第32話 二人から四人へ

 ヘレンスが打開案を考え始めてから何分経過しただろうか。

 二人が命を削り続けて逃亡する中、追いかけてくるドラゴンには一切の疲れが見えてこない。ましてや見逃してやろうという気持ちなんざさらさらないだろう。まぁ――人じゃないので詳しいことはわからないのだが。


「おっと、そんなこと考えてる場合じゃねぇな!」


 気を取り直すように言うが、いい解決策は出てこない。

 ともに逃げているジュークも、自身への攻撃を回避するので精一杯なようだ。

 かくいうヘレンスも、何度か攻撃を試みたものの、そのほとんどをはじかれ、または打ち払われてしまった。体にたまった疲労と絶望感が、より一層死への感触を確かなものにさせる。


「体感としては一時間くらい経ってるんだけどなぁ……多分まだこれ十分も経って――」


「――ヘレンス、危ない!」


 ジュークの声を聴いてはじかれるように後ろを向くと、ヘレンスの方へとドラゴンの爪が繰り出されていた。

 横薙ぎに払われたそれをなんとかかがんで回避すると、ジュークからお叱りの言葉が飛んでくる。


「ヘレンス! さっきから間一髪じゃないか! 解決策を考えてくれるのはうれしいが……回避の方にも集中してくれ!」


「分かってるよジューク。――だけど、今の出なんとなくつかめたかもしれねぇ」


 自らの命を削り続ける逃走劇をしばらく続け、当然だが二人とも疲れている。そんな中ヘレンスの頭に思い浮かんだのは、ドラゴンをなめているかのような作戦だった。


「ジューク! ゴニョゴニョ……」


 作戦の概要を伝え、不信感たっぷりの表情を向けられるヘレンス。


「そんな作戦……本当に通じるのか……?」


「まぁ……大丈夫だと思うぜ! 俺の勘が通じれば、だけどな!」


 ニカッと笑いながらサムズアップをするヘレンスの姿にジュークは呆れたようなため息をつく。

そして逃げ続けながらもしばらく考え込んだのち――「いいだろう。やらなきゃ負けそうなのはこっちだからな」とつぶやいた。


「それじゃあ、あの大岩が近くなったタイミングでさっきの合図を出す。ジュークはそれに合わせてくれ!」


「また儂が合わせる側か……たまには悪くはないがな!」


 希望が見えたことで、心なしかジュークの顔にも明るさが戻る。

 その気を引き締めるようにヘレンスは大声を上げた。


「もうあと少しだ! 三、二……行くぞ!!」


 そう叫ぶと同時に、片足できれいにブレーキをかけて、眼前のドラゴンに向けて矢を発射する。

 ちょうど顔――その中でも特に目に当たるように放たれた矢だったが、当たる個所を危惧したのか、ドラゴンの爪によってはじかれてしまう。

 ドラゴンが体勢を立て直そうとしたところで目にしたものは――ヘレンスが放ったと思しき、複数本が収束した矢だった。


「バーカ! さっきまでの攻撃ではじくことは予想してたからな。もう一本仕掛けさせてもらったぜ! 穿て! ファンネル・アロー!」


 ――直撃。

 遮られることもはじかれることもなくドラゴンの目に直撃した矢は、ドラゴンに雄叫びを上げさせるに至る。


「そんな状態じゃまともに見えやしないだろ! ジューク、今だ!」


「言われなくても!」


 ヘレンスが声の返ってきたほうをちらと見ると、拳を握ったジュークが、近くの巨大砂岩に向けて、その拳を振り下ろさんとしていた。


「これがあれば、儂らを追うこともそう容易くはいくまい!」


 叩きつけた拳によって巨大な砂岩は割れ――あたり一面に、砂の粒がまき散らされる。

 その隙に二人は、今朝野宿していた場所の方向へと走り去るのだった。



     ◇◇◇


「ヘレンスたち、遅いですね……何かあったのでしょうか」


「もうすぐご飯の調理も終わるし、アタシが近くを見てくるよぉ」


「頼みます、アイシャ。こちらは任せてください」


「はいは~い」


 のんきに手を振って出発したアイシャ。が、確認の途中でも、心の中は不安で押しつぶされそうになっていた。

 アタシがしでかさなければ――なんて後悔は、今日だけで幾度したか数えきれない。意気消沈しながら周囲を見回っていると、昨晩と同じように……だがしかし、数が増えたような、砂を踏みしめる音が聞こえる。


「もしかして――」


 アイシャは思わず音の方へ駆け寄った。敵だとしたら出会ってから倒せばいい。今は――。

 そんなアイシャの目の前に現れたのは。


「待たせて……すまなかったな……!」


疲れ果て、ところどころ破れ煤けた服を纏った、ヘレンスとジュークの姿があった。

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