帝都決戦(2)

 帝都ナルグルとその周囲では肌が切れそうなほど空気が張り詰めていた。両軍の色濃い殺意がぶつかり合い、目に見えて密度を高めつつある。

 しばらく前から帝国軍は連合の兵を見かけても攻撃を仕掛けず、こちらが何かする前に逃げ出すことを続けていた。それはやはり見立て通り、帝都に残存戦力を集結させるためだったらしい。

 壁上には数千の兵士。弩弓も多数設置されている。歩兵に騎馬、そして攻城兵器の進軍を遅らせるため道にはいくつもの柵。丸太の先端を削ったもので下半分はわざわざ地面に埋め込んである。撤去するには時間がかかるし、迂回しても土が柔らかい畑を通ることになり、やはり足止めを食う。罠も仕掛けているだろう。

 壁内への出入口は固く閉ざされ、外には数多の魔獣。狼型、蛇型、虫型、熊型に加えてオルトランド戦以後の戦いで新たに投入された猛禽型、巨大甲虫型、武装巨猿型、不定形生物型の姿もある。

「よくまあ、あれだけ作ったものだ」

 正門方向から帝国軍と対峙し、予想以上だと驚くブレイブ。ここへ到るまでにかなりの数の魔獣を倒した。だから敵戦力はもっと減っているものと考えていたのだ。

 隣に並んだアイズは壁の内側を透視する。

「中にも、まだかなりの数が控えている。兵は全部で一万、魔獣はその倍」

「合計三万、寡兵と言えば寡兵だが……」

 とはいえ、魔獣は一体が人間の兵士複数に匹敵する。特に後から生み出されたものほど強力で千人が束になっても敵わない場合もある。実質的には二十万の兵を連れて来た連合以上の戦力だろう。今なお帝国の軍事力は強大。

 もちろんこれは天遣騎士団を除外した計算。自分達がいる以上、逆に連合が優勢。ブレイブは振り返り、改めて伝令役の天士達に告げた。

「全軍に通達。作戦は予定通りに行う。少しずつ包囲を狭め、圧をかけつつ前に出て来た魔獣を屠れ。壁上の迎撃兵器の射程ギリギリまで近付いたら行進停止。もう一度だけ降伏を呼びかける」

「必要か?」

「必要だ」

 即答する彼。考えは変わっていない。

「中には市民も残っているんだろう?」

「ああ、かなりの数だ。おそらく十万は超える」

「多いな」

 率直な感想を述べるノウブル。ブレイブも苦い顔で頷く。

「本当にな、都市の規模に見合わん」


 ──おそらくだが、あそこで死に物狂いの形相をしている帝国兵達の家族。彼等を最後まで戦わせるべく各地から縁者を集め人質に取ったのだ。

 それは同時に連合に対する“盾”でもある。神の使徒たる天遣騎士団に率いられている以上、こちらは人道にもとる戦術は取れない。それをしてしまうことで連合は神の助力を得るための大義名分を失う。

 ブレイブ自身、そう言って捕虜を私刑にかけようとする兵士や廃墟で火事場泥棒を行う者達を諫めて来た。神は全てを見ている、恥じることのない行動を取れと。

 彼自身そうありたい。


「敵の狙いは人質を盾にしての時間稼ぎ。本格的な冬になれば連合は一時撤退を余儀なくされる。オレ達はどんな環境でも戦えるが、たった四十九人しかいない。都市一つを包囲できる人数じゃないし、残った戦力をぶつけられれば、どこかに必ず綻びが生じる。そうなればジニヤとイリアムは脱出を試みるだろう」

 イリアム一人がいれば魔獣は何体でも作り出せる。狂気に走った男なら繰り返し今回と同じことをしてもおかしくない。

「それだけはさせん。奴等はここで確実に仕留める。だからまず、こちらに虐殺の意志が無いことを示すんだ。魔獣だけを倒し、直接兵士と市民に呼びかけて降伏を促す。彼等を味方に付けてしまえば奴等は完全に孤立する。こちらが攻め込むまでもなく自分達の手で捕えて差し出してくれるかもしれない」

「なるほど」

 副長二人は納得した。たしかにその方が合理的で確実性が高い。

「よし行くぞ! 全軍ゆっくり前へ! 敵を存分に怯えさせろ!」

「鳴らせ!」

 まず角笛が鳴り響く。それに続いて盾や武器で地面を叩き、足音も大きく響かせて前進を始める連合軍。馬の蹄が土を踏みしめ、車輪が轍を作り、帝都を取り巻く輪が少しずつ狭まっていく。

 故郷を離れ、こんな場所まで遠征して来た勇敢な兵士達だ。ザラトスら将官も含め全員が前線に立って仲間を鼓舞する。

「吠えろ!」


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……ッ!!


 二十万の兵士がタイミングを合わせて一斉に叫ぶ。大気が震え、都では兵士達と屋内に隠れた市民が震え出した。

「あ、ああ……近付いて来る……」

「なんて声だ……ものすごい数が来たんだ……」

「向こうには天遣騎士団がついたらしい。なら、魔獣なんていくらいたって……」

「おかあさん……! ゆれてる……みんなぐらぐらゆれてる……!」

「大丈夫、大丈夫だから! 天士様が率いているのだもの、酷いことなんてなさらないわ。むしろ悪い皇帝をやっつけて自由にしてくださるのよ……!!」

「どうか、どうかお慈悲を……孫達には何の罪もございません……」

「殺される……きっと殺される……」

「天士様……」

 彼等の声をかき消すように再度咆哮。


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……ッ!!


 より大きな雄叫び。恐怖に耐え切れなくなった魔獣使いが命令を下す。

「い、行け! 追い払え!」

「グゥウッ!!」

 魔獣に感情は無い。獰猛な唸り声を上げ一斉に飛び出していく狼型の群れ。他も次々に前へ出る。ところが蛇型の背に跨っていた騎兵達は飛び降りて逃走を始めた。

「もう嫌だ!」

「殺されに行くようなもんだ!」

「なっ!? 逃げるのかお前ら、敵前逃亡だぞ!」

「勝てるわけない! 今までだって散々見て来ただろう! 魔獣じゃ天士には勝てないんだよ!!」

 その声を聞いた他の兵も次々に持ち場を放棄して逃走を図る。とはいえ四方八方を包囲された状態、逃げ場など建物の中しかない。手近な民家へ飛び込み、そこにいた市民と共に蹲る彼等。泣きながら必死に神に祈り、許しを乞う。

「お許しをお許しをお許しを……」

「天士様……!」

「クソックソッ! クソォッ!!」

 半数近い兵士はそれでもなお持ち場に残った。槍を持ち、弓を構え、魔獣に指示を出し、壁と門を死守すべく震える手足に力を込める。

 散々殺して来た。だから必ずやり返される。惨たらしく拷問され苦しんで死ぬ。絶対にそうなる。なら、せめて最後まで戦って死にたい。そっちの方が楽だし格好悪くない。

「ヒ、ヒヒ、かかって来いよ! オレは意地でも抵抗してやるからな!」

「馬鹿、逃げろ! もうこんな戦い無意味なんだよ!」

「うるせえ、逃げたきゃ勝手に行け!」

 連合軍が一矢も放たぬうちに混乱の坩堝に陥る壁内。それを見ていたアイズはブレイブに報告する。すでに先行した狼型との交戦に入っているが、各方面に分散配置された天士が苦も無く蹴散らし、少数の討ち漏らしも兵士が連携して片付けて行く。

 こちらには余裕があり、向こうには無い。

「効いているぞ、すでに半分以上が戦意を喪失した」

「そうか、ならもう少し進んだところで一旦足を止めるぞ。まずは魔獣をあらかた片付け、それから降伏勧告だ」

「わかった」

 頷きつつ、大口を開けて迫って来た大蛇を剣で切り裂くアイズ。女性型の彼女は男性型天士に比べると華奢だ。しかし、それでも腕力は人間の兵士の十倍以上ある。

 続けて昆虫型の群れが空から襲いかかって来た。だが一匹たりとて彼女に触れることは叶わない。どころか大量の矢を射かけてもなかなか仕留められないそれらの虫を、彼女は剣一本で瞬く間に斬り払う。

 見える。全てが見える。敵がどこから来るのか、何を狙っているか、次の瞬間どう動くのか何もかも掌握できる。


 神眼しんがん


 それが彼女に与えられた能力。万里を見通し、あらゆる物体の動きを時が止まったかのように認識。さらに数秒先まで未来を予測。そこに天士の反射神経と身体能力が加われば触れられる者も逃れられる者もいるはずがない。事実、彼女は今日まで血の一滴すら触れさせず全ての敵を一撃で斬り伏せて来た。

「アイズ、気を付けろ! あれが来たぞ!」

「問題無い」

 不定形な粘液状生物が高波のように覆い被さって来る。少し前から投入され始めた新型の魔獣。これにはたしかに剣や槍といった通常の攻撃手段は通じない。

 だが、アイズの場合は話が異なる。

 水のようにうねる複雑な攻撃軌道。それを全て最小限の動きだけでかわし、隙間をすり抜けざま一閃。すると不定形生物はただの粘液と化して崩れ落ちた。死んだのだ。

「私とは相性が良い」

 この怪物にも一つだけ弱点がある。極めて小さく、しかも透明で他の部分と見分け難い核が存在しているのだ。それを壊せば簡単に倒せる。

「流石だな」

 称賛しつつ自身も武装した大猿型魔獣と交戦。貫手による一撃で心臓を穿ち、葬り去るノウブル。後方から見ていた兵士達は改めて二人の強さに感服する。


「流石は天遣騎士団の副長達」

「すげえ……」

「ブレイブ様は、あのお二人より強いらしいぞ」

「どんな御力を行使されるのだろうな」

「わからん。あまりに強力すぎるから気軽には使えんらしい」


 実は、まだ誰も彼の能力を見たことが無い。

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