戦の始まり
「アドガルムが戦の侵攻を?どこへ攻め入るつもりなのかしら」
物資の調達や兵を集めたりなど、怪しい動きをしていたのは聞いていた。
現在アドガルムと対峙している国の話は聞かなかったが、戦の準備をしているということは相手がいる。
何かあればすぐに早馬を送るようには言っていたが。
「それが、辺境伯領へと進行しているようで」
ミューズの祖父、シグルド=パルシファルの治める辺境伯領は、リンドールとアドガルムの間。
それが両側から攻め入られる形を取っているのか。
予想外の展開にジュリアは驚く。
リオンへの婚約の打診をし、承諾の話も出た。
早めにとの話もあり、従者や重臣を伴って、リオンは既にリンドール王城へと入っていた。
大事な娘の婚約先だと思っていたのに、そのアドガルムがこちらに攻め入るとは。
「もっと早くにあの領を抑えておけばよかった…あそこは今、リンドールの兵もいる。国境沿いだし、アドガルムに危害を加えるとでも考えられたかしら…パルシファル辺境伯から奪い返そうとしているところなのに…」
二国のどちらの兵が領主であるシグルドを討つかで、色々変わってしまう。
リンドールの兵も充分な数は送っているが、どうなるだろうか。
「それで、今の状況は?」
報告に来た者は、言いづらそうだ。
「それが、アドガルムの兵はパルシファル辺境伯の味方となって、リンドールの軍勢と交戦しているそうです」
「なんですって?!」
「シグルド殿、協力に感謝いたします」
エリックはパルシファル領へ着くと、挨拶を行う。
事前の打ち合わせ通り、アドガルム兵はすぐにシグルドの軍へと加勢しに行った。
「礼を言うのはこちらだ。まさかこんなにも兵を寄越してくれるとは」
思っていた以上の兵数にシグルドは圧巻されていた。
「我が国の領土が侵されては黙ってはいられないでしょう。当然の事です」
ミューズの婚約により、エリックとしてはシグルドは身内同然のようなものだ。
シグルドとしてもミューズを助けてくれたアドガルムに好感を持っている。
「可能な限り怪我をさせるな、投降を促せ!剣を捨てし者はけして傷つけるなよ!」
エリックの命にシグルドは訝しむ。
「それがアドガルムのやり方ですか?些か温い気が…」
武人であるシグルドは剣を抜くという重みを知っている。
命を奪おうというものは、命を落としても文句は言えない。
「無血、とは言えませんが、ミューズ王女の願いです。俺達は彼女の為に約束を守らないといけない」
「孫娘の言葉か…なるほど」
シグルドは納得する。
「直接言うのが遅くなってしまったが、孫娘を助けてくれてありがとう。俺達もミューズに何度も会いに行ったが門前払いでな」
大事に至らず済んだことは奇跡に等しい。
「いえ、可愛らしい義妹が出来て、俺も妻もとても嬉しいです。まだ口約束のため、正式な書類を用意したら、ディエス殿にもサインしてもらうつもりですが」
勝手に事を進めてしまったので、了承を得られるか、少しだけ不安はあった。
エリックはミューズの父の人となりを知らない。
「ミューズの命の恩人だ、ディエスが断るわけなかろう。しかしアドガルムというのは、口約束の婚約者の為にこのような戦をするんだな。すごい国だ」
国王だろうと娘婿なので、呼び捨てにしている。
アドガルムの気合いの入り方に若干引いていた。
「情に厚い者が多いのです。ご存知ありませんでしたか?」
無論それだけではない。
王太子も出陣するのだからと、意気込んでいるのもある。
エリックとシグルドは後方にてそんな事を語り合う。
前方の方では圧倒的に優位に立ったシグルドの兵達とアドガルムの兵たちがリンドールへと攻め入っていた。
こちらの戦況は悪くない。
やや落ち着いてきてるのもある。
そうなると、ミューズ達が心配だ。
「ミューズは、大丈夫だろうか」
「…心配だとは思いますが、大丈夫です。弟がついていますので」
シグルドの様子にエリックは声をかけた。
「ティタン殿下か…一度だけ会った事があるが、こんなことになるとはな」
最初に会った時はやんちゃな小僧というイメージだった。
それが孫娘の婚約相手となるなんて。
ミューズがティタンと共にリンドール王城は攻め入る聞いて、心配もあった。
だが、このままアドガルムだけに任せるわけにもいかない。
ミューズはまがりなりにも王族なのだから、見届ける義務がある。
「心配ならば、王城までこのまま攻めますか?」
「いや、若い者に任すよ」
エリックは多分ここで壁になる役割のはずだ。
逃がすことなく、そして殺さぬように捕らえる役目。
シグルドのいるここは国境だ、ここから攻め入るとどうしても市街地を通るし、交戦したならば無関係な者を巻き込んでしまう可能性が高い。
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