神域魔導師のセカンドライフ〜国を救った元英雄だけど辺境に左遷されて魔法学院の先生やってます〜

宮前さくら

第1話 その男、最弱につき


「――っイン。いい加減起きなさいよっ、カイン!」


 五月蝿い。

 誰かの金切り声に呼び起こされて瞼を開けると、勝ち気そうな金髪の美少女が俺を見下ろしていた。


「なんだミューディか。せっかく良い夢見てたところだってのに」


 頭を掻きながら文句を言えば、ミューディはすっと目を細めた。


「婚約者でもあるまいし、馴れ馴れしく名前を呼び捨てにしないでくれるかしら」


 はあ? 

 ったく、昔はなにするにも「カインお兄ちゃ~ん」って後ついて来てたくせにいつからそんな他人行儀になっちまったんだか。


「……悪かったよ、子供の時の癖が抜けなくてさ。オルライン伯爵令嬢、これでいいんだろ?」


 まったくいちいち細かいやつ。これが貴族のしがらみってやつなのかな。

 しかし今日は天気も良いし風の通りも最高で、なもんだから離れの裏の雑木林に吊りハンモックをぶら下げて昼寝を決め込んでたってのにおかげで台無しだ。


「それで伯爵令嬢様がわざわざこんなところまでなんの用だ。もしかして俺の寝顔でも覗き見に来たのか?」


 我ながら大人げないとは思いつつ心地良い睡眠を妨げてくれた腹いせに少しからかってやると、ミューディは面白いくらい顔を真っ赤にして髪を逆立てた。


「んなっ!?  わ、わたしはアンタの寝顔なんてこれっぽっちも興味なんてありませんケド! だいたいアンタね、ちょっと顔が良くなったからって自惚れるのもいい加減にしなさいよね! この間だって屋敷のメイドに声をかけて……なんて不潔っ、このスケコマシっ!」


 ありゃりゃ大声出しちゃってまあ。貴族らしい淑女の振る舞いってやつはどうしたんだか、家庭教師のマーサ女史が見たら泣くぞ?

 あと俺がメイドと話してたのはちょっと用事を頼んだだけでやましいことはしてないっての。


 さんざん騒いでからミューディは被った猫が脱げていることに気が付いたようで、慌ててお嬢様然とした立ち姿を取り繕った。


「こほん。それよりカイン、お爺様が貴方のことをお呼びよ? すぐに本邸まで、」


「いやもう遅いって。ばっちり見てたし」


「~~っっ! うっさい! とにかくっ、お爺様がアンタを呼んでるのよ。すぐに部屋まで来なさいって」


「マクガヴァン師匠が? なんの用だよ」


「そんなのわたしが知ってるわけないでしょ! じゃあ伝えたからねっ、今はタダ飯食らいの魔力なし役立たずなんだしこれくらいはしなさいよっ!」


 俺にお嬢様の仮面は通用しないと諦めたのか、語気荒く用件を言い放ってミューディはどっかに行っちまった。そっちの方が昔のお転婆な頃みたいでいいと思うけどね、俺は。


 それにしてもあの爺さん何の用だ。

 取り決め通りここで大人しくしてる代わりに、俺に口出しはしないって契約だったろうに。

 爺さんは一度決めた約定を破るような人じゃないから、とするともっと上の――なーんか嫌な予感がしやがるな。


「はぁ。もう厄介事に巻き込まれるのはゴメンなんだけどな」


 なんせミューディにも言われたように今の俺には魔力がほとんどない。どのくらいかというと魔法学院に入学したばかりの卵たち以下。魔法使いとしては最弱の部類だ。

 そんなザマだから自分の身を守るのも一苦労だってのに、なんでか爺さんに無理難題を押し付けられる未来が見える気がする。


 少しはマシな面倒事であって欲しいな、そう願うばかりだった。




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