番外編置き場

霜月透乃

【おまさす?】交わり、似た者同士。

 今日は休日で、ここちゃんと外に遊びに出かけている。なんだかここちゃんが来てから、毎週休みは外に遊びに出かけてる気がするけど、もう慣れた。


 今はここちゃんと一緒に、春に初めて二人でお出かけしたときに行って、今も二人行きつけのカフェに寄った。


「……えなにこれは」


 店の中に入ってみると、人が席にぎゅうぎゅう詰めにされていた。いつもの誰もいない、知る人ぞ知る雰囲気は欠片も残っていない。


 今まで見たことのない光景に戸惑っていると、ここちゃんが口を開いた。


「なんか新作のスイーツが流行ってるらしいですよ? 有名人がSNSに写真上げてバズったとかなんとか」

「あー……私にはわからんやつだ」


 流行に乗るつもりはあんまりない、それよりも流行に乗るというプログラムが私という人格に組み込まれていないらしく、時たま珍しく流行のものを知って「これ今流行ってるんでしょ?」と友達のトークに混ざろうとしても「もう古いよ」と言われる始末。そんな私が知る由もない。


 というかここって都会の部分からそれなりに外れてるはずなんだけど、流行ってすごい。


「ちなみに流行ったのはどれなの?」

「このピンクのつぶつぶのやつです」


 ここちゃんが指差した先には、メニュー欄に「新作!」と大々的に写っている小さいつぶつぶのピンクがぎっしりとパイに詰まっている物体。


「……うそでしょ?」

「ほんとです。キモかわ? なんですかね」

「うへー……私はパスかな」

「ここも小さくてお腹にたまらなさそうなのでパスです」

「そこなの? スイーツってお腹を考慮して食べるものじゃないと思うけど……」


 最終的に私はワッフル、ここちゃんはワッフルとケーキを五個も頼んで席に座った。


 幸いいつも二人で食べるテラス席は空いているみたいで、私たちにとってこの混雑は苦じゃなくなった。


「ほんとに人いっぱいですね」

「いつもの雰囲気が好きなんだけどねー。まあこれはこれで滅多にないから面白いけど」


 私は注文までの時間を店員さんが置いてった水で過ごしていた。


 すると先ほどの店員さんが三分もしないうちに近づいてきた。


「はやっ。もう来たの?」

「いや、手に何も持ってないですし、違うんじゃないですかね?」


 その店員さんは私たちの前に来ると、申し訳なさそうに言った。


「突然すみません。今店の全席埋まってまして、今来たお客様がいるんですけど、もしよろしければ、相席をお願いしてもよろしいですか? お二人なのですが……」

「ああ、なんだ。それならいいですよ」

「えっ!?」


 ここちゃんが驚いた顔で私を見てくる。ここちゃんのことを考えず、独断で決めてしまったことに気づいて申し訳なくなってくる。


「ごめん、勝手に決めちゃって……。困ってる人が相席でいいならと思ったんだけど……」

「あー、先輩はそういう人でした……しょうがないですね、今日だけですよ? ほんとは、先輩独り占めしたかったんですから」

「大丈夫だよ。相席って言っても、そんなに関わらないって」


 頬を膨らませるここちゃんと私に、店員さんは頭を下げてこの場を去った。


「にしても、どうしてここたちに聞いてきたんですかね?」

「さあ? それなりの回数来てるし、話しやすかったんじゃない?」

「そんなことあります?」


 話してる間にここちゃんは私の横に移動して、少ししないうちに店員さんが二人客を連れて戻ってきた。


「――ねぇね、やっぱり迷惑かかるよ」

「大丈夫だから。結衣が私と二人きりになりたいだけでしょ」

「……えっ、双子?」


 私は相席相手が珍しい双子の姉妹なのに驚いて、思わず声が出てしまった。


「先輩、失礼ですよ?」

「ああ、大丈夫ですよ。よくあることなので」


 そういって姉か妹かわからない方が小さく両手を振った。


「相席させていただいてありがとうございます。ほら、結衣も」

「ありがとうございます」


 そういって同じ身長の頭が二つ同時にぺこりと下がる。私はそれをお返しのように小さく手を振って頭を上げてもらった。


 程なくして四人全員の注文が一気に運ばれてきて、テーブルを埋め尽くした。半分くらいここちゃんの注文だったけど。


「えっ、それ全部一人分!?」

「ねぇね、失礼」


 私から見て右に座っている方がテーブルの上を見て驚く。ねぇねと呼ばれたその人は、ハッとして口を塞ぐ。ここちゃんの食べる量を見る人は大体こんな感じのリアクションをする。


「ああ、大丈夫ですよ。よく言われることなので」

「なんで先輩が言うんですか」



***



 騙された。先輩が言うから仕方なく相席を了承したとはいえ、相手とはあんまり関わらないという言葉は結構期待していた。


 しかし現在、なんだかんだ四人お話しながら食べる流れになっている。先輩と二人きりの時間は今はおあずけらしい。


「そちらがお姉さんでその左が妹さん……全然見分けつかない」


 ねぇねと呼ばれたお姉さんの方、結衣と呼ばれた妹さんの方を先輩は交互に見る。二人は同じ顔をしていて、髪の毛も同じくらいの長さで、全く一緒の風貌をしていた。


「でしょう? 私たち以外で見分けられる人見たことないです。前は結衣がもっと髪が長くて、見分けがつきやすかったんですけど、バッサリ切っちゃって。腰くらいまで伸びてたんですよ?」

「えっ、そうなんですか? どうして切っちゃったんですか?」


 先輩は純粋な興味で訊いている。するとお姉さんがやれやれといった様子で。


「それはこの子が……」

「ねぇね」


 話し出そうとした瞬間左からものすごい眼光が飛んだのが見えて、お姉さんは萎縮してしまった。


「……まあこんな感じで秘密です。……それにしても結衣、髪伸びたね。私と同じくらいなんて。もうそろそろ切る?」

「いい。また伸ばす」


 妹さんはお姉さんに肩くらいまでの髪をサラサラと触れられながらケーキを食べている。


 そのまま会話は途切れなかった。主に先輩とお姉さんの二人で喋ってたけど。


 たまに妹さんの方と目が合うと、姉を先輩に取られているのがつまらなさそうな雰囲気を伝えてくる。自分と同じそれに同情しようと微笑んでみると、真顔のまま見つめられてそっぽを向かれた。まるで姉は渡さないぞとでもいう感じで。


「ん〜! このワッフル美味しい〜!」

「そうですよね。乗ってるアイスと一緒に食べるのも美味しいですよ」


 ワッフルを頬張ってとろけた顔をしているお姉さんに先輩がひとくちアドバイスをする。


「もしかして、お二人は常連さん?」

「まあ、そんな感じ……なのかな?」

「なんでそんな自信なさげなんですか……胸張っても大丈夫ですよ?」


 確認を求めてこちらを向く先輩が、少しおかしくなる。


「……ねぇね」


 不意に妹さんがお姉さんの袖をくいくいと引っ張る。先ほどと様子はあまり変わらないけど、なんだか寂しさを訴えている気がする。


「? どうしたの? ……あ、もしかして結衣も欲しかった? ちょっと待って……はい、どーぞ」


 そう言ってお姉さんはワッフルの端っこをそれなり大きめにアイスとともに切り取って、妹さんのケーキの皿に乗せる。


「……ん、ありがとう……」


 妹さんはお礼は言うけど、その表情は困ったような不貞腐れているような、難しい顔をしていた。


 そのままお姉さんは先輩との会話に戻り、数秒したあと、パッと意を決したような顔で妹さんが立ち上がる。


「ちょっとトイレ」

「ん、いってらっしゃい」


 一瞬見えた表情が気になるけど、すたすたと妹さんはトイレに行ってしまったからあんまり気にしないことにした。


 しかし数分後、妹さんは予想外のものを持ってきた。


「おかえりー……え、なに、追加注文してたの?」

「まあ」

「って、それさっきのやつ!」


 お姉さんが驚愕したそれは、さっき先輩との話題にも上がってたピンクのつぶつぶのやつ。


 多分トイレに行くというのは嘘で、本当はそれを買いに行くためだったんだろう。でもなんで?


「よくそれ食べようと思うね……正直、私は無理……さっき結衣も無理って言ってなかった?」

「ねぇねが食べるんだよ」

「え?」

「だから、ねぇねが」

「……」


 一秒前に無理と言った張本人に、無情に妹さんは告げる。お姉さんは固まってしまった。


 それをみて納得した。なるほど、仕返しか。先ほどから先輩とだけ喋って、自分に構ってくれなかったから。お姉さんの袖をくいくいと引っ張っていたのも、ワッフルを分けても不服そうな顔をしたままだったのもそういうことか。そこにあるのは結構根深いものみたいだった。


 三秒ほど固まり続けたあと、なにかの凍結が解けたようにお姉さんは強い拒絶を始めた。


「待って! むり、むりぃ!」

「無理じゃない。ねぇねが食べなかったら誰が食べるの?」

「結衣が食べなさいよ!」

「無理」

「なんで!?」


 首をぶんぶんと振るお姉さんは、目尻に小さく涙を浮かべているように見えた。


「ちょ、ちょっと、お姉さん困ってますよ!」

「先輩♪」


 テーブルに身を乗り出して制止しようとする先輩の腕に抱きついて、身動きを取れないようにする。


「姉妹仲睦まじいじゃれあいっこです、邪魔しないでおきましょ♪」

「え、えぇ? そうなの、かな……?」


 多分そうではないだろうけれど仲が良いからできることのようにも感じる。自分も妹さんと同じ不満は持っていたし、正直ちょっと面白そうなので乗っただけだが、先輩はピュアすぎて人を疑わないからそのまま身を引いた。


 お姉さんに押し倒さんばかりに迫っている妹さんはそれを見てお姉さんと対峙しながらこちらに目配せをしてきた。先ほどと表情は変わらないからよくわからないけど、多分グッジョブ的なことだと思う。


「せめて! せめて三秒っ!」


 お姉さんは必死の抵抗を続ける。妹さんに押されに押され、食べずに済む道は諦めたようだ。


「はいイチ、ゼロ、あーん」

「いち〜!」


 しかし抵抗虚しく、お姉さんはその一言に言いたいこと全てを詰めて、いちの口のまま半泣きでその物体を口に含んだ。


「…………美味しい」

「え、うそ」


 三人とも驚いたが、妹さんが一番予想してなかったらしい、目を見開いている。先ほどの様子は嘘のようにお姉さんは平然とした顔で口をもぐもぐとさせている。


「甘くて美味しいよ。結衣も食べる?」

「え……」


 それを差し出されて、恐る恐るお姉さんが口をつけた部分に妹さんが小さくかぶりつく。なぜか先輩と二人で緊張しながらそれを眺めていると、妹さんの眉間に寄っていた皺が解けた。


「ほんとだ……めちゃくちゃ美味しい」

「でしょ?」

「ええ、お二人ともすごい……」


 先輩がまるで畏怖するかのように困惑している。


 仕返しのつもりでしたことが、予想外の方向に転がったが、妹さんは嬉しそう。なんだか、羨ましい。


「……先輩、ここ、トイレ行ってきます」



***



「え? うん。いってらっしゃい」


 いきなり私に告げてここちゃんが立ち上がるものだから、少しびっくりしてしまった。ここちゃんは駆け足でトイレへと向かっていく。


「……いいんですか? 行かせちゃって」

「え? どうしてですか?」

「あはは……まあ、美味しいからいっか」


 不思議な会話をお姉さんと交わすと、ここちゃんはすぐに戻ってきた。その手には先ほど妹さんが持ってきたピンクのつぶつぶのやつが持たれていた。


「あれ、ここちゃんも買ってきたの?」

「はい♪」

「さっきまでいっぱいケーキ食べてたのに、よく入るねぇ」

「先輩が食べるので♡」


 ……ん? なんで?


 私は理解が追いつかなくて固まってしまった。もしやこのつぶつぶを誰かに食べさせるのが流行ってるの……?


「やっぱり気づいてなかったんですね♪ 先輩らしいです♡」

「な、なんで嬉しそうなの……?」

「初々しい反応が見れるかなーって♡」


 前では双子の二人が苦笑いでこちらを眺めている。初めて二人の表情が一致した。


 双子に意識を取られているうちに、ここちゃんは私の膝上まで忍び寄ってきており、椅子から立ち上がることもできなくなった。


「さあ先輩、お口あーんってしてください♡」

「ちょーっと待って……? 私もそれ、正直無理かなーって……」


 正直どころじゃなく無理。とてつもなく食べたくない。しかし有無を言わさないここちゃんの圧に押されて、やんわりとした断り方になる。それが仇となってしまった。


「大丈夫です。あんなに首をぶんぶん横に振ってたお姉さんも美味しいって言ってたじゃないですか〜♪ ね?」

「えっ、私!? いやー……」

「うん、ねぇね言ってた」

「ちょっとぉ!」


 先ほどは二人を止めようとした私をここちゃんが止めて、今度は私たちに妹さんがお姉さんを前に出す。なんだかちぐはぐだ。


「ほら♪ 妹さんのお墨付きです♪ 観念して食べてください♡」

「ま、待って……」

「もー、強情ですよ、先輩? そんなに抵抗するなら……」


 そういうとここちゃんは顔をゆっくりと近づけてくる。何をされるのかわからず身構えていると、私の顔の横でここちゃんは止まった。目の前にはピンクのつぶつぶをここちゃんが手に持ってるのが見える。


「……ふーっ」

「ひゃっ!? むぐっ!?」


 ここちゃんから吹いた暖かいそよ風が耳をくすぐって私を跳ね上げる、と思えば目の前のピンクのつぶつぶが私が声をあげて口を開いた隙にそこめがけて突っ込んできた。


「あははっ、先輩やっぱりお耳弱いですね~♪ かわいい……♡ どうですか? 美味しいですか?」


 満足そうに意地悪な笑顔を浮かべるここちゃん。驚きが二重に来たせいで、わけがわからず口の中に入ってるものの味がうまく感じられない。勢いよく突っ込まれたせいで、一口半くらい入ってきたそれを咀嚼するのは結構難しい。


 双子の方を見ると、お姉さんは同情するような優しい顔で私のことを見つめていた。妹さんにやられていたとき、こんな感じだったんだろうか。


「…………美味しい」


 ようやく落ち着いてきて、口の中もうまく噛み砕けるようになってきた頃、ようやく味が感覚に伝わってきた。ものすごく甘い。さっきまで一切の甘さを感じてなかったのが嘘のよう。鼻に抜ける香りもこれでもかというくらい甘さを帯びており、口の中の甘みをさらに増幅させた。それをパイがうまく包んでくどくならない。見た目でインパクト点を振り切らせていたピンクのつぶつぶはサクサクとしていて、思ったよりしつこくはなかった。


「そうですか、それならよかったです♪ それじゃあ……あむっ。んー♪ 甘いです♡」


 ここちゃんはついさっきまで私が噛みついていたそれを恐れることなくぱくっと口に含むと、うっとりとした笑みを零す。なんだかんだ、ここにいる四人が全員流行に乗った。


「なんか私たちより仲良いのを見せつけられてる気分」

「むぅ。ねぇねと私のほうが仲良いもん」

「はいはい、張り合わない……あ、もうこんな時間。すみません、私たち、そろそろ帰る時間みたいです」


 お姉さんはくっつく妹さんを慣れた様子で流しながらスマホの画面を見た。それにつられて私もポケットからスマホを取り出して画面をつけると、食べ始めてから一時間近く経っていた。


「うわ、時間経つの早いですね……もっとお話ししたかったですけど」

「先輩? 迷惑ですよ」

「ふふっ、大丈夫ですよ。でもごめんなさい、このあと観たい映画があるんです。ね?」

「あー、うん」


 そうして二人が席から立ち上がる。


「それじゃあ。相席、ありがとうございました」

「ありがとうございました」


 同時に同じ身長の頭がぺこりと一緒に下がる。


「こちらこそ、楽しかったので。ありがとうございました」

「また逢うときがあったら、そのときもよろしくお願いしますね♪」


 私はお返しのように頭を下げて、ここちゃんは二人に微笑む。


「私たちもそろそろ出なきゃね」

「何言ってるんですか、先輩? まだこれが残ってますよ?」


 そう言ってここちゃんが指差したのは先ほどのピンクのつぶつぶ。私はそれを見て背筋にぞくっとしたものが流れた。どれだけ美味しいのがわかっていても、その見た目だけで食べる気力が霧散する。


 固まっているとここちゃんが無言でそれと手に取って私の前に持ってきた。


「え、ちょっと、待って!」

「だめです。きちんと全部食べてください」

「……あはは、やっぱりお二人は仲良しさんだ」

「かもね。それじゃあ、私たちはこの辺で」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って、助け、んぐ〜っ!」


 ここちゃんにそれを口に入れられながら、二人が楽しそうに笑いながら去っていくのを見ていた。



***



「……観たい映画なんてないでしょ」


 私はカフェを出て一緒に隣を歩く姉の嘘をバラした。


「だって、あれ以上私が他の人と話してたら結衣拗ねるでしょ」

「むー」


 見透かされていることに対する苦言と否定の意が混ざって頬が膨らむ。


「というか、ただでさえ途中拗ねてたのに」

「……別に、あの二人なら話してても大丈夫だよ」

「あれ、珍しいね。結衣以外と関わるのを許してくれるなんて。確かにいい人たちだったけどさ」

「そんなメンヘラチックじゃないでしょ、私……あの人たち面白かったし、あの二人は二人でくっついてたから、ねぇねを取られなくて安心ってだけ」

「ああ、なるほど」


 姉が苦笑いをこぼして前を向き直す。昼が過ぎた歩道は、休日なせいで人通りが多い。はぐれないようにという表向きの理由を持って左手をちょんちょんと姉の手に軽く触れると、姉は何も言わずに私の指の間に姉の指を差し込んで、手のひらを重ね合わせてくれた。


「結衣、よく笑うようになったね」

「そう?」

「そう。あんなに他人の前で笑ってるの見るの子供のとき以来」

「私をなんだと思ってるの……? それに、笑ってるっていってもどうせほとんど嘲笑でしょ」

「えー? そんな冷徹な子じゃないでしょ、結衣は。もっと優しい子だよ」

「買い被りすぎだと思うけど。まあ、ねぇねがそう思うんならそうなんじゃない」

「なにそれ、どういうことー?」


 つつきあうような会話をしながら、私たちの顔はどんどん笑顔になっていった。重ね合わせた手とともに、肩と肩を寄せ合う。


「……映画観に行く?」

「今から? ねぇねが観たいならいいけど……何観るの?」

「決めてない! 結衣は観たいのないの?」

「別に。あ、でも恋愛モノ以外がいいかな」

「あー。結衣、昔っからそういうの観ないもんね」

「それもそうだけど……ねぇね以外の恋愛、興味ないから」


 そう言うと姉は豆鉄砲を食らったようにぽかーんとする。


「……結衣、そう言うのねぇね以外に言っちゃダメだよ?」

「ねぇね以外に言う気ないし」

「はぁ……ほんと、困ったお姉ちゃん子だ、ふふっ」


 姉は笑いながら私の左手をぎゅっと握った。


「でも、嬉しかったから、観るとき私の分のポップコーンもあげよう!」

「売店で二人分買うなら一緒じゃん」

「ねぇねのだよー? 特別だよー?」

「……もらう」

「あははっ、わかりやすいなー。ほら、行こ? 面白そうな映画、一緒に選ぼ?」


 そう言って人混みの中、姉は前に出て頼もしく私の手を引いてくれる。離れないように、私の手をしっかりと握って。


 私と同じ長さの髪が、ふわりと揺れるのを眺めてた。

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