机に突っ伏し今日も世界を晴れにする

あおきたもつ

第1話 プロローグ 高校生を後任にするんですか?

 春じいが亡くなった。突然の訃報は木々の葉が赤く染まった秋のことだった。

 高校からの帰宅途中、連絡を受けた日野夏芽は思わず携帯を握りしめた。恩人の死に、言葉より先に涙がこぼれる。しかし嗚咽は堪えた、泣いている場合じゃない。春じいにも常に冷静であれと叩き込まれてきた。

 ――次の春まで半年もない。

 自分のときは九か月あった。駆け足でどこまでものにできるか。春じいに教えてもらったことを今度は自分が教える番だ。夏芽は涙を拭い、空を仰ぎ見た。春じいが好きな、綺麗に澄んだ青空が広がっていた。


 翌日、親戚に不幸があったと嘘が混じった連絡を担任に入れて学校を欠席した夏芽は地下鉄に揺られて目的地の気象庁に向かった。気象管理の中枢といえる建物のロビーに到着すると、既に山名秋葉と桐谷冬至郎、そして、気象庁の山本辰巳が各々落ち着かない面持ちで顔を揃えていた。

「ひとり欠けるだけでずいぶん寂しくなってしまいますね」

 悲しみを含んだ秋葉の言葉に一同は肩を落としたが、辰巳が気を取り直し、「話は上でする。付いて来てくれ」と皆を促した。

「後継者は見つかっているんですか?」

 エレベーターの中、待ちきれない夏芽は辰巳に訊いた。

「もちろん。春の欠片は既に継承されているよ」

 しかし、肝心の『誰』という点については、会議室に通されるまで待たなければならなかった。

 各々がバラバラに席についた薄暗い会議室の中、壇上に上がった辰巳はパソコンを操作し、スクリーンに一枚の写真と書類を映し出した。

「彼が次の四季者だ」

 

「十六歳? また子供ですか」

 未成年の女子大生という自己の立場は棚上げして秋葉は声を上げた。

「春山の爺さんの後釜が夏芽と同い年の少年とは、平均年齢が大幅に下がるな」

 冬至郎が笑いながら夏芽に目をやると、彼女は不満そうに睨み返していた。

「年齢は関係ありません。まだ学生ですけど、きちんと務めている自負があります。それに、同い年だけど誕生日は私の方が早いです。辰巳さん、指導役は次節の四季者ってルールは変わりませんよね?」

「そうだ。しかしながら本来より準備期間が短い。基本は日野くん任せるが、桐谷さん、山名くんにもできるだけ協力を仰ぐこと」

 辰巳の方針に夏芽は口を尖られた。自分だけでも十分なのに――。言葉に出さなくても顔にははっきりと書かれており、冬至郎と秋葉は苦笑した。

「できるだけ引き継ぎしやすい環境に整えておく」

 今年は暖冬かな、と冬至郎が小さく呟く。

「とにかく時間がありません。徹底的にしごいてやります」

 夏芽の使命感に燃える目を見て、

「ほどほどにね?」

 秋葉が困り顔で気負い気味の後輩を窘める。

「……秋葉さんがその台詞を言いますか?」

「あら、私は夏芽ちゃんにそれほど厳しく接したつもりはなかったと記憶していますけど?」

 夏芽の脳裏に三年前の悪夢が次々にフラッシュバックする。ぱくぱくと口は開くが反論する気力も生まれない。

冬至郎が吹き出した。「秋葉には敵わないな。だが夏芽、次の季節は俺の土俵だ。お前が望まなくても俺だって手を出すぞ」

「余裕あるんですか?」

「俺が何年四季者という職に従事してきていると思っているんだ? 春山の爺さんに次ぐ長さだぞ?」

 愚問だと鼻を膨らます冬至郎は今年四十。秋葉、夏芽とは比較にならないほどのベテランだ。夏芽はまだ三年目。経験値の差は天と地だ。

「……失礼しました。ご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いします」

 夏芽が恭しく頭を下げると、冬至郎は「うむ」と満足そうに頷いた。

 場が落ち着いたのを見計らい、辰巳が軽く咳払いをした。

「僕は君たちがいるそちら側には行けない。全ては君たちにかかっている。なんとしても彼を一人前に鍛え上げてくれ」

 辰巳が頭を下げ、三人の四季者が敬礼を返す。

 かくしてスクリーンに映し出された写真の少年、空野晴人

の四季者への就任が、本人の同意なく決定した。


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