第11話 十

 アナトは、俺が死んだって言っていた。死んだことは覚えていないけど、アナトが部屋に居たのは思い出した。そして、弟の名前を口にしたのも覚えている。でも、答えた後のことを覚えていない。気持ちよく寝ているところを無理矢理起こされたところまで、記憶が飛んでいる。飛んでいるのか、元々その間の記憶は無いのかも分からない。


 明日……。アナトは明日また来るって言っていた。そのときに、すべて分かるんだろうか? そして、今、俺がいるこの世界? は本当に異世界なんだろうか? 同じ世界のどこか遠い国とかじゃないのか? 天井を見つめたまま色々と考えていると、ドアがノックされた。


「はい」


 返事をすると、ゆっくりとドアが開く。なにか遠慮がちに、ドアの隙間から顔を覗かせるナーナさんによく似た中年の女性の姿が見えた。えーっと、状況的に母親でいいのか?


「大丈夫?」


「うん」


 身体を起こしながら答える。


「そう。良かった」


 安心した顔でナーナさんに似た人が部屋に入ってくる。手には小さなトレーがあり、その上には木で出来た食器が乗っている。


「お腹は空いてる? ご飯、食べられそう?」


 そう聞かれたとたん、お腹がもの凄い音を出した。そういえば、どれぐらい時間が経ってるんだろう? ご飯、食べてないよな。匂いのせいで、空腹を思い出した感じだ。


「大丈夫そうね」


 嬉しそうに、ナーナさん似の人が、俺に小さなトレーを手渡す。反射的に受け取り、小さなトレーを膝の上に置いた。小さなトレーの上には、いびつな形をしたパンとスープがあった。


「ありがとう」


 礼を伝えると、母親と思われる人は驚いた顔をした。もしかしなくても、ナーナさんの時と同じパターンだよな? この身体の持ち主って、どんな人物だったんだろう?


「あ、えっと……足りなかったら言ってね。まだ少しならあるから……」


 戸惑ったようにそう言う推定母親さん。


「あ、うん」


 おかわりあるのか。そうだよな。これだけじゃ足りないよな。そう思いながら、パンを口にする。


「硬っ!」


 いつも食べているパンのつもりでかじったら、もの凄い硬いパンだった。フランスパンだって、こんなに硬くないぞ? それに、フランスパンの中は柔らかい。なんとか噛み切ってみたが、あまりの硬さとボサボサした感じに水分が欲しくなる。すぐに、目の前にある木の椀に手を伸ばし、スープを口に含んだ。

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