第21話 夢駆け作者、貴公子とニュースに驚く
今西ミドリの日常はどこにでもありふれたような生活だった。いや、ありふれたとは過言かもしれない。しかしながら、今西ミドリにとっては普遍的でありきたりな社会人の暮らしだった。基本的に家と職場の往復、たまに職場から寄り道して帰る。休日は出かけるのも億劫でつい家で惰眠をむさぼり気がついたら休みが終わっている。何かをしようと思うときはあるが、そのタイミングがなかなか掴めない。ミドリが送っていたものはそんな自堕落とは行かずとも出不精の社会人の暮らしだった。それが、二十代であった今西ミドリの日常であったのだ。
コトコトと鍋が火にかけられている。朝の六時三十分。天気は晴れ。広いダイニングキッチンにはコーヒーの匂いが漂っていた。ご機嫌なミュージックを口ずさみながら今西ミドリはサンドイッチを作っていた。10代前半の彼女は背後の棚にあった三つのランチボックスを少し背伸びをして取る。ミドリはそこにペーパーナフキンをひいてそこにサンドイッチを並べた。空いた隙間に付け合わせのおかずを並べてランチボックスを閉じる。一緒にオレンジのパックジュースをセットして、ランチョンマットでくるむと朝ごはんの制作に取り掛かった。
もうすぐすれば、同い年ぐらいである中学生の三人と今西ミドリは同じ食卓につく。それが今西ミドリの日常である。
――正しくは、二十代の姿から中学生の姿に変わってしまった今西ミドリの新しい日常である。
別に漫画やアニメのように転生したわけではない。今西ミドリには死んだ記憶がないからだ。いや、実はしんでいましたみたいな話がもしかしたらあるかもしれないとミドリは少し思っているが、今のところ彼女にはその記憶がない。第一、過去の自分と同じ姿だった。どうせ生まれ変わるのならとびっきりの美男美女とか悪役令嬢、主人公、勇者の方がよかった。
しかし、かと言って、過去に遡ったわけでない。確かに街はミドリが暮らしている街に似ている。ご丁寧に、彼女が中学生だったころの街並みだった。しかしながら、絶対過去なんかではなかった。今西ミドリは断言できる。
何故なら、今、ミドリの周りにいる人物達は、世間を騒がしている存在は、本来ならば存在しないからだ。
ミドリがここにいる理由を恐らくは三人のうちの一人は知っている。しかし教えてもらえることはないだろうとミドリは思っている。だから、ミドリはこう思うことにした。
これはきっと、彼女が見ている夢なのだと。都合の良いように動かせる、楽しい夢なのだと。
部屋に直接つながるエレベーターがチンとレトロな音をたてる。それを聞いてミドリは近くにあったリモコンを使ってテレビのスイッチをオンにした。テレビに映るニュースキャスターは真剣な表情で口を開いた。
「次のニュースです。オープン二十周年を迎えるクーリッドホテルに怪盗ルパンズの予告状が届きました」
キャスターが告げた言葉にミドリは目を瞬く。ルパンズというのはケイマが怪盗行為をするときに使う名前だ。同じく聞いたのだろうエレベーターから降りてきた青年――に見えるがその実まだ少年であるコウヘイも動きを止める。
「えっ?」
「……は?」
――聞いてない! とミドリとコウヘイは二人で叫んだのは仕方がないことだった。
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