛇のように動きだし、委員長の体の周りをうごめき始める。
「正直に答えるまで続けますからね?」
正直にって……こいつは嘘か本当かを見抜くスキルでも持ってるのか? どうする、だとすれば誤魔化すのは悪手だ。
「えぁ……、だぃ……」
無関係の人間を苦しめ続けていることで、思考に焦りが生じてくる。
どうする……。
言うべきか、それとも誤魔化し続ければ終わるか……。
思考を巡らせ続け、苦悶し続け、体感でかなりの長時間の末、返答を決めた。
「……っ! ソフィアだ! お前もよく知ってる紫髪のソフィアだっ!」
悪い、ソフィア、皆……。
悩みに悩んで、正直に言うことにした。
考えている間傷つけ続けられた委員長は、服はかなりの部分がズタズタに破れ落ち、刃を掠められた痕が血でくっきりと浮き出ていた。
それに対してライブラはと言うと……
「なるほど…………。やっと言いましたか」
「はぁっ。言ってやったんだから、俺もそこのそいつも――」
「正直言ってもらいましたけど、あなたは殺しますしこれはまだ遊びますよ?」
「は?」
「それに、あなたはここまで悩んでいたようですけど……」
何だ、まだ何かするつもりか……?
「ソフィア絡みなことは最初から全部知ってましたよ」
「……は?」
「前に来てた人から聞いてました。あなた達がワンポイントで身に付けているその柄が、ソフィアのモチーフなんでしょう? だからあなたの苦悶も、これの苦痛も全部無意味だったんですよ?」
その言葉に理解が追いつかなくなっている中、目の前に黒い刃が迫っているのを一瞬認識した後、意識は闇に落ちた――
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