死闘(2)

 ――まだクラリオが地獄と化してから二十分と経過していない。だが、その間に市民は全滅して象徴的な城も崩れ落ちた。無事なのは都市を包囲する防壁だけ。

 今なお破壊は続いている。一年かけて復興させた街を瓦礫の山に変えつつ地上に降臨した天士のうち半数近くが最強の魔獣と死闘を繰り広げる。ここから決着に到るまでにも、やはり長い時間はかからないだろう。人知を超えた力を持つ者達の戦いは数多の攻防を一瞬の内に凝縮する。

 間も無く戦いは終わる。おそらくはアイズが辿り着く前に。

 その時、そこに立っているのはどちらなのか。

 すぐにわかるはずだ。




(これならどうだ!)

 届く間合いではない。なのに横薙ぎに剣を振るハイドアウト。その刃の向かう先に驚いた表情のアリスが落下して来る。こちらから近付くのでなく、彼女の足下に空間の穴を出現させ引き寄せたのだ。虚を突かれた彼女は完全に反応が遅れている。

 だが髪は違う。勝手に動いて剣を受け止め、さらにはハイドアウトを殴り飛ばす。さっき奇襲を仕掛けた四人もこれにやられた。

「うぐっ!?」

 叩き伏せられる彼。しかも全身を高熱で炙られ始めた。

「うあああああああああああああああああああああああああああっ!?」

「迂闊なことをするから」

 ふっと笑うアリス。彼女は今、全身から高熱を発している。人ならこの距離まで近付く前に焼け死ぬほどの温度。それを手元に引き寄せれば当然こうなる。

「クソッ!」

「ハイドアウト!」

 牽制のため槍を投げ放つハイランサー。グレイトボウも『弦』の能力で生み出した光の帯を使い、無数の瓦礫を射出する。

 ところがアリスは微動だにしない。ハイドアウトの傍に立ったまま全ての攻撃を受け流す。

「なっ!?」

「逸れた……」

「あ……ぁ……」

 二人が驚く間にも超高熱に晒され続け苦しみに喘ぐハイドアウト。そこへ同様に熱を操る能力を持つフューリーが駆け込んで行った。

「どけ!」

 自身を冷却しながら斬りかかる彼。けれど何度剣を振ってもアリスには届かない。さっきまでのように肉体を素通りするのではなく、刃が肌に触れることさえ無くなってしまった。

「!?」

 怒濤の連撃が全て柳の枝を打つ棒のように受け流されてしまう。その上、彼の冷却能力を超えて熱波が肌を焦がし始めた。

「貴方も剣がお上手ね。でも、この『自動防御』を破れる域には達していない」

 彼女は己が素人だと自覚している。皇帝だった父に溺愛されずっと籠の鳥として育てられたのだ。武の世界など全く縁が無かった。

 だからこそだろう、帝都を脱出し、逃亡を続けるうちに勝手にこの能力が開花した。まだ自身の不死性を理解できていなかったことも一因。身を守るため自動的に行われる防御行動。完全に反射のみで発動するため思考の必要は無い。さらにこの髪一本一本が知覚能力を備えており死角も存在しない。空気の流れや振動、光まで捉えて周囲の状況を認識できる。

「なら……!」

 一転、体当たりを仕掛けるフューリー。つまり殺意の無い攻撃。これなら斬ることはできずとも押し退けられる。一旦ハイドアウトから引き離せば、その間に仲間が彼を救出するはず。

 だが、彼の突撃はふわりと受け止められ、驚いている間に強烈な威力で逆方向へ殴り飛ばされてしまった。

「ぐうッ!?」

 甘かった。あの自動防御は単純に脅威を寄せ付けない。危険だと認識した時点で反撃までも意識せず行う攻防一体の能力。

 直後、民家の壁に激突したフューリーめがけ別の物体が投げつけられた。

「欲しいなら返す」

 ハイドアウトだ。全身黒焦げになった彼がフューリーと激突し、二人揃って建物の中へ姿を消す。

「このっ!」

 手の平から光の帯を生み出し、投げ放つグレイトボウ。彼の力は拘束にも使える。これなら熱波越しでも攻撃できるし、上手くいけばあの場に釘付けにできるかもしれない。

 同時にハイランサーも槍を投げた。光の帯を追いかける形で。

(防がれても直後に俺の槍が刺さる!)

 自動防御を突破するための二段構えの連携。ところがアリスの髪の一部は突撃槍と瓜二つの形状に変わり、同様に高速で射出されて二人の攻撃をまとめて迎撃する。

「は……?」

 呆気に取られる二人。少女は平然と言い放った。

「言っておくけど、貴方達に出来ることなら、私にもだいたい出来るの」

 フューリー同様の熱操作。そして物体の複製。他の六人のアイリスが自身の肉体を変形させ様々な力を使ったのと理屈は同じ。体内に流れる『魔素』がそれを可能とする。


 ――魔素とは自然界に存在する記録媒体。接触した生物の情報を記憶まで含めて複写し、自らの内に貯め込む性質を持つ。

 同時に、この非常に不可解な特性を持った物質には一定の条件下においてのみ結集して保存した情報を再現する機能も備わっている。つまり誰かの見た炎を再現して自らを紛い物の炎と化したり、すでに絶滅したはずの生物に化けて一時的に蘇らせたりできるわけだ。

 もちろん完璧にではない。再現性は高く、そう表現してもいいだろう。しかし再現された物質や現象は、どういうわけか最長十分間で元通りの魔素に戻る。

 この理を知り、そして抜け道を見つけ出した者達は世に『錬金術師』と呼ばれている。

 そう、彼女を怪物にしたイリアム・ハーベストもその一人。


「私の体内では絶えず『魔素』が生成されている。心臓と同化した魔素結晶が無尽蔵にそれを吐き出すの。この物質はあらゆる情報を記憶して再現する。しかも一部の生物が保有する因子を触媒に用いることで『十分の壁』を突破できることもわかった。今から数十年前、錬金術師達の手で解き明かされた事実よ」

 錬金術はその時点から飛躍的な進歩を遂げた。イリアム・ハーベストが太古の生物兵器を現代に蘇らせたように、魔素を利用することで古代の高度な文明と衰退した現代文明の技術格差を強引に埋めたのである。

「貴方達はもう知っているけれど、改めて教えてあげる。今言ったように私のこの力は心臓に同化した魔素結晶が源泉。これさえ砕けば倒せるわ。もちろん深度の差を克服した上でなら、ね」

 説明を終えたアリスの周囲で瓦礫が焼け焦げ、果てには割れ砕け始めた。熱の上昇が止まらない。表向きには冷静。けれど今も怒りで煮え滾っている。そんな彼女の内面を表すように熱量が増加を続ける。

 足を止め、距離を保っている天士達にまで強烈な熱波が届き始めた。

「なんて熱さだ……」

「これじゃ近寄れないぞ!」

 幸いフューリーとハイドアウトは生きている。彼等を治療して冷却と空間の穴を組み合わせれば近付くことは可能だろう。

 だが決め手に欠ける。理屈を完全に理解できたわけではないが、それでもここまでの戦いで嫌というほど実感できた。アイリスにはどんな攻撃をしても無意味。彼女の言う通り自動防御と深度の差を突破しなければ勝ち目が無い。

(だとしても……)

(必ず、どこかに突破口が――)

 諦めてはいない。彼等はまだ勝つつもりだ。勝利に繋がる糸口を探っている。

 そんな天士達を、やはり足を止めたまま一望し、視線を止めるアリス。ブレイブを見つめて嘲るように語りかける。

「団長さん、教えてあげたら? 貴方は知っているでしょう、魔素とは何か。どうして私の体内にその結晶が存在するのか。理屈がわかれば突破口も見つかるかもしれないわよ」

「やはりか……」

 小さく呟く彼。今この瞬間、ずっと抱いていた疑念が確信に変わった。

「イリアムとは親しかったようだな」

「ええ、貴方の話をよく聞かされた程度には。もちろん『彼女』のことも聞いた」

「……」

 平静を保つブレイブ。少なくとも、そう見える程度には取り繕えている。けれどアリスは見逃さない。彼女もまた確信できた。目の前の天士がイリアムから何度も聞かされた『彼』であると。


「止めたかったのね。そのために自分を捨て、最愛の人も犠牲にした。だったらいつまでも臆していないでかかってきなさい。彼の悪夢は終わっていない。イリアムの最高傑作が、つまり私がまだ存在している。私を倒さない限り、あの戦争は続くのよ」

「倒すさ、止めてみせる」


 啖呵を切ったブレイブは直後に本当に走り出した。突発的な行動に見えて、しかし周囲の団員達は動揺していない。これはおそらく――

 アリスの予想通り、まっすぐ突っ込んで来る彼とは別に、もう一人別方向から走り出す。復活を果たしたフューリー。

 直後、彼の前に空間の穴が生じてブレイブと合流した。全方向を知覚できるアリス相手に小細工は無意味と悟ったのだろう、そのまま二人並んで最短距離での正面突破を仕掛けて来る。

「今だ!」

 走る二人の援護のため一斉攻撃を仕掛ける天士達。ハイランサーの槍、グレイトボウの射出した礫が飛来しアリスの自動防御を働かせる。

「もっとだ!」

 他の天士達も石礫を拾い上げて全力で投げた。彼等の力で投擲されたそれは十分に凶悪な威力を有す弾丸。当然これも自動防御が反応。

 手数が多い。対応に追われることとなるアリスの髪。たかが十数人とは言え全員が天士。数の差を活かした飽和攻撃に晒され、徐々に余裕が無くなっていく。防御をすり抜けた飛礫が本体を掠め始めた。

(なるほど、こんな方法で突破してくるとは)

 だが彼女を守る盾は髪だけではない。まずは全身から放出する熱波の出力をさらに高めた。冷却しながら近付きつつあるブレイブとフューリーの顔が苦痛で歪む。

「ぐうっ!」

「耐えろ!」

 フューリーの力で対抗してなお肌が焼かれ、血も沸騰しそうになる。信じがたい熱量。それでも彼等は天士。人間を遥かに超越した強靭な肉体は足を止めず前進を続ける。

(頑張るわね!)

 接近されてもなお深度の差があるが、それでもブレイブという男を侮るのは愚か。彼には秘密がある。その秘密に由来する知恵で逆転の一手を生み出すかもしれない。

 そんなアリスの予測は当たっていた。一か八かだがブレイブには秘策が残されていたのだ。

(効いてくれよ!)

「何をする気かわからないけど、そこまで!」

 どうせ他の天士の攻撃は致命打にならない。あえて自動防御を解き、数万本の髪の先端を彼等に向けるアリス。一本一本が鉄すら貫く強靭な針。しかも高熱を帯びている。一本でも刺されば確実に致命傷。

 けれど、突如地面の一部が盛り上がり、彼女の髪を飲み込む。

「泥!?」

 正確には粘土である。クラッシュが周囲の瓦礫を破壊し、雪解け水と混ぜ合わせて作った即席の粘土。大量に生成されたそれをスカルプターが操って動かしている。

 豊富に水分を含む粘土は高熱領域に入ってもすぐには固まらない。ブレイブ達を狙って殺到する髪を巻き込み、攻撃を阻んだ時点でようやく干上がって固化。しかも熱で焼き上げられ余計に固くなる。すると今度は髪をその場に留めておくための重石に変わった。

(面白い発想!)

 けれどアリスは焦らない。すぐに髪を切断し、その勢いで後ろへ跳んだ。周囲からの攻撃が直撃するも、やはりほとんどダメージは無し。微かな痛みを感じる程度。

 本気を出すと言った以上、遊びはしないし侮らない。ブレイブには深度の差を埋め、攻撃を通す算段がある。だから最短距離で突撃してきた。ならばこちらは近寄らせない。距離さえ保てば熱波で削り殺せる。

 しかし彼等の作戦は、ここで再び彼女の読みを上回る。


【わっ!!】


 突然、頭の中に響く大声。たとえ自動防御を使っていたとしても、この『声』は防ぎようが無い。予想外の一撃にアリスの意識は一瞬だけブレイブ達から逸れた。

 その瞬間に再び空間の穴が現れ、彼とフューリーを一気に彼女の眼前まで運ぶ。

「しまっ――」

「喰らえ!」

 深度を過信して自動防御を無効化したことが徒となった。

 いや、使っていても同じ結果だったかもしれない。その時、ブレイブは尖塔を吹き飛ばした時のように封印された力の一端を発揮し、風を纏った一撃を叩き込んだのだ。鮮血が噴き出し、少女の美貌が歪む。これまでで最も『確信』の深い一撃。

 けれど、それでも致命には到らない。すぐさま反撃に移行する彼女。この距離ならこちらも必殺の一撃を叩き込める。

「惜しかったわね!」

 勝ち誇り、そこで初めて違和感が生じた。

「うぶッ!?」

 突然吐き気が込み上げて嘔吐する。そこへフューリーが間髪入れず追撃。反射的に避けたものの頬にも深い切れ込みが走った。つまり実体を斬られたらしい。

 まずいと本能的に察し、その場から離脱。髪はまだ動く。体も。けれど重い。突然他人のものになったような違和感。まさかこれは――

「どっ、毒!?」

「そういうことだ」

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