第2章 虎は兎を救いたい

第6話 アジトでの作戦会議



 手に入れた古文書は、さっそく革命組の頭脳担当である縞栗鼠しまりす博士が解読を始めた。


「王宮に保管されている古文書とは、やっぱり違う箇所があるねえ」


 小柄で栗色の小さい耳をピンピンとさせた縞栗鼠博士は眼鏡をずり上げた。


「古文書は国立図書館の奥深くで厳重に管理されているって話だろう? 一般人はもとより、王宮の主要な役職に就いている野郎だって、そうそう手に取れる代物じゃないって聞いたことがあるぜ。なんで博士はその古文書の内容を知っているんだよ?」


 老虎とらが尋ねると、博士は「秘密だよ」と言って笑った。


「博士には謎が多いからね」


 スティールは口元を上げて笑った。


「古文書ってーのは何冊もあるのかよ? 闇市に出回っていたって——」


「古文書は複数存在すると言われている。まあ、それは当然のことだ。千年前に当時の出来事を書き記していた人物が複数人いたって、それはそれでおかしなことではないのだよ」


 博士は老虎を見もせず、古文書を読みながら続けて言った。


「書くという行為は当然、書き手の主観も入るものだ。王宮に保管されている書物が客観的で正確に書かれていると言われているのは、著者が王宮に勤めていた者だったからだ。

 しかしね。私はどうにも解せない点があると思うんだ。だから、別の古文書を見てみたかったのさ。スティールがこうして手に入れてくれたおかげで、私の中の仮説は確信に変わるだろうよ」


 博士は嬉しそうに笑みを見せた。老虎は肩を竦める。


「頭のいい奴の言うことは、理解できねぇな。難しい話は博士に任せておこうぜ」


「それがいいね」


 スティールは老虎の意見に賛同してから、部屋の中に座っているメンバーたちの顔を見渡した。ここは革命組の作戦会議室だ。正面には、王国全体の地図が張り出され、そこにスティールが足を組んで座っている。それを囲むように、革命組の主要メンバーたちがここに集まっていた。


 最初は十名程度から発足した革命組だが、現在の組員数は百人を超えている。その内訳は様々。人間もいれば獣人もいる。噂を聞きつけて、わざわざ地方から出てきた者もいるくらいだった。


「王宮の動きがあわただしい。どうやら、どこかの町に部隊を派遣するようだ」


 王宮に潜り込ませている仲間からの情報を手にした熊族のガズルはそう言った。それに答えたのは、博士だった。


「猫族の町だろうね。王宮の古文書には『歌姫の魂は再び猫族に宿る』と書かれていたはずだ。やつらは、自分たちの手元にある古文書がすべて正しいと信じ込んでいる節があるよ。

 もしかしたら、カースの闇の力が介入しているかも知れないというのに。自分たちの守りは完璧だとでも思っているんだろうね。バカな奴らだよ。——明日は、歌姫の生まれ変わりの少年が十八歳になるんだ」


 スティールは大きく頷いた。


「王宮では、予言通りに生まれた猫族の子を前々魔法大臣のリガードが引き取って育てている。その部分は違いはないのでしょう?」


 スティールの問いに、博士は「まあ、そうだね」と答えた。


「カースが手を加えたのかどうかはわからないが、ともかく歌姫の存在を知るには、王宮の動きを追うのが一番正しい。なにせ歌姫の生まれ変わりを連れたリガードがどこに消えたのかは最重要機密事項になっていて、王宮でも一部の者しか知らないんだ。けれど、猫族の町にいるのではないかと、おれたちは予測する」


「猫族に生まれて、猫族で育てるなんて。逆にどうかと思うけどよ。見つけてくださいと言わんばかりだろう?」


「木を隠すなら森に隠せ——だろう? それに猫族の町の場所、お前はわかるのか?」


 老虎は「そういわれてみると……」と言葉を濁す。


 国内には、あちらこちらに獣族たちが、同族で町を形成して暮らしている。色々な種族は混ざって暮らしているのは王都くらいの話だ。老虎は「猫族の町——」と、自分の記憶をたどってみる。しかし、そう言われてみると、猫族の町がどこにあるのか、考えたこともなかったし、耳にしたこともなかった。


「実は、猫族の町というのは、地図上に表示されていないんだ」


 スティールは自分の後ろに貼り付けてある地図を振り返った。そこのいたメンバーたちは互いに顔を見合わせ、「確かに。見たことも、聞いたこともねえな」と口々に言った。


「彼らは、歌姫の生まれ変わりを一族で匿うことを決めた時、他の種族との接触をやめた。そして自分たちだけで生きていくことを選んだんだ」


「なんで、そんなことまでして——」


 シェイドはごくりと喉を鳴らす。博士は神妙な表情で説明した。


「猫族っていうのは、はるか昔は太陽の塔に仕える神聖なる一族だったんだ。千年前にカースを封印した歌姫も猫族の獣人だった。彼らは、千年前から、太陽の塔を守る任を退き、ひっそりと皆から隠れるように暮らしてきた。歌姫の再来を待つため、粛々と準備をしてきたんだ」


「なんて一族だ」


「まあ、たまに町を抜け出して王都にやってくる猫族もいるみたいだけどね。彼らを捕まえて、詳しい話を聞こうとしたって無駄だった。みーんな、自分の故郷の記憶がごっそり抜け落ちているみたいだったよ。多分、魔法で消されていたんだろうね」


「用意周到だな」


 老虎はうなった。故郷の記憶を消されるだなんて、嫌な話だと思ったのだ。


「けどよ。誰も知らねぇ町に、どうやって行くつもりなんだよ」


 スティールは「大丈夫だ」と言った。


「おれは場所を知っている。博士が場所を特定してくれたからね。心配ない。おれたちは今日——猫族の町に行き、王宮よりも先に歌姫の生まれ変わりを確保する」


「今から出発して間に合うのか?」


「飛空艇を出す。大丈夫だよ。老虎」


 博士は眼鏡をずり上げると、自慢げに胸を張った。


「とうとう始まるんだ。おれたちがこの国を守る。王宮になんて任せておけない。老虎、ガズル、それからみんな——。命がけかも知れない。けど、頼む。協力してくれ」


 スティールの瞳はまっすぐだった。老虎は隣に立っていたガズルと目を合わせてから、力強くうなづいた。


「いいか。おれたちは歌姫の生まれ変わりを確保し、カースからこの国を守る。そして、獣族も人間もみんなが手を取り合って暮らせる国を作るんだ」


 スティールの言葉に、部屋にいたメンバーから歓声が上がった。初めて出会ったときと同じだった。彼の瞳は未来しか見ていない。老虎はそんな彼が好ましく思った。

 

 しかしシェイドは不安げだった。もともと気持ちの小さい男だ。彼は「あの」と声を上げた。


「おれたちだけで、そのカースってやつを相手にできるのか? もしかしたら直接出会うかも知れないだろう?」


 すると王宮の内通者から情報を得ているガズルが作戦を申し伝えた。


「王宮では、歌姫の生まれ変わりをとある場所で受け取る予定になっているそうだ。つまり——王宮軍も今回ばかりはカースと直接対決をするつもりがないってことだな」


「じゃあ、カースを取り押さえるのは誰だっていうんだよ?」


 老虎は声を上げる。ガズルは「さあな」と言って肩を竦めた。それに答えたのはスティールだった。





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