第27話 テンカ

モニターには少女がレッドタイガーを倒したところが映っていた。

「どうして間に合ってるの?」

メイが驚いているのも無理はない。少女は少し前まで森で戦っていた。少なくともじいさんが吹っ飛ばされるまでは。森の少女が戦っていた位置には少女に向かっていたはずの2体のギガントイノシシが死体になっていて新たに現れたギガントイノシシは戦闘していたはずの獲物を見つけられずにキョロキョロしている。

「森から村まで1キロ半くらいか。よく間に合ったな。」

全員がレッドタイガーの方を見ていたらしく何が起こったかわかっている人はいない。とても走るんじゃ間に合わない距離なのでさっきの加速した魔法などを使ってたどり着いたと推測されるが目を離していた時間は30秒もないため、それでもかなり無理をしていたに違いない。

「あれだけの距離を瞬間的に移動するのが可能なのは転移魔法しかあり得ない。けど、転移魔法は発動までに時間がかかるはず。そうなるとギガントイノシシ2体を倒せてるのが説明できない。」

俺は村の戦闘が終わったタイミングでドローンの映像を巻き戻す。ドローンを録画モードで後から遡れるようにしていたのが幸いした。

録画を見返すと少女はまず魔方陣を起動させ、それとほぼ同時に加速。1匹目を物凄い早さで処理すると、そのまま2体目に向かい一瞬で距離を詰めるとこちらも瞬殺して魔方陣の上に戻る。そして、戻ったタイミングで魔方陣が光り始め少女の姿が消えた。

「あり得ない。転移魔法を発動させて魔方陣を繋げてる間に転移魔法を維持しながら2体の魔物を相手にして、さらに魔法を発動するなんて普通はできない。」

魔法を2つほぼ同時に使うのは〔ツインキャスト〕というレアスキルがあるので理論上は可能だがあの状況で魔法を維持しながら時間を計算して2体の魔物を倒しきるというのはそれを考えても不可能に近い領域らしい。


その後、村に転移した少女は物凄い勢いで煙の上がっている方角を目指し、レッドタイガーに投げナイフを突き刺すシーンへと繋がっていた。

「あれならライフルの弾もよけそうですね。」

とエルフが言っていたが本当によけそうなのが怖い。現代兵器が通じないとなると今の戦力ではどうやっても倒すのは厳しいかもしれない。頼みの綱は目が合うだけでいい火狐の催眠術か。どうやって当てるかはだいぶ考えないといけないが。



 戦闘後、調査隊たちは村の防衛に専念するようで(パーティの方は村の外に出れる状態じゃないので当たり前だが)今日はこれ以上の探索がないと確認した俺たちはダンジョンの周辺に意識を切り替える。ダンジョンの近くにはジャイアントイノシシが1体と6体のギガントイノシシが迷い込んでいた。

「午前中に処理したはずなのにまだこれだけ侵入して来るとは。」

 冒険者の少女に触発されて仲間たちがやる気なのでどうにかなるとは思うが。


 実際、イノシシたちの討伐はすんなりと終わった。ニーナが積極的にイノシシたちの位置をマッピングしてくれたのも大きかった。彼女なりに見てて思うところがあったのだろう。これならオペレーターとして使えるかもしれない。


 夕方になり、俺はメイの工房を訪ねた。重要な相談をするためだ。メイは俺の優秀な参謀だ。

「なあ、メイ。新たに名付けをするなら誰だと思う?」

 名付けの10日のクールタイムが過ぎ、調査隊の冒険者たちもしばらくはこちらに来なさそうなこのタイミングなら名付けができると考えたのだ。新たな魔物の召喚も考えたが次のクールタイムも考えて早めにこちらを実行した方がいいと考えたのである。

「わたしなら火狐を選ぶ。だけど決めるのはソータ。」

メイは即答した。

「理由を聞かせてくれ。」

「エルフのメインの攻撃手段になっている狙撃は現時点で一番ダメージが出るし影狼や白狼が来たことで隙も狙いやすくなった。同じように火狐の催眠術も戦闘を決める決定力はあるけど敵と目が合う位置まで近づかないといけないからリスクが大きい。」

つまり、いくらでも隙が作れるエルフの狙撃よりも火狐を強化して催眠術を当てるためのバリエーションを増やした方が強いということか。

「火狐が遠距離攻撃を覚えてくれれば攻撃範囲も広がるしな。」

過去に話していたとおり、うちのダンジョンの戦力は近距離に集中している。それは影狼、白狼の2匹が加わっても同じだ。むしろ、近距離の比率が高まっている。それも考えれば火狐を選ぶのは自然な流れかもしれない。

「それじゃ、火狐にするよ。」

こうして、次の名付けが決まった。



 名付けは夕食後に行うことになった。前回の名付けでは倒れてしまったので今回はマジックポーションを飲んでから始める。

「火狐、君のおかげで俺たちは最初の窮地を乗り越えられたし、ゴブリン戦でも助けられた。そんな、君には『テンカ』という名前を送ろうと思う。」

「ありがとコン、マスター。テンカの名前、大事にするコン。」

 火狐がそう言うと火狐の体が光輝く。俺の中から魔力が消えていくのは感じるが倒れるほどではない。そして、まぶしいくらい輝いた火狐の体は人型に変化していく。

 輝きが戻ったとき、そこにいたのはケモ耳の生えた小学生くらいの女の子だった。

「マスター、これからもよろしくコン。」

 妖狐となったテンカは俺に向かって改めてそう言った。素っ裸で。

「おい、ちょっと待て。服を着てくれ。」

そりゃ、今までキツネの姿で服なんて着てなかったんだからこうなるのは当然といえば当然なんだけど。

「ちょっとテンカこっち。」

「あっ、ちょっとメイ。痛いコン。」

テンカはそのままメイの工房に連れて行かれた。

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