第19話 網の上のむにょ

 入口と体験型施設を抜けると、正門広場へと出てきた。

 辺りを見回すと、正面は大規模改装工事中。

 そして左右は広場から坂や階段が伸びている。この辺り一帯は元々江戸時代に藩の西や南の方から城へ行く際に抜ける峠が有った山の一角で、正門付近は小高い山と山の谷間付近。なので園内はとにかく坂が多い。これが年洋が佐里さんに「歩きやすい靴」と言った一番の理由である。

 動物園は先ほどバスで登ってきた市道を境に別れており、今いる側が南園。跨道橋を渡ると北園になる。南園は後で行く植物園と繋がっているので、まずは北園の方へ進む。

 北園は山の頂上が近いという事も有ってか、とにかく坂! 坂! 坂! ベビーカー等を考慮したのか園路は坂が中心で、その曲がりくねった坂をショートカットするかのように、たまに階段が現れる。その坂も、ゆるい坂から激坂まで種類豊富。この坂が大変なのか、中の人も三輪バイクで園内を移動しているぐらいだ。

 こちらの北園は、シマウマ、イノシシ、サイ、キツネ、タヌキといった比較的メジャーな動物が多い。

 途中にいる八丈島で有名なキョンが意外と小さいと思いながら、二人は北園の一番高い場所へとやってきた。

「かわいいぃ!!」

 佐里さんが目を輝かせながら見つめる視線の先には、ツシマヤマネコがいた。長崎県の対馬にしかいない絶滅危惧種で、二十年以上前にこの動物園で保護の為の飼育・繁殖を始めている。それから五十匹以上が誕生し、全国各地で飼育・繁殖を試みている。公開されているツシマヤマネコもここで生まれ、一時期愛知県に移動して戻ってきた。

「頭丸くて、耳もちっちゃくて、かわいいんだけど」

 と言ってる佐里さんがかわいい。ツシマヤマネコよりも、佐里さんを見ていたい。

「色もキジトラっぽいね」

「野生のヤマネコが飼われてイエネコになっていったから、キジトラは基本の色って聞いた事が有るよ」

「へぇー。じゃあ、キジトラって野生っぽいの?」

「それは……育ち方によるんじゃないかな?」

 解説にこのネコはこういう性格ですと書かれていても、そうならないのが生き物の面白いところ。


 その後、サル、マレーバク、キリン、ペンギン等を見てから、最初の入口広場へと戻ってきた。

 ここからは南園を進む。

 最初に見えるのが、アジア熱帯地方の動物を集めたエリア。長期改装工事で最初にリニューアルが完成したエリアで、「どうせ高低差の多い動物園なんだから」と開き直ったのか、立体的な造りに仕立て上げた。動物を様々な角度から観察出来たり、オランウータンとシロテテナガザルを高いタワーとロープが有る場所で混合飼育してみたりしている。

 このエリアの一番人気はと言うと、

「かぁわいいぃぃぃぃ!!」

 放飼場に茶色くて細長い動物。細長い身体でスルーッと水の中を泳いだり、水から上がって走り回ったりと自由な姿。

 コツメカワウソである。

 ロープを咥えて下半身をぐるぐる円を描くように回す姿は「ダイナミックトルネード」という必殺技のような名前が付けられ、人気である。これを模してロープなどを口で咥えられるようにしたぬいぐるみまで発売するのだから、その人気がうかがえる。

「カワウソって、身体がスラッとしてるんだね。あの運動のお陰かなぁ」

 佐里さんがロープを咥えて下半身をぐるぐる回す姿を想像してみる。ちょっとかわいいなと思ってしまった。

 でも実際やってたら、恐怖でしかない。

 それにアゴが鍛えられて、佐里さんがクッキングパパみたいになってしまうかもしれない。

「……やめた方がいいと思うよ」

「なんで?」


 階段を登って更に進むと、園路の斜め上に有るメッシュになった床に、ヒョウが寝ているのが見えた。メッシュからはヒョウの毛がむにゅっとはみ出している。

「あの毛、触ってみたい。柔らかそう」

「それはさすがにヒョウが怒るんじゃないかな?」

 こうして見るとネコっぽいなと思ったが、ヒョウはネコ科の動物だと思い出した。

「ここに他の動物が座ったりすると、どうなるんだろう。どうなると思う? 年洋くんは」

 ――動物。

 佐里さんや日花さんがメッシュの上に座るのを想像してみる。むにょっとハミ出る肌が想像出来て、色々といけない気がしてきた。

 いい……。

「どうしたの? 黙って」

「あ、いや、なんでもない。行こう行こう」

 年洋は誤魔化すように進み出そうとする。

「変な事、考えて無かった?」

「考えてない考えてない」

「ホントぉ?」

 年洋に佐里さんの疑いの目が向けられる。年洋は思わず目を逸らす。

「あ、おっさんっぽいクマが! 行かなきゃ」

 逃げるように先へ進む年洋。

「あぁ! ごまかしたぁー!」

 そんな年洋を、佐里さんは追っていった。

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