消えない戦火(3)

「まさか城の真下にこんな広い空間があったとは……」

 一緒に調査に来た連合の兵士達は物珍しそうに周囲を見回す。地下室やいざという時の脱出用通路というのは城には必ず用意されているものだが、ここはそれより遥かに深くに建設され、そして大きい。立ち並ぶいくつもの扉。部屋の大きさは様々だが、中には馬上試合ができそうなほど広いところもある。

「あのドラゴンもここで飼われていたのか……?」

「多分な」

 施設の一角は崩落してしまっていた。あの時、竜は城の付近から飛び出したように見えたし、この地下施設で飼育されたものという可能性は十分に考えられる。

 それだけ巨大な空間なのだ。どう考えても人の手では不可能な工事なので建設にも魔獣の力を利用したに違いない

「気を付けろ、上と違って延焼を免れている。何が潜んでいるかわからんぞ」

 注意を促すザラトス将軍。恐れ知らずの彼もこの危険な場所に興味を抱き、ついて来た。しかしアイズが訂正を行う。

「安心していい、見たところ敵影は無い。人の姿は皆無。魔獣も死体がいくつか転がっているだけ。ただし数ヵ所に罠がある。今から見取り図を書くから印を付けた場所にはまだ近付くな。後ほど私が解除する」

 壁を透視できる彼女には、すでに地下空間の全貌が把握できていた。

 そして、だからこそ気がかりなことがある。

「あの部屋だ団長。研究資料が多数保管されている」

「わかった。将軍、申し訳ないが禁忌に触れる情報があるので、あなた方はあの場所には入室できない」

「わかっております。魔獣の造り方など知りたくもございません、ご安心を」

 禁忌を知れば天に睨まれる。天遣騎士団を敵に回すことは魔獣の軍団に立ち向かうより無謀。今回の戦争でそれを知った者達は、ここにあるイリアムの遺産を求めたりはしない。少なくとも彼はそうだ。

 弁えてくれたザラトスと彼の部下達に施設内の状況確認だけを頼み、アイズの他数名の天士だけを伴って問題の部屋へ入るブレイブ。そこは図書館並の膨大な資料を詰め込んだ空間だった。

 ずらっと並んだ棚と様々な資料。中には瓶詰にされた魔獣の頭や手足などという不気味なものもある。

 入ってすぐ、全てに共通する特徴が目を引いた。エアーズは少しだけイリアムに好感を抱く。

「よく整理されていますね」

「奴は几帳面な性格だったそうだからな」

 ここだけでなく地下施設全体が清潔に保たれている。とてもあの危険な生物兵器を生み出した空間とは思えない。

「これらはどうするんだ?」

 ノウブルに問われ、ブレイブは淡々と答える。

「全てオルトランドへ運ぶ。そこで一つ一つを精査してから禁忌に触れていると判断した分だけを焼却処分する」

「ここでまとめて焼いた方が早くないか? 全て魔獣関連の資料だろう」

「とは限らんさ」

 アイズの提案には頭を振った。

「錬金術には一見関係の無い分野の知識が必要になることもある。例えば原始的な生命を作り出す方法は石鹸の作り方と共通点が多い。そういう別分野の知識が記された稀覯本や皇帝が狂気に走った原因を突き止められる情報も混じっているかもしれん」

「なるほど」

 この膨大な資料からそれらを選り分けるのは時間がかかる。搬出の必要性に納得できたアイズは部下達に命じた。

「持って来た箱に全て詰め込み、厳重に封をしろ」

「はい」

 魔獣の製造法は天が禁じた知識。人の目には触れないようにしてから外へ持ち出さねばならない。

 次に彼女はブレイブへ近付き、ある事実を伝える。

「団長、この施設には都の外まで通じる通路が複数ある。もしかしたら、そこから逃げた者がいるかもしれない。時が経てば経つほど痕跡は辿りにくくなる。今すぐ調査をさせてくれ」

「ああ、だが少し待て」

 ブレイブは室内に一つだけ置かれた机の、その上の資料に目を落としていた。声は固くなり沈痛な面持ち。

「どうした?」

「これが何かわかるか……?」

「いや」

 錬金術の知識など無い。当然の回答を行った彼女にブレイブは教える。

「魔獣の製造法だ……ただしオレ達がこれまでに倒して来たものとは次元が違う。あの時、ノウブルが倒した竜でさえイリアムの“最高傑作”ではなかった……」

「何……?」

 聞き捨てならない言葉が聞こえ、ノウブルも振り返った。そして歩み寄って来て資料を覗き込む。

 もちろん彼にも読み解けない。錬金術師は自身の研究を盗用されないため、このような資料には必ず暗号を用いる。

「竜の心臓……あの怪物の心臓か? いや、これも暗号だな。読めるのか団長?」

「ああ」

 ブレイブは天を仰ぐ。彼だけがイリアムの研究の集大成、その恐ろしさを理解した。

「なんてものを造ったんだ……もしこれが完成していたら、まだ戦いは終わらない。この怪物を倒すまで戦争は続く」


 魔獣を生み出す魔獣。

 イリアムが最後に造ったのはそれ。他の生物を魔獣に変える兵器。都の人々が突如変貌したことを考えると、おそらくすでに完成している。

 天才錬金術師は死んだ。それでも脅威は無くならない。この最高傑作が生きている限り、これからもあらゆる魔獣が生まれ続ける。人間を含む全ての生命を冒涜して。


「アイリス……イリアムは、そう呼んでいたようだ。オレ達はそいつを捜し出さなければならない。アイズ、行け。痕跡を見つけろ。ここから逃げ出した者がいるとしたらきっとそいつだ」

 おかしいと思っていた。死体の一つも見当たらないこと。これだけ広い施設に生存者も死亡者も存在しない。

 きっと造り変えられてしまったのだ、別の生物に、魔獣に。そして囮として地上に解き放たれた。

 敵はこちらが注意を引かれている間に、まんまと逃げおおせたらしい。

 もしかしたら、あの時イリアムを刺殺したのも──

「クソッ!」

 机を叩き、怒りに震える。戦火は消えていなかった。だから彼の中の炎にも再び燃料をくべて大きく燃やす。まだ、この怒りを絶やしてはならない。

「捜し出せ! こいつを始末するまでオレ達は地上に残る!」

「なんてことだ」

「魔獣を作り出す魔獣だと?」

「アイリス……」

 名前を呟き、記憶に刻み、部屋から出て行くアイズ。命令通り必ず見つけ出してみせる。自分の力はそのためのもの。

 胸に空いた穴を、今はもう感じない。

 戦いは続く。これからも続く。

 見えない標的。それに狙いを定めた彼女は猟犬の如く鋭い眼差しになり、敵を追いかけ始めた。

 それこそが自分の新たな使命だと信じて。



 この日からさらに十日後、界暦一三〇八年十月二十日に連合軍はカーネライズ帝国との戦争に勝利したことを宣言。

 戦いは表向きには終結し、時代は新たな局面に向けて動き始めた。さらなる災いの種子が芽吹き、急速に成長しようとしていることなど知らずに。

 その後、オルトランドへ凱旋した天遣騎士団は三柱教の教皇より直に感謝の言葉を受け、救世主として人々に称えられた。

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