第3話
空いた口が
元伯はしばし混乱する。
一体何が起こったのか、何故目の前に
5秒ほど脳内をぐるぐると回転させ、やっと我に帰った元伯の視線が白い袋から上へと登っていく。
「お、おま、おまっ このっ」
文句の1つや10つ言ってやりたいが驚きと混乱で口がもつれる。一方の巨卿はしれっとして持っていた袋を元伯へと差し出した。
「腹が減っているんだろ。食べないのか?食べ方が分からないのか。」
食べ方が分からない訳がないだろ、何年旅をしていると思ってるんだ。こちとらお金が尽きたらそこら辺の雑草食べて飢えを
ムカムカと湧き上がる胸内が、空腹もふまえ吐き気さえ起こす。そんな状況、文句を言うよりまずは飯だ、と判断した身体が、考えるより先に巨卿の持つ袋を半ば剥ぎ取るように横取りすると、無心に炒り米を口に頬張った。
「ゴホゴホッ」
あまりに急いで食べたせいで口内の水分は失われ、口内から喉へとこびり付いた米が苦しい。
「ゆっくり。」
巨卿は大きな掌で背中を優しく
涙目になりながら水と炒り米を交互に食し、やっと腹を満たした元伯が袋を返しながら口を開く。
「なあ、どうして食べ物持ってた事言わなかったんだよ。」
問うたが、食べ物は巨卿の物であり言う必要は決して無い。だが、短い間だけれど一緒にいて彼のひととなりが感じ取れた。巨卿は優しい。それに正義感も強い。そんな彼が横でグーグー腹を鳴らしている人間を
もしかして……
「ああ、すまない。色々あり考える事が多くて持っている事を忘れていた。そういえば私も昨日から食べていないな。」
そうだよね、君はそういう人だよね。
巨卿がゆっくりと炒り米を口に含んでいくのを眺めながら、元伯の口角が
◇
「おやや、こりゃぁ驚いた。」
畑仕事へ行っていた老夫婦がへとへとになって戻って来るや否や目をまん丸くした。
「おかえりなさい。」
笑顔で出迎える元伯の隣では巨卿が最後の壁の穴埋めをしている。2人は結局、老夫婦の帰りを待つ事にしたが、ただ待つのも暇なので巨卿が提案した家の修繕をしていたのだ。泊めてくれたお礼にもなるし、一石二鳥だね。
「これから寒くなるがこれで少しはマシになるだろう。」
「ありがたい。ありがとう。」
土の付いた手をパンパンと払う巨卿の手をとり、老夫婦は涙を浮かべて感謝を述べた。うん、私も手伝ったんだよ?
「暗くなってきたわい。どうじゃろ、何も無い家じゃがもう一泊していかんかね。」
「よろしいんですか。」
老夫婦へお礼を言って去るつもりが、これでは昨日と全く一緒ではないか。辺りは容赦なくどんどんと明かりを落としていく。
「んだんだ。明日の朝出発すればいいじゃろう。こんなにしてもろて泊める事しか出来んがのう。」
疲れが吹っ飛んだのか老夫婦は笑顔で巨卿の手を取り、家の中へと入っていく。遠回しに飯は出ないよと言っているかのようだがまあ仕方ない。明日の朝に出て……明日…あ…
「あーーーー!!!」
途端、静かな薄暗い村に奇声が上がった。一旦家の中に入った巨卿が驚いたように顔を出す。
「どうした。」
大口を開いた元伯を真摯の瞳が貫く。まもなくして迷惑そうに老夫婦も顔を出してきた。
「あ、はは…すみません。」
元伯は申し訳なさそうに苦笑して頭をかいた。
「あの、私、急いでるんでこれで失礼します。泊めて頂いてありがとうございました。」
ペコリと軽く頭を下げてそそくさと退散しようとする、が身体が進まない。焦っていて感じなかったが、がっしりと腕を掴まれていた。
「こんな暗がりに出発したら危ない。明日にしよう。」
「いや、あの…駄目、駄目なんだ。行かないと!その……急いでて…」
真摯な眼差しで説得されるが、元伯はおろおろと落ち着きなく今にも泣きそうだ。その雰囲気に巨卿までも顔を顰めた。
「どこに行く気だ。」
「えっ えーっと…あっち。」
「あっちは林だぞ。」
「え、あ、暗くて間違えた。と、とにかく道の方へ!」
時が過ぎれば過ぎるほど元伯は汗を垂れ流し慌てふためく。余程のことがあるのだろう、だがこれから夜も更けるというのに、この子羊を野に放つ事が巨卿には出来なかった。
「あーもうっ ごめんなさいっ さよなら!」
しびれを切らした元伯が力を振り絞って巨卿の束縛を振り払い、猛ダッシュで暗い夜道へと消えていったのだった。
◇
「……間に合ったかな…」
月明かりに照らされた水墨画のような道をとぼとぼと進んでいく影は、後悔の念に囚われていた。
せっかく知り合えた人間とこんな形で別れるなんて。本当はもっと色々な事を語り合いたかった。彼の事をもっと知りたかった。彼は誠実な人で私の理想像だ。
「はぁ……」
長年1人で旅をしている元伯はお世辞にも寂しくないなんて言えない。せっかく出来た友人もこうしていつも離れていってしまうのだ。否、私が離れていくのか?
「まあいいや。」
元伯は長年1人でいるせいか諦めも早い。どのみちずっと一緒にいられるわけではないのだ。友なんて一時的なものだろう。俗に言われる知己なんてただの勘違いだ。
「ふ、はは…
なんだか寂しすぎて頭がおかしくなっちゃったのか、言ってて虚しさが込み上げる。口元は笑うのに目尻は冷たい。やめてよね、誰彼構わず優しくするのはさ…別れた後辛いじゃん。
元伯が風で冷やされた袖で目尻を拭うと途端、目の中に光りが飛び込んできた。
あまりの眩しさに目を
「
風の
!!
「
元伯は涙ながら目の前の胸板に顔を
「大丈夫。怖かったな、私がいる。」
静かなそれでいて心強い低い声が頭上から降りてくる。大きくて暖かい掌が背中を優しく
元伯は声を上げて泣いた。
ー続くー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます