死闘(3)

 ブレイブはたしかに『魔素』に関する知識を有している。そしてイリアムの生み出した魔獣達がそれを利用して造られたことも知っていた。

 さらに二人のアイリスと戦ったアイズがもたらした情報。少女達は心臓に魔素結晶を埋め込まれ、体内で無尽蔵の魔素を生成している。それこそがアイリス達の強さの秘密。

 ならば倒す方法は結晶の破壊以外にもある。体内の魔素を毒化させてやればいい、彼女達自身に害を及ぼすように。彼はそのための薬を作り、いつも腰から提げている鞘の中に仕込んだ。定期的に刃に毒液を塗布し、しっかり染み込ませておいたのだ。

「ようやく、届いた」

「くっ……!?」

 勝ち目が見え、獰猛な笑みを浮かべる彼。逆転の発想だと気付くアリス。ブレイブは自身の深化を進めて勝機を掴むのではなく、こちらを弱体化させて可能性を高めた。これまでは確信が足りず毒も届かなかったが、今の一撃で入った。この状態でならアリスの確信は揺らぎ、彼等のそれは逆に補強される。

「熱波が消えた!」

「今だ!」

 意識を割く余裕が無くなり、熱の放出も止まった。好機と見て加勢に入る天士達。ついには眩暈までし始めたが、それでもアリスは迎撃を行う。

「まだよ! まだ自動防御が」

 言葉の途中で高速移動して来たアクセルライブの斬撃を浴びる。右腕の肘から先が切り飛ばされ、宙を舞った。同時に気付く、フューリーの攻撃も本来なら防げていたはずだと。

(自動防御が機能してない!)

 完全にではない。天士達の猛攻の八割方は勝手に髪が防いでくれる。それでも残り二割が確実に彼女の肉体を削り、傷を残す。

「う、くうっ!!」

 ますます余裕が失われていく。自動防御に頼らず意識して操れば変わらず自在に動かせるようだ。だが本来の彼女は帝国の皇女。大切に育てられた籠の鳥。武芸など一度も嗜んだことはない。魔素に蓄えられた情報を読めば知識は得られるが、それは知ることができるだけで扱えるようになるのとは違う。

 髪を自在に操れる。ただそれだけの能力なら天士達にとって普通の子供と大差無い。

 いや、自分にはまだこれがある。アリスは髪を操り、周囲に繭を作った。

「無駄だ!」

「すぐぶち破ってやる!」

 フューリーが凍結させ、ロックハンマーが殴って砕く。スカルプターの粘土も髪と髪の間に強引に潜り込み隙間をこじ開けた。たしかにこんな守り、今の状態では簡単に突破されてしまう。

 けれど彼等は誤解している。たとえ弱体化したとしても彼女は普通の子供ではない。

「思い出しなさい、私達『アイリス』の力を!」

「!」

 繭玉になった髪の一部が解け、四方八方に伸びた。それらは周辺の瓦礫の下へ潜り込み、そこに眠っていた者達を呼び覚ます。続々と立ち上がる異形の影。

「なっ……」

「死んだ人達が!?」

「死体だろうと関係無い! 有機物であれば、それが腐肉だろうとなんだろうと、この力で魔獣に変えられる!」

 死者が蘇る。人から魔獣となり、守護者であるはずの天士達に討たれ、ようやく安らかな眠りを得た者達が再び強引にこの戦場へ引き戻される。

 威嚇の唸りを上げる魔獣達。それは亡者の怨嗟の声にも聞こえた。

「やめろっ! ふざけるなアイリス!」

「死者まで冒涜する気か!」

「ええ、使えるものならなんでも使う! それが戦でしょう!」

 蘇った魔獣達が襲いかかり、天士の優位に傾いていた戦闘が再び混沌の様相を呈す。

「魔獣に構うな! 先にアリスを叩け!」

 彼女が生きている限り魔獣達は何度でも蘇る。逆に彼女さえ倒せば残りは脅威たりえない。ブレイブは本命を優先的に狙うよう指示を出す。

 しかし届かない。正常に機能しなくなった自動防御の穴を立ちはだかる肉の壁が塞ぐ。アリスが魔獣達を起こした本当の目的は盾を増やすこと。アイリスとなった肉体は毒への耐性も高い。時間さえ稼げば、おそらく分解できるはず。ブレイブもそれは理解していた。

(まずい! 一撃入れた程度じゃ長くは保たん!)

 こちらも突破力の高い駒を前面に押し出す。そう判断した彼は一人の天士に号令をかけた。

「ハウルバード! 道を拓け!」

「了解!」

 音を操る能力で振動波を生み出し、全身をそれで包んだ天士ハウルバードが突撃する。彼の力はウッドペッカーほど強力ではない。しかし普通の魔獣にとっては十分理不尽な暴力。近付くだけで粉砕され全く前進を阻むことが出来ない。

 アリスに向かってまっすぐ突き進む彼。ブレイブ達数名が後ろへ続く。

 けれどアリスは、リリティアとして潜伏していた一年間に彼等の能力を調べ上げていた。ゆえに、そう来ることは想定済み。

「予想通りよ!」

「!」

 目前まで迫ったところで足下が崩壊する。城での攻防の意趣返し。強酸を含む粘液型魔獣が地面を溶かし即席の落とし穴を掘ったのだ。すり鉢状のそれへ転落し粘液に絡め取られる天士達。

「くそっ、剥がれない!」

「鎧と武器が溶け始めたぞ!」

「凍らせる!」

 すぐにフューリーが凍結させた。同時にアイリスの髪が彼等を襲う。満足に身動きが取れず無数の針で貫かれる彼等。全身に鋭い痛みが走った。

「い、ぎっ!?」

 人間なら即死。天士だから辛うじて生きている。けれど、アイリスの髪が輝き始めた。再び高熱を帯びようとしている。体内から焼かれたら流石に耐え切れない。

「内側から燃やしてあげる!」

 穴に落ちたのは天遣騎士団の中でも特に攻撃力に優れた者ばかり。彼等が倒れれば自分の負けはあり得なくなる。勝利を確信するアリス。


 そこへ――


「!」

 フッと影が差した。気配を捉えた彼女が振り仰ぐと、壁にしか見えない巨大な戦斧を振り被った巨漢が落下して来る。憎悪に燃え、魂を黒く焼き焦がしながら。

「アイリス!」

 靴が光っている。クラウドキッカーの能力で空中高く駆け上がり奇襲を仕掛けて来たのだ。髪の知覚能力の範囲外から自由落下による加速を加えての急降下。気付いた時にはもう避けられる状況では無くなっていた。

 彼はまだ『深度』の理を知らない。けれど目の前で婚約者を魔獣に変えられた怒りが必要な確信を与えている。

 轟音を立てて地面にめり込む斧。アリスは左肩から右腰までを完全に両断された。

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