第26話 九

 ダムの決壊みたいな? ほんの少しの穴が出来ただけで、そこから水があふれ出して壊れてしまうって感じなのか?


「その魔力が、すべて妹に向かって……彼女には、たった一つしか手がなかったの……」


「どういうこと?」


「妹を殺すか、自分を殺すかだったら、どっちを選ぶか……」


「え?」


 自分か、妹か選んだって事か? 自分は死ぬって分かってて、妹を助ける選択……。そんな簡単にできるモンじゃないだろ……。俺のときは、死ぬって知らなかった。ただ、今だけでも弟に成り代わる夢を見ている気になっていただけだった。


「妹を助けるには自分を殺すしかなくて、それで……自分で自分の命を絶ったのよ……」


 俺、軽く考えてた……。そりゃ、死んだって言うから何か事情はあるんだろうとは思ったけど、事故とかそんなのだと思ってた。


「妹に魔力の攻撃が届く前に死んだから、妹は無事だったのがせめてもの救いなのかしら……」


「……」


「蒼真? なんだか、あなたと似てるわね」


「違う……」


「なにが?」


「俺と似てない」


「そう? あなたも弟の代わりに死んだんだし、似てると思うけど?」


「俺、弟の代わりに死ぬって分かってたら返事しなかった」


「……」


「知らなかったから、ただ単にあのひとときだけでも弟になりたかっただけで、身代わりとかそんなの絶対に無理! 俺には、そんなの無理……」


「蒼真……」


 アナトの腕がいきなり俺の首に回された。戸惑っていると腕に力が入り、顔がアナトの胸にぶつかった。ナーナさんみたいに柔らかくないし、凹凸も無いし……でも、なんだか暖かくて今だけはこの胸もいいかなって思えた。


「硬い……」


「何が?」


「胸……」


 答えたとたん、いきなり胸から引き離された。少しこっぱずかしくて、どうすればいいのか分からなくて、ついつい憎まれ口を叩いてしまった。


「ちゃ、ちゃんとあるんだからね!」


「なにが?」


「む……胸よ……」


「ふーん」


 うまくまとまらない気持ちを隠すように、アナトへの憎まれ口を続ける。いちおう、心の中ではあやまっておこう。ごめん……アナト……。


「まぁ、そんなことはどうでもいいわ。魔法についてだけど……」


「あ、そうそう、それ!」


「今日は時間が無くなったので、明日ね」


「え?」


「明日、この家を出て旅に出るから準備はしっかりとするのよ!」


「いや、俺、行かないし……」


「道すがら、魔法についても説明するから、そのつもりでね」


「うっ……」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る