祖国からの手紙

「お、ずいぶんさっぱりしたじゃないか。さすが、伊達男。ああそうそう、お前が着てた服は捨てさせてもらったぞ。洗濯したところで、臭くて着られないに決まってる。だが安心しろ。その服と着替えは、くれてやるからな」

「…………」


 チャールズ・ヴァルトンは、本当によく喋る男だ。

 麻の長袖のチュニックに、肘まである黒革の篭手。同じ黒革の足首まであるベストに、黒染めの麻のズボンに、黒革のブーツ。

 彼の出で立ちをあらためて確認すれば、用意された着替えが白と黒の無難な組み合わせだったことに、変な納得をしてしまう。


「顔色もよくなったな。あのクソ不味いアレ様々だろ。どうだ? 感謝したくなっただろ。とりあえず昼飯はやめておけ。アレを飲んだら、しばらく胃を休めたほうがいい。よく胃もたれする奴がいるからな。俺は大丈夫だったがな」

「…………」


 でしょうねと言いたかった。けれども、下手に相槌を打ったら、余計に話が長くなりそうで我慢した。

 なんとチャールズは、イカの串焼きを食べながら喋り続けているのだ。どこをどうすればそんなに器用に喋り続けられるのか、マクシミリアンにはさっぱりわからなかったし、わかりたくもなかった。


 チェチェが案内してくれた居間には、なぜかビリヤード台があった。マクシミリアンの感覚でも、そこまで狭くないはずなのに、圧倒的なな存在感を放つビリヤード台のせいで、狭苦しく感じた。


 尋ねたいことがたくさんある。

 けれども、ビリヤード台にもたれかかり、チャールズがイカの串焼き片手に喋り続けるせいで、マクシミリアンはここに来てからひと言も話していない。ちなみに、連れてきたチェチェは少し離れたところにあるソファーで大人しく様子をうかがっている。

 チャールズのおしゃべりに巻き込まれないようにしているのではと、マクシミリアンは勘繰りたくなる。


「で、飯なんだが、今、絶賛料理人募集中で……」

 このまま延々と続くかと思われるお喋りに、マクシミリアンは耐えられなくなった。


「あの、お尋ねしたいことがあるんですけど!!」

「おお、お前、喋れるのか。ずっとだんまりだったから、俺はてっきり……」

「うるさいっ、あんたがずっと喋ってるからだろ」

「おおぉ」


 感心した声を上げたのは、チェチェだ。

 けれども、肝心のチャールズは二度三度と瞬きをして呆れた顔をした。


「お前が、黙っているからだろ」

「は?」

「なぁ、チェチェそうだろ?」

「チェチェ、大陸ゴ、ワカらないヨ」

「だから、誰だよ、そんなくだらねぇこと教えたやつは。それで、訊きたいことって?」


 マクシミリアンは、チャールズに声を荒げるのも虚しいだけだと悟った。怒らせていた肩ががっくりと落ちる。


「俺の荷物は、どこにある? 無事か? なぜ俺の名前を知ってた? 俺が来ることを知っていたのか? どうやって?」

「おいおい、一度に質問しすぎだろ。まぁいい。お前の荷物なら、ほらチェチェが座っているソファーの下に。安心しろ。何も盗っていないし、中身もあらためていない。お前の名前を知っていたのは、お前が――リセール公が来ることを知っていたからだ」


 口を挟まれないようにと、ひとまず解決させておきたい疑問を一気に尋ねれば、チャールズはよどみなく答えた。

 たしかに、チェチェの足元に彼の荷物――例の書類鞄と旅行カバンが並んでいた。

 そして、次の質問に答えにならない答えをした彼の手には、いつの間にか一通の手紙があった。なにやら見覚えのある封筒で、怪訝そうな顔をしたマクシミリアンに差し出す。


「ほれ。泣きんぼうのくせに、いい奥さんもらったな」

「これは……っ」


 見覚えがあって当然だった。型押しされた流水文様の縁取られた水色の封筒は、彼が特別に作らせ愛用しているものだ。

 宛名は、チャールズ・ヴァルトンとリチャード・ヴァルトン。よく知る柔らかな筆跡に、マクシミリアンの心臓は激しく脈打つ。裏返せば、差出人は愛する妻の名前が。

 手紙を広げる彼の手は、信じられない思いで震えていた。




 “チャールズ・ヴァルトン元総督閣下

 リチャード・ヴァルトン元副総督閣下


 突然の手紙で失礼いたします。

 わたくしは、あなたがたの甥マクシミリアン・ヴァルトンの妻デボラ・ヴァルトンと申します。

 我が国の英雄、救国の六王子の御二方にお願いがあり、ペンを取りました。

 他でもない夫マクシミリアンのことです。

 この手紙が先に届けば何よりではありますが、すでに夫がお伺いしているやもしれません。そもそも、この手紙が無事に届くかどうか。

 ですが、わたくしの夫であり、御二方の甥であるマクシミリアンは、必ずそちらにお伺いすることでしょう。彼は、強運の持ち主ですから。

 本人から話すべき事柄なので、わたくしからは説明できないこと、大変心苦しく思います。

 どうか、マクシミリアンの力になってください。

 せめて、彼の話だけでも聞いてください。

 もし、力になれないのでしたら、彼を無事にリセールに送り返してください。

 わたくしはもちろん、リセールにはマクシミリアン・ヴァルトンが必要です。

 何卒お願いいたします。


 リセール公夫人デボラ・ヴァルトン”




 妻のデボラも、リマンに置いてきた二人と同じように、ピュオルにたどり着けないだろうとたかをくくっている。──そうだと、決めつけていた。


(疑ってすまない、デビー)


 渋る自分の背中をあれほど押してくれたというのに。

 申し訳なく思うと同時に、心の狭さに深く恥じ入る。


「その手紙は、五日前の船で来てたが、総督府を経由したおかげで、ここに届いたのは昨日だった」


 チャールズが言うには、大陸側の商船が来るときは、必ずピュオルの船が数日ほど先行するらしい。塩などを売りつける商談のほとんどは、リマンで行われていた。うまくまとまった商談を報告しに船がピュオルに戻り次第、売るだけの塩を荷造りする。


「荷の用意が終わるころに、大陸側の船が来る。連中は、あとは積むだけでこことおさらばできる。なかなか効率がいいだろう」

「つまり、昨日この手紙が届いたから、今日俺を待ち構えていたと?」

「だいたい、そんなところだ」

「だいたい?」


 この手紙の他にどんな事情があるというのだろうか。


「ところで、泣きんぼう。お前、ビリヤードできるよな」

「泣きんぼうと呼ぶのはやめてください」

「ではなんと呼べばいい? リセールの伊達男か?」

「普通にマクシミリアン、あるいはマックスと呼べばいいでしょう」


 ムキになるマクシミリアンがおかしかったのか、チャールズはケラケラ笑いながら壁にかけてあったキューを手に取る。


「あらためて尋ねるが、マックス、もちろんビリヤードできるよな」

「一応は」

「じゃあ、やろう。ナインボール、五ゲーム先取でいいな」

「やるとは……」

「負けたら、勝った方の言うことを聞く。悪くない話だろ」


 マクシミリアンは、露骨に嫌そうな顔をした。


「これ、俺に拒否権はないんですか?」

「もちろん、ある。その場合は、帰れ。今なら、まだお前が乗ってきた船に間に合うからな」

「……」


 それはつまり、負けたとしてもすぐに追い返されるわけではなさそうだ。


「わかりました。ナインボールですね」


 観念したマクシミリアンは、キューを渋々手に取った。

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