第80話 不運か、はたまた幸運か
次の日、講習の時間中に掲示板で見たことを思い返していた。
出待ちして私に集団で襲撃ね……。
昨日掲示板に書き込みをした後、他のスレッドを見て回っていた所、あの『ライブラ強襲計画』と呼ばれる計画を見つけてしまった。
見つかることを考慮してか、詳しいことは何も書かれてはいなかったが。
なんて面白そうなことをしてくれるんだろう。しかも掲示板だけじゃなく、ソフィア経由でも人が集まるみたいだし。
これは次のログインが楽しみだなぁ……
「これで講習2日目も終わりです。夏休みの間にプリントにある所までの単語と熟語、文法を完璧にしておきましょう」
教師が講習のまとめを話し始めた。分かっている内容を話されるのは中々に退屈だったが、強制参加だったからしょうがない。
その後、終了と共に半数が教室から出ていったので、私もすぐ出て…………いつもならこのまま帰宅していたが、今の私にはどうしても確かめたいことがあった。
そう、昨日のあの声だ。
どうにも聞き覚えのある声だったのもあるが、私の勘が必ず確かめた方が良いと訴えていた。
そのため教室を出てから、手荷物を自分の教室の机に置いた後、今はテニスコートの方に来ていた。
4面あるコートを見回すと、練習している人と見ている人たち合わせて15人程がいたが、見覚えのある人は居ないようだった。
確か名前は『佐瀬』と『琴』だっけ。気になるのは『琴』の方だけだけど、とりあえずそこで見てる短髪の女の人……マネージャーかな? に聞いてみよう。
「突然すみません。こちらに琴さんはいらっしゃいますか?」
「琴? 内海のことかな?」
「実は名前しか存じ上げなくて……。もしかして琴と言う名前の方が複数人いらっしゃるんですか?」
「いや、そういう訳じゃないけど。それにしても名前しか知らないって、何があったの?」
「実は人探しをしてるんです。顔を見られればいいのですが……」
「そっか、ならちょっとまってね」
マネージャーらしき人はそう言うと、荷物を探り始めて紙束を纏めたファイルを取り出した。
ページを数枚捲ると、ある写真の1人の顔を指した。
「これがうちの部の琴だけど、どうかな。探してる人かな?」
その顔を見ると、思わずにやけて口から声が漏れた。
「ふふっ……」
「ん、どうしたの?」
「いえ、失礼しました。探してた人で間違いありませんでした」
「おお、それは良かった! なら会っていくかな? と言ってもここには居ないし、会えるまで1時間はかかると思うけど」
「それくらいなら構いません。でしたら……1時間半後に、『1年1組教室でお会い出来ませんか』と伝えて頂けませんか?」
「ああ、構わないよ。僕の方から伝えておく」
「ありがとうございます」
「それじゃあ君、名前は?」
「そうでした、名乗っていませんでしたね。天野月華といいます。では、伝言よろしくお願い致します」
そう言ってこの場から離れ、教室で『彼女』を待つことにした。
□ □ □ □ □ □
「内海、おつかれー」
「マネージャー、お疲れ様です」
ふぅ、疲れました。今日は曇りで日が出てないとはいえ、暑いのは暑いです。
「ねぇ琴、今日これからどこか行かない?」
「うん! どこ行……」
そう返そうとした時、遮るように声をかけられた。
「あ、ちょっと待って。佐々木、突然遮って悪いね。さっき内海に会いたいって人が来てたんだよね」
「マネージャー? それって一体誰ですか?」
「確か天野月華って言ってたよ」
「えっ、天野さん?」
今話してた同級生の人、佐々木湊さんは知っているみたいだけど、私はよく知りません。名前はどこかで聞いた気もしますが。
「琴、知らない? 1組にいる超美少女の人だよ。黒髪ロングでお淑やかな雰囲気で男女問わず憧れてる人がいるくらいの」
「確かに綺麗な人だったね。内海、知り合い?」
「いえ、私3組ですからクラス違いますし、面識もないです」
「だよねぇ。向こうも名前しか知らなかったみたいだし、なんか探してたみたいだったけど」
本当になんででしょうか。話したこともないのに、一体どんな用件が……
「確かあの時の1時間半後だから、えっと……今から15分後に1年1組の教室に来て、って言ってたよ」
「分かりました、ありがとうございます。湊ごめんね、ちょっと待ってて」
「全然大丈夫だよ。何なら私も着いていきたかったけど……駄目かな?」
呼ばれたのは私だけなんですから、そんな羨ましそうな目をされても困るだけです。
「その天野さんにも迷惑でしょ、私1人で会ってくるよ。今のうちにもう行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
そうしてマネージャーたちと別れ、天野月華の待つ1年1組の教室へと向かった。
教室の後ろ側の扉を開けると、窓側の前の方の席に座る後ろ姿が見えた。
「来ていただきありがとうございます。呼び付ける形になってしまいすみません」
椅子から立ち上がりこちらに振り向いて、薄く笑みを浮かべながら話しかけてくる。
噂通り綺麗な黒くて長い髪に黒い目、こちらに歩いてくる姿も確かにお淑やかで……。
「初めまして、内海琴です」
「はい、存じていますよ内海琴さん。
「…………え?」
『お久しぶりですね』? もしかしてどこかで会ったことがあったんですか? だとしたら一体いつ、どこで……
「それにしても、こうやって会って話せるとは思いませんでした。嬉しいですね」
「ご、ごめんなさい。なんで私を呼んだんでしょうか」
「あら、覚えていませんか? 最近、あんなに楽しく遊んだじゃないですか」
最近……? ということは高校に入ってからですか、でもこんな綺麗な人なら印象に残っているはずなんですが……
「ほら、思い出して下さい。病院やレストランで……」
「病院? レストラン? それってどういう……」
こう言った後、突然近付いてきて、耳元で囁かれた。
「腕を切り落としたり目を潰したり、脚を輪切りにしたりして遊んだじゃないですか。
その一言で一気に背筋が凍り、天野月華に対する印象が恐怖に塗り替えられた。
「ひぁ…………な、なんで……」
どうして、なんで、あの『ライブラ』がこんな所にいるの……?
印象が恐怖で1色だったため気づかなかったが、天野月華の髪を銀色にして短くし、目を赤と紫色にすると、確かにライブラの姿と重なった。
「私も驚きましたよ、まさかあなたが同じ高校だったなんて。こんな幸運なことがあるんですね」
「そ、それで、私をどうするんですか」
「そうですね……では、こうしましょうか」
表情が先程までの穏やかな笑みから一転して、狂気的な笑みに変わる。そして、こちらに一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。
嘘、まさか、本当に殺されるの……?
「や、やだ、嘘でしょ……?」
逃げようと後ずさりするが、上手く歩けない上にすぐ壁にぶつかった。
「やめ、やめて、来ないで……やだぁ…………」
過去2回の出来事を思い出し、現実でも同じことをされると想像してしまう。目の前の彼女が恐怖の対象としてしか捉えられなくなる。
「やぁっ、ぁっ……うぇっ…………」
本当の死の恐怖というものを感じ、涙が流れ出し、声は震え出す。
やだ、やだ、来ないで、死にたくない……
「いやぁ……んむっ?!」
悲鳴を上げようとすると、口を左手で押さえられる。
そして、右手で……
人差し指で首をつつかれるだけで終わった。
「流石に現実ではそんなことしませんからね」
「…………ぇ」
両手を完全に離され、先程までの狂気的な笑みも消え去る。元のお淑やかな笑みに戻っていた。
対して私は、何もされないと分かった安心感からか腰が抜けて立てなくなり、涙が溢れ出した。
「う、ひぐっ、うぇぇぇぇぇっ……」
「はぁ、どうしてこれでこんなに泣くんです。ただ近付いて口を押さえて首をつついただけでしょう」
「だ、だって……殺されるかと」
「何を言ってるんですか、私は現実と仮想の区別のつかない愚か者ではありませんから」
「それじゃあなんで」
「なんでと言われましても、ただお話しようとしただけですよ。とにかく現実世界で何かするつもりは毛頭ありませんから」
前にあんなことをした上で言うことなのか問いただしたくなったが、今何もしていないのも事実なので押し黙る。
でも安心しました。現実でこうやって知り合えたのなら、FIWの方で酷いことをされることはないですよね。
「とりあえずこれを使って下さい。その顔で出られると私も困りますし」
そう言われてハンカチとポケットティッシュを受け取る。
「それでは、今後もよろしくお願いしますね。向こうの方では
「ひぁっ……」
彼女は再び狂気的な笑みを浮かべてそう言うと、荷物を持ってこの教室から去って行った。
助かった……けど、またあんなことをされるなんて、これからどうすれば……
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