第7話 夢駆け作者、氷の貴公子と出会う(2)
大人しくついて行った先、静まりかえった廊下である。ただ足音だけが反響していくような世界に一瞬ヒヤリとしたものを感じた。何というか、本当に生徒会室に向かっているのだろうか、という不安からくるものだろう。
――ケイマは怪盗である。お調子者で愉快犯の節がある夢を与える怪盗である、と昔の私は仮定していた。昨日話していてもそんな風な子だった。子供なのだ。
それに比べて、目の前にいる彼はある意味反対といえる。冷静沈着で冷酷な面があるし、恐らく彼が命令すれば私の首は彼の従者によって簡単に刎ねられる。末恐ろしいなー、と変な顔をしてしまったのは仕方がなかった。
しかしながら、私の心配はいらない心配だったらしい。生徒会室と書かれた部屋が見えたからだ。彼は扉をノックせずに開けた。
「ケイマ、客だぞ」
「客?」
「やほー」
そう生徒会室に顔を覗かせる。何かの作業中だろうか。中にいる四人のうち三人の手にはペンキのついたハケが握られていた。ハケを持ったケイマは私をみて口を開く。
「はぁ!? ミドリ!? 何でここにいんだ!?」
「暇だし散歩がてら学校を見に来た」
「ケイマの知り合い?」
「近所に引っ越してきて、昨日からケイマにお世話になってるんだ。まぁこの学校に転入する予定だし、よろしくね」
社交辞令の挨拶である。ひらりと手を振れば他の三人はそれぞれちがう反応をした。黒髪のショートカット女子は一人は目を瞬き、茶色がかった性別がいまいちわからない生徒は一人は顔に笑みを張り付け、もう一人の髪が長い女子は同じように愛想笑いを浮かべる。とりあえず三人はよろしくと返してきた。ショートカット女子がケイマをみる。
「ケイマ、待たせるの悪いし今日は帰る?」
「でもこれ終わらせないとだろ」
「逆に私が手伝おうか? 帰ってもやることなくて暇だしね」
「え? いいの?」
「いいよ。何すればいい?」
そう尋ねれば彼は少しスペースをあけた。どうやら文化祭か何かにつかう看板の色を塗っていたらしい。渡された筆とペンキ、端に置かれたカラーサンプルに合わせて色を塗っていくとする。
「ケイマよりは役に立つな」
「私よりあっちの方が器用だし役に立つと思うんだけどなぁ」
「俺の名誉のためにもっと言って」
完璧にさぼろうとしていたケイマに「君は仕事をしろ」と突っ込んでおいた。私が作業する様子を見ていたらしい長髪女子は首をかしげる。
「こういうの得意なタイプ?」
「好きだけど得意ではないかな。どうも集中力がきれてくると雑になっちゃって」
「ああー、わかる」
「転入してくるんだよね? 前はどこに住んでたの?」
「何処だと思う?」
困る質問だったので困る質問で返す。彼彼女らはキョトンとした。ケイマだけが訳知り顔である。思ったよりもいろいろな都道府県をあげていく彼らに、面倒くさくなった私は「日本だよ」と言えば「それはわかってるよ!」と突っ込まれてしまった。いや、本当は一つの都道府県が候補にあがれば「そのあたり」で話を終わらせるつもりだったのだが、思ったよりも話が膨らんでしまった。
「いや、わかんないじゃん? 海外から来たとか、帰国子女かもしれないじゃん? 今の時代、外見とかで出身地はわかんないって」
「……でも、結局お前は日本なんだろ」
「結局日本だよ。君たちが知ってるようで知らない場所、そんな場所だよ」
「意味がわかんないなー」
中性的な生徒が苦い顔をして告げる。これが不思議ちゃんってやつか、となにやら納得したように呟いた相手に私は苦笑いする。そういう君も不思議ちゃんである、とは口を裂いても相手には言わないが。
「そういや名前を聞いてなかったな」
「まだ秘密」
彼に教えたら調べられる可能性がある。いや、別に夢の中だし調べられたっていいと言えばそうなのだが、なんというか面倒くさいことに発展する気がするのだ。ケイマが私に対して補導されたら面倒なことになると言っていたのは親兄弟がいないことと戸籍の関係があるのだろう。たぶん。恐らく。
えー、なにそれ、と告げた女子組に、性別がわからない生徒がまた何やら納得している。恐らく的外れなことを考えているに違いない。
「ミドリ」
「中村くんなんで知ってるの!?」
「最初にケイマが呼んだ。それが苗字か名前かはわからないが」
短髪の彼――中村というらしい――はそう言って私を見下ろした。私は苦笑いして口を開く。
「まぁ同じクラスになったらよろしく」
そのままこれ以上詮索されないように、会話を終わらせる為にハケにペンキをつけて私は作業に集中することにした。黙々と作業する分には多分彼らも何も言わないだろう。
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