消えない戦火(2)

 ブレイブとアイズが敵首魁二名の首を持ち帰り、ノウブルが最大の魔獣を倒したことで帝都決戦は終結した。

 残った小型魔獣の大半はブレイブの生み出した嵐に八つ裂きにされるか、都を包んだ炎に焼かれて息絶えたらしい。ごくわずかに脱出してきた敵も連合軍と共に遠巻きに包囲を続けていた天士達がことごとく始末した。

 おそらくは全滅。この場所から眺めていても、いまだ燃え盛る炎以外動くものなど何も見当たらない。


 アイズは今朝と同じ崖の上に立って、じっと帝都を見つめ続ける。


「副長、ここにいらしたのですね」

 呼びかけられても振り向かない。もちろん彼女の目は人間と同じ構造なので後ろを見ることは叶わない。だが仲間の声は全て記憶しているし聞き分けられる。

「報告か、エアーズ」

「いえ、ご様子を確認しに参りました。お疲れでは?」

「そうでもない。ほとんど戦闘らしい戦闘も無かった」

 弱い魔獣をいくらか屠った程度。天士にとっては軽い運動に過ぎない。帝都への突入時と脱出時が一番大変だった。その分の疲労とてすでに回復している。

 ブレイブもそう。彼も帰ってからずっと連合の将官達を相手に事の経緯を説明し続けている。途中まではアイズも同席していたのだが、少し前にもう外していいと言われたので天幕の外へ出て来た。

「では、せめて汚れを落としては? 顔が真っ黒ですよ」

「そうだな、戻ったらそうしよう」


 ということはつまり、今すぐやるつもりは無いわけだ。そう判断したトークエアーズはアイズの隣に並ぶ。視線を辿り、同じように燃える帝都を見つめた。

 わからない。この行為に何の意味があるのだろう?


「副長、どうして帝都を見ているのですか?」

「わからん」

 率直な質問に同様に返すアイズ。彼女にも全く理解できない。だが、何故かこの場から離れがたい。

 しばらく、自分の中にある不確かな何かを確かめるように手で胸に触れつつ適切な言葉を探す。

 やがて、そこに何も無いからだとわかった。

「ここに穴が空いている」

「お怪我を?」

「違う。しかし、そうとしか形容できない。私の胸に穴が空いてしまったようだ。この瞳でも見えない穴。あの炎を見ていると、それが少しだけ埋まるような気がする」

「……」


 理解はできない。

 だが、共感できる。


「私も時々、そう感じることがあります」

「お前も?」

「ええ、自分には何かが足りていないような、元々ここにあったものをどこかで落として失くしてしまったような、そんな感覚です」

「なら、天士にとっては当たり前の話なのだろうか」

「そうかもしれません」

「そうか」

 アイズは少しだけ安心したように見える。それから兜を外し、籠手を使って乱暴に自分の顔を拭った。

「まだ汚れているか?」

「当然です、そんなことで煤は落ちません。副長の天幕の方にお湯と清潔な布を用意いたしますので、それを使ってきちんと身を清めてください。鎧とお召し物もこちらで洗っておきましょう」

「そういえば以前から疑問に思っていた。何故お前が洗濯する?」

 天士の世話は人間がしてくれる。そのはずなのに、彼だけはそんな世話係達に混じって炊事や洗濯を手伝うのだ。最初は困惑していた人間も今ではすっかり慣れてしまい、彼にだけは親し気に話しかける。

 本人ならば理由を知っているはず。そう思ったのにエアーズは首を傾げた。

「さあ? 副長が炎を見つめるのと同じで、私もそうしていると落ち着くからかもしれません」

「わからない、か……」

 それもやはり経験が不足しているからだろう。ブレイブ以外の天士は皆、まだ生まれたばかりなのだ。


 この胸の穴も、いつかは別の何かが埋めるのか?

 疑問に思ったアイズは、もう一度炎に包まれた帝都を見つめる。

 エアーズはそんな彼女の横顔を見つめた。そして密かに戦慄を抱く。


(気のせいか? いや、たしかに今……笑っておられた……)

 一瞬だった。ほんの一瞬だけ、アイズは寒気がするほど酷薄な笑みを浮かべてあの炎を見つめていた。

 今はもう、いつも通りの無表情。けれど触れてはいけない。触れれば必ず何かが起こる。酷く嫌な予感がする。

 エアーズは沈黙を貫いた。同時に、この人から目を離してはいけない、見ているべきと固く心に誓った。




 ──同時刻、別の場所からアイズ達を見上げている者もいた。

 それは見つからぬよう声を殺して慟哭し、憎しみに満ちた眼差しを向ける。


 まだ終わらない。

 何一つ終わっていない。

 復讐は続く。

 地獄を見せてやる。


(天遣騎士団……天士……一人も逃がさない。私が許さない。今度はお前達が煉獄の火に焼き尽くされるがいい!)


 それは炎が生み出した影の中をじわじわ這い進んで行く。アイズがいるのとは逆方向へ、慎重に、呼吸にさえ気遣いながら。

 他はともかく、あの天士は危険。奴にだけは見つかってはならない。

 まずは見つからない場所へ行く。それから計画を立てる。

 復讐の手立てを探す。必ず実行してみせる。

 戦いは終わっていない。終わらせはしない。

 幕引きをするのは自分の権利。

 他の誰にも渡さない。


(イリアム、貴方の願いも叶えてあげるわ。こんな世界、終わらせてしまえばいいのよ)


 そして新しい世界を創ろう。彼が望んだ、本当の理想郷を。




 ──二日後、ようやく火災が鎮火したため連合軍は帝都へと乗り込み、焼け跡の調査を始めた。ジニヤとイリアムの死は確認できたものの他はわからない。残敵の有無や皇帝が狂気に走った原因など知りたいことはいくらでもある。ひょっとしたら生存者がどこかにいるかもしれないという思いもあり、彼等は一面真っ白な灰と黒い炭ばかりになった街を虱潰しに捜索していく。

 やがて、ある程度原型を留めている皇城へ調査に入った者達が発見する。

「皇女アリス?」

 意外な名を聞いて驚くブレイブ。報告にやって来た兵士は見て来たものをつぶさに説明し始めた。

「はい、ではないかと思われる遺体が奥の部屋に。周囲に従者らしき数名の遺体が倒れており、その小さな遺体だけが寝台の上に横たわっていました。胸には懐剣が刺さっており自害したのではないかと……」

「自害か……」

 敗戦国の王族が悲観して、あるいは責任を感じて自ら命を絶つというのは珍しい話ではない。

 しかし名前が気になる。


 アリス。


(たしかにそんな名だと聞いたことはあったが、娘は直接戦争に関与していない。完全に忘れていた……イリアムが何度も呼んでいた名だが、まさかあいつの協力者とは……)

 だとしても両名が亡くなってしまった以上、この事実は確認しようがない。仮に二人の関係を示す証拠があったとしてもこの大火災で燃え尽きてしまっただろう。

 そう思っていたところへ新たな報告が舞い込む。

「地下に?」

 それは城の下に巨大な施設が見つかったという報せだった。

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