第四章 リセール公
リセール公は掲げる
マクシミリアンが三五年前に隠蔽された事件を暴露すると、玉座の間に衝撃が走る。
なぜリセール公が暗殺ではなく、殺人だと言ったのか。否が応でも理解せざる得なかった。
「その不可解な香水が、これです」
そう彼が掲げた右手には、香水瓶が。
よく見知ったそれに、男は奥歯を噛む。
そんなものが、直接手がかりになりえないことは、男が一番よく知っている。三五年前は、まだそんなまがい物は自分に必要なかったのだから。
だからこそ、なぜそんな物を重要な証拠のように掲げるのだろうか。リセール公の推理が見当外れもいいところならば、それに越したことはない。万々歳だ。
けれども、そうことが上手く進むとはなぜか思えなかった。
「ではリセール公、直接の手がかりではないと言われた香水が、実のところ重要な手がかりだったということか?」
そう尋ねた国王ジャックに、マクシミリアンは困ったように笑って香水をジャケットのポケットに戻す。
「残念ながら違います、陛下。三五年前の連続強姦事件においても、王太子夫妻殺人事件においても、この香水は無関係だと確信しております」
リセール公の答えに、男の不安は一気に膨れ上がった。
いったい、どういうつもりなのか。闇に葬られたはずの実母の醜態を公表するなど、どうかしている。正気の沙汰ではない。
全部過ぎたことだ。今さら真相を白日の下に晒したところで、二人が蘇るわけでもないのに。
救国の六王子の旗頭であり、狂王の悪政から国民を守った英雄クリストファー・フィン=ヴァルトン。その凄惨で謎多き最期も相まって、未だに多くの国民に称賛されている。
そんな両親の名誉を地に落とすような真似をするリセール公の考えが、本当に理解できない。
人望だけでリセール公になったようなもので、父親のようにそれほど才覚にも恵まれなかったような奴だけれども、これほどの親不孝をするような愚か者だとは思わなかった。いや、狂王の孫なのだから、それほど無理のある話ではないかもしれない。
なにがともあれ、今さらだ。
仮にリセール公がこの胸に黒い太陽が刻まれていると知られたところで、一体何になるというのだ。
証拠はどこにもない。三五年前も、二八年前も。
もしそんな物があれば、あの明晰王が自分を見逃すはずがない。
認めなればいいだけだ。すべて、リセール公の推測でしかないと。死んでも認めなければいい。
自分を落ち着かせるために無理やり口角を上げた男だったけれども、その背中には冷や汗が。
「無関係だとしても、香水は重要な情報を手に入れるきっかけとなりました。そうです、わたくしの元侍医ヒューゴ・ウィスティンは、我々が誰も期待していなかった情報を持っていたのです」
そんな男の前で、リセール公は話を続ける。
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