第35話 一所懸命な回
王と会った日から、俺の忙しい日々が始まる。
王都周囲の土壌改良、周辺都市の海上浄化、試験的な鰹節と乾燥昆布の配布、etc.
この国は海に面した土地が多く、先人たちは海に面して街を作ることが多かった。
海からもたらされる豊富な恵みは、国を大いに富ませていったのだが……
そこに偏りすぎたために、魔王のせいで王国全体に多大なるダメージを与えてしまっていた。
農業に急激に進路変更しようにも、海から近すぎる場所は農地には向かない、それでも苦心して国をなんとかしようとしてきた王は、自らも厳しく律し、そのせいで疲弊していた。
他国との交易なども積極的に行ったが、状況が状況だけに足元を見られ、国庫は急速に貧しくなってしまった。国民にとって幸せだったのが、王が善人であったことだ。
表面上は辛く苦しい時期もあったが、なんとか立て直したように見えているだろう。
しかし、国としては、すでに破綻への道を進み始めていた。
残念ながら、未だに食料自給率は国を満たすほど上がってはいないのであった……
農業が軌道に乗るより先に、国庫が空になって、他国への債務によって経済的占領も視野に入れなければならない。それほどに国の内情は傾いていたのだ。
「しかーし、それを何とかするために頑張るのだ!」
「おお、頑張れツユマルー(棒)」
実は、サーナ様は自分の領地へとお帰りになってしまった……
今はライオネンと王様付きの近衛を数名帯同して各地を回る日々だ。
少しづつ俺たちの活動は各地の人に伝わって、今では俺たちが到着すると熱烈な歓迎ムードで出迎えてくれる街や村も多い。
なんといっても、生臭い海から流れる悪臭が劇的に改善することは、人々に大きな喜びを与えられるので、基本的に到着したらすぐに海の浄化に取り掛かる。
「しかし、本当になんの代償もなくその昆布と鰹節を出せてるのかね?」
「うーん、俺の体に異常はないし、何かが失われているような感覚もないぞ?
むしろ体は絶好調だからなー……」
「日々の食生活がな、毎日神薬で作られた料理を食べているわけだし……」
「この間王様にあったら凄く血行が良くなって、顔色もいいしふっくらされて、王妃様からも凄く感謝されたもんねー」
「城の中の雰囲気もすごく明るくなっていたな……すごいことやってるよお前は」
「早いとこ仕事済ませて、ロダルギーアに行かないとな!」
「それは気にするな、ツユマルはツユマルにしか出来ないことを優先してくれ」
「俺にしか出来ないことだと思うし、俺がしたいから早く行きたいんだ」
「……はっ、ほんとにお人好しだなお前は……ありがとよ」
この願いは、思ったよりも早く実現する。
各地の海に自生させた昆布たちは、凄まじい勢いで自生範囲を広げて行き、俺達が向かわずとも海の浄化は進んでいき、土壌改良も生昆布と土をよく混ぜ、その後しばらくしてから鰹節の出涸らしを撒くことで十分な土壌改良が行われることが判明して、わざわざ俺たちが出向く必要もなくなったからだ。
「ツユマル デガラシ。汝の働きは救国の英雄の名に恥じぬ素晴らしい働きであった!
ここに王の名のもとに行動の自由、そして王の名にかけてツユマルを保護することを約束しよう!」
びっくりするほど簡単に、俺の自由は王様の名のもとに保証されることになった。
一切の利益を求めずに、鰹節と昆布、それに労働力を奉仕したからね。
それでも莫大な報奨を定期的に得られることになったので、ギルドに預けることにする。
若い冒険者の育成とかそういうものにも積極的に投資することを約束した。
「神薬が湯水のように使えるせいで、ダンジョン探索が活性化してうちとしても万々歳だ」
「優秀な人材も回ってきたらしいな、引き継ぎはうまくいってるのか?」
「ああ、来月にも手続きは終わり、俺も冒険者に復帰だ」
「俺も海岸線に新しい倉庫街ができて、そこに納品すれば数年は自由が効くね」
「悪いな皆、俺のわがままに突き合わせたみたいで」
「はっ、俺がやりたいからやってるだけだ、それにー?」
「はいはい、仲間だからな!」
そう言いながらライオネン、シンサールと拳を突きつける。
俺たちの冒険の準備も着々と進んでいる。
すでに王都周囲の農場からは実りの知らせが届いている。
土壌改良によって成長は数倍に促進され、栄養価も跳ね上がっている。
国民の病気や怪我、死亡率は急速に低下して、平均寿命を伸ばしており、出生率は鰻登り、乳幼児の死亡率も激減しているそうで、しばらくすれば人口が爆発的に伸びるだろう。
しかし、それを支える農業、水産業は人口の伸びを凌駕する。
むしろ労働人口の増加は、この国にとって非常に有益だろう。
「しかし、ツユマルはいいのか?
それこそ大都市の領主だってなんだって好き放題提示されたんだろ?」
「いやいや、めんどくさい」
「おーおー、皆が羨む立場をめんどくさいの一言で済ますんだから、よっぽど大物だよな」
「冒険しながら食事でも作ってのんびり暮らせれば、俺はそれでいいよ」
「……サーナ殿はどうするんだ?」
「……旅に出る前に、ちゃんとしてみるよ……」
「おっ! いいじゃないか、少しは前向きになれたんだな!」
「流石にあれだけ盛大に祀られると、謙遜も嫌味になるからな……」
「近衛隊長ももっと稽古をつけてほしいって毎日凄いもんな」
「いろいろと勉強になるよ、明日も行くでしょ二人共?」
「ぐっ……行きますよ……」
「急に勤勉に火が付きやがって……明日も胃酸逆流コースだな……」
「それじゃぁ飲むのは止めておくか?」
「おいおい、それとこれは別だぜツユマル!
さ、シンサール今日はどこ行くんだ?」
「今日は王都の華やかな面を見てもらわないとな!!」
「おい、さっき俺の決意を……」
「まぁまぁまぁツユマル様、それはそれ、これはこれですよ、さぁ! 行きましょう!」
「調子いいなぁ……」
こうして、俺達は旅立ちの日まで王都を満喫すると同時に、準備を進めていくのであった。
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