もらったスキルは鰹節と昆布~出汁を取ったら異世界最強!?~

穴の空いた靴下

第1話事故ったら異世界に転生して特殊能力を手に入れて魔物に襲われた。



 体が、熱い……




 心臓が脈打つたびに体が炎に包まれたように熱くなり、すさまじい痛みが叩きつけられる。




 何が……起きた……




 俺は記憶の糸を手繰り寄せる。痛みがその作業を邪魔するが、必死に記憶をたどることで痛みから意識をそらさないとやっていられない。


 無理やり引き出した記憶は、横断歩道を渡っていたら目の前が真っ白になった記憶だった。




 轢かれたのか……




 その事実に思い至ると、自分がどういう状態にあるのかが理解できた。


 指一本、瞼一つ動かせずに道路に横たわり、そして大量の血液が流れ落ち、今まさに死の底へと落下している。そんな状態なんだとはっきりと理解する。


 理解と同時に、俺は死んだ。














「死んだ……はずだよなぁ……」




 そして今俺はなぜか立っている。


 歩きなれたアスファルトの地面ではなく、草が生い茂る土の上に立っていた。




「何が起きたんだ……、落ち着こう。俺はたぶん車に轢かれて死んだ。


 そして気がついたら全然知らない場所に立っている。……うん、さっぱりわからん」




 少しづつ頭がすっきりしてくる。


 自分自身に起きたことは理解の範疇をはるかに超えているが、自分が何者かを思い出せてきた。




 俺の名前は 出涸でがらし 露丸つゆまる 。


 37歳、独身、魔法使い、仕事は小さいながらも蕎麦屋を営んでいた。


 一応少ないながらも常連さんもいて、生活に困らないぐらいには流行っている。と思っている。


 轢かれた日も店を閉めて翌日の仕込みで出汁用の水に昆布をつけて冷蔵庫にしまって、あれ、店のカギ閉めたっけ……ガスの元栓も閉めたっけ?




「……どうにも記憶が混乱しているな……」




 深呼吸をして自分の状態を確かめる。


 176㎝75kg中肉中背で年相応のビール腹、少し頭髪が寂しくなってきたので短くした髪型、触り心地は生前と変わりない顔。うん、日本にいたころの自分だ。


 帰宅時のジーパンに働きたくないとプリントされた黒いTシャツにスニーカー、あの時のままだ。


 財布やスマホ、鍵などは無くなっている。


 


「はぁ、わけわからん。少なくとも昨日つけておいた昆布は無駄にしたなぁ……」




 いろんなことを考えすぎて、じくっと痛む頭を抑えようと左手を顔に添えようとすると……




 べちゃ




「うおっ!!」




 思わず手を払いのける。


 


 べちゃにゅちゃ




「な、なんじゃこりゃーー!!」




 左手からぬるぬるとした黒い帯のようなものがぶら下がっている。




「ひ、ひーーーーーーー!!」




 一生懸命振り払おうとするが、にゅちゃにゅちゃべちゃべちゃ音を立てて腕に当たったり顔にぬめっとした液体が飛んできたりと、控え目に言って大惨事だ。




「手から……生えてる……それに、この匂い……まさか……昆布?」




 俺が昆布と思い当たると、その手から生えている謎の物体こんぶがにゅるりと伸びてきた。




「う、うおおおお……なに、なんなん? 考えると増えるん?


 昆布増えろー的な?」




 俺の思考でまた昆布が伸びてすでに地面につきそうになっている。


 貧乏性なので、こんな謎減少によって発生した物でももったいないと思ってしまう。




「ひ、ひっこめよぉ……」




 にゅるにゅると昆布が手の中に納まっていく。




「おお、出し入れできるのか……出汁もとれるしな……」




 ひとりで寒い親父ギャグをつぶやくと、その後の寒さがやばい。危険が危ないくらい寒い。




「……。




 なんだよ、何が起きてるんだよ……体から昆布が出る不思議人間になったんかい……


 あとは鰹節でも出れば立派な出汁人間だな」




 ごりっ




 右手に違和感がある。


 はっはっは、まさか……


 恐る恐る右手を見ると、立派な鰹節がそそり立っていた。


 枯れもしっかりとしてカビの具合もいい。間違いなく上質な鰹節だ。


 軽く指ではじくと乾いたいい感触、これで出汁を取れば間違いなくいい出汁が取れる。




「削り器がないから削り節で出てくれればなぁ……」




 すでに壊れかけている俺がそう思うと、そそり立った鰹節の根元から削り節が湧いてくる。


 どうやら考えれば厚削りから薄削りまで思い通りな模様だ。


 一口食べてみるとえぐみや雑味をほとんど感じさせないスッキリとした味で非常に美味しい。


 これを長めにゆでてちょっとだけえぐみを出して、さっきの昆布と合わせれば、非常に出来の良い蕎麦用の出汁が取れるだろう……




「って、何考えてるんだ俺は!


 この非常事態に……こんな無茶苦茶な……


 ……そ、そうか、これは夢だよな!」




 少し昆布が出たぬめりのある手で顔をつねったり頬をはたいたりしてみたが、ねちゃっとした感触を含めて、ちゃんと痛い。どうやら夢である可能性は無いようだ……




「……もうやだ……何が起きてるの……帰りたい……って死んでるのか……


 なに!? 蕎麦屋は死ぬと鰹節と昆布が出るの?」




 しばらくは泣き言を言ったり、叫んだり、昆布を出したり、鰹節を出したり、削り節を出して美味しいと思ったり、昆布もかじってみて美味しいと思ったり、とりあえず溜まった混乱を吐き出すように奇妙な行動を続けてみた。


 おかげで少し落ち着きを取り戻した。




 いつまでもこんな草原に突っ立って昆布と鰹節を出していても仕方ないので、とりあえず歩くことにした。


 空を見上げれば澄み切った青空。


 前、日本とおなじ太陽が温かく照らしている。


 


「北へ進むか……」




 どうやらまだ日が出てそれほど時間が経っていないみたいで、だんだん日が昇っていく。


 日本基準だけど、日が出た方向を仮の東と定めて北へと歩いてみる。


 少し落ち着いてあたりを観察してみると、この場所はとても美しい。


 腰ぐらいの高さまであった草むらもしばらく歩いているとひざ下ぐらいの草に変ってきて、一面の緑の絨毯が広がる景色は心躍るものがある。


 


「西には大きな山、東には森がありそうだな……南方向は……草むらで良く見えないな……


 この先はしばらく草原みたいだから……はぁ、ほんとになんなんだよ……」




 ため息をつきながらも、進むしかない。


 道なき草原をただひたすらに歩く。おやつには鰹節があるが、ちょっと喉が渇いてきた。


 


「ふむふむ、極限まで薄くして出すと口の中でとろけるな……うんまぃ!」




 喉の渇きは昆布で補う。どうやらこの力、応用が効くみたいだ。


 昆布は生の状態でも乾燥状態でも出せる。大きさも思い通りだ。


 鰹節は節のままならどんな長さでも作り出すこともできる、削り節の形状も思いのままだ。


 もし日本でこの能力があったらものすごい経費削減になったことだろう。


 麺汁づくりに欠かせない酒、味醂、醤油は残念ながら出せなかった……


 どうやら俺は出汁人間どまりらしい……




「やっぱり普段使っている二種類しか出せないか……」




 あご出汁や煮干し出汁も出来ないかと思っていたけど、俺が出せるのは昆布と鰹節だけみたいだ。




「車に轢かれて目が覚めたら知らない場所にいました。ってか……異世界転生とか言うんだっけ?


 なんか店で流してた番組で言っていたなぁ……そうか、あれはこういう実体験から流行っていたのか」




 すでに俺の思考は狂い始めていた。




「子供のころにやったRPGなんかだと、こういうファンタジー世界で最初に出るのはスライムかゴブリンだよなぁ」




 余計なことを言うもんじゃない、口は禍の元。


 こういう発言は、フラグと言って忌み嫌われるのだ。


 ちょうどその発言と同時に、草原を進む俺の前方から何やら動く気配が近づいて来た。




「おお!? 動物か? 他の人間か!?」




 ひざ下程度の草から出ている部分は上半身と頭が見える。子供なのだろうか?


 


「な、なんだあれ……」




 肌は緑色、妙に頭が大きく四頭身ぐらいしかない、顔に対して大きな口、その口には長すぎる犬歯が覗いている。そして同じく大きな耳、さらに耳は鋭くとがっており、異形の姿をしている。


 もっとも恐ろしいのは、ぎょろりとこちらを睨むその瞳だ。この真昼間でも鈍く赤く光を放っている。


 そして、明らかな敵意を持ってまっすぐにこちらに向かってくる。


 しかも、相手は3体!




「ご、ゴブリン!?」




 俺の問いに答える者は誰もいなかった。


 その代わりに緑色のゴブリンがこん棒を振るって俺に飛びついてきた。




「う、うわーーーー!!」




 俺には武器も何もない。


 腕で顔を覆ってこん棒を防御するしかない。


 あんなの素手で受けたら骨折れるよな……


 生まれ変わったのに、俺、こんなに早く殺されるの?


 死因はこん棒での殴打……痛いんだろうなぁ……轢かれた時もすっごい痛かったけど、もっと痛いんだろうなぁ、食われるのかな、やだなぁ……


 せっかく出汁取り放題人間になったのに……また蕎麦屋でもやれば生活も出来ただろうに……


 ああ、殴られるの嫌だなぁ……


 それにしてもなんか、遅くない?




 恐る恐る目を開けると、驚きの光景が広がっていた。


 コブリンたちは昆布に縛り上げられて身動きが取れなくなっていたのだ!




 

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