張元伯という男

方糖

第1話

「おい、包子パオズ3つ。」


「はいよ!」


 活気のある小さな出店でみせはほぼ満席状態でにぎわっている。旅路を急ぐ街道にぽつんとあるここの店は唯一休憩出来かつ腹を満たせる場所なのだ。


 ゆっくりと茶をすする者もいれば、店自慢の包子パオズを強引に口に頬張る人もいる。そんな中、包子を二つ注文し今まさにほかほかの包子を口に含もうとする青年がいた。


 芳醇ほうじゅんな香りに温かい湯気がたまらない。口に含めば肉汁が口の中を満たしてくれるだろう。食べる前から期待に胸をふくらませ口を大きく開けた、その瞬間、横からの衝撃に包子は手から土床へとを描くように転げ落ちたのだった。


「おい、おやっさん。こっちにも包子5つ。」


 強引に空いている席へと滑り込んできた4人の見るからに人柄の悪そうなゴロツキが先に座っていた細い書生しょせいのような躯体くたいに白黒の長袍ちょうほうを身につけた青年を無視して注文する。


 青年は床に落ち、土まみれになった包子を見て名残惜しそうに眼をうるおした。この強引に押してきた野郎どもに一言でも文句を言ってやろうと振り向いたが、喉から声が発せられない。振り上げた拳は宙で止まり振り下ろされることはなく、青年は居直り端っこにちょこんと気配を消したように座る。


 皿に残る1つきりの包子パオズをじっと見つめて肩を落としているとそこに更に影が落とされた。良い天気だったというのに空にまで見放されたのか、なんとついていない、そう思い顔を上げると空はさっきと変わらず薄雲のかかった青空だった。但し、日光を遮るように自分の斜め横に灰色の物体がそびえ立っている。

 逆光によりそのそびえ立っているものが人間だと理解するのに2秒かかった。よくよく見ると細身だが端正な顔立ちに髪は結い上げ、質素だが清潔感のある水色の長衣に身を包んでいた。靴に乾いた土がへばり付いており、長く歩いてきた事がうかがえる。


 歳は自分より若いだろうか、十七・八歳くらいのその若者はゆっくりと身体を折ると自分が居座っている座卓から見えなくなるまでしゃがみ込み、先ほど惜しまれた土まみれの包子パオズすくいあげ、手の平でついた土をパンパンとはたき落とす。


 よもや、その落ちた包子を食べようというのか!?実は何日も何も食べていなくて!?


 私は慌てて手を伸ばして若者の行動を制そうとした。そんな物食べなくていい、そんなにお腹が空いているならこのもう1つの包子パオズをあげるからっと目で訴えかけ、私の手が若者の腕に届く前に、若者の腕がするりと私をかわし後ろへ振りかぶると、次の瞬間、その大人しい見た目とは裏腹に握りしめた包子を隣の席に座るゴロツキの後頭部目掛けて打ち放った。

 

「痛てぇ!なんだ!!」


「うきゃぁあ。」


 痛いのは相手なのに思わず自分の口からも奇声をあげてしまい、すぐさま口を手で覆った。いやいやいや、ありえないだろう、何をしてくれてるのだこの人は!


「お前たちが落とした包子パオズだ。食べ物を無駄にするな、食せ。」


 私の心配をよそにその若者はまるで木のように真っすぐに直立し、なんとも凛々しい。この男こんなに細身で私と変わらない書生のような容姿なのに、実はすごく腕が立つのでは?と若者の頭から足元まで見返しながら期待に口をゆるませた。

 何せ彼は額に青筋を立てた自分の頭分大きいゴロツキ4人を目の前にしても、全く微動だにせず鋭い双眸そうぼう見据みすえているのだ。


「お前かぁ?俺の頭に物投げたのはぁ。」


 期待したのも束の間、世は無常なり。

ひときわ大きいゴロツキが唾を飛ばしつつ怒鳴りつけたのは自分だった。私は虐められた亀のように縮こまり、手と頭を振って否定する。だが、ゴロツキ達の勢いは止まらない。


「何言ってんだ!あそこに落ちてるのはお前の包子じゃねえのかぁ?」


 別のゴロツキが落ちている包子を指さして迫ってくる。


「そ、それはそうですが…はは……」


 もう笑うしかない。どうせ勝てっこないから反抗するのを我慢したというのに、結局自分が相手をする事になるとは。私はこの現場を作り出した張本人へと視線を送った。彼はゴロツキ達の後ろに追いやられ、自分を指し頭をひねっている。


 店の中で睨みあう、否、一方的に睨みつけられる中、店主が迷惑そうに「喧嘩するなら外でやんな。」と声を張り上げるので、律儀にもゴロツキ達は私を外へと押し出した。


 周りを見回すも私以外居ない。助けはなさそうだ。私は絶望した。これから始まる痛みを少し…いや凄く我慢すれば済むことだ。まさか死にはしないよね?


 ゴロツキ達は拳の準備運動をしながらじりじりと私に近づいてくる。私はから笑いしつつ後ずさる。万事休す、自分の拳の倍はありそうな岩が振り上げられ、私は唾を飲み込んだ。


「待て。」


 今にも振り下ろされそうだった拳がぴたっと止まりゆっくりと降ろされると同時に、店の中から出てくる若者へゴロツキ達の視線がいっせいに向く。

彼は私の隣までくるとやはり自信満々に直立してゴロツキ達を見据えた。待ってました!というか遅いよ、君。


「暴力をふるうのは見過ごせない。お前たち、揃いも揃って大の大人が恥ずかしくないのか。」


「なんだてめぇは!」


 ゴロツキ達は今初めて気づきましたというように彼に怪訝けげんそうな顔を向ける。


「関係ないやつは黙ってろ!」


 ゴロツキの言葉に私は少々恥ずかしくなりながらちらっちらと指で彼を指した。彼こそがあなたの頭に包子を投げた方ですよ。


「君子にあるまじき行為だ。見過ごせない。」


 うんうん、かっこいい事言ってますが原因あなたですからね?包子を頭に投げつけるのは君子なんだろうか。

 私は矛先がそれてホッと胸を撫でおろした。どうやら痛い思いは免れそうだ。それから暫く彼とゴロツキ達の言い合いが続いた。

 そろそろ解放してもらいたい。お腹も空いたし。


「元はといえばそいつが包子を投げるのが悪いんだろうが!」


 ゴロツキが急に自分を指差す。

ああ、また矛先が戻ってきた。いや、言う相手間違えてますけどね。


「先に無礼を働いたのはお前達だろう。先に謝れ。」


 正道せいどうつらぬいてますね。うん、でも言う事それじゃなぁい。

 私は半ば呆れ気味に若者の凛々しい顔を見つめる。


「もういいですって。お互い謝って終わりでいいじゃないですか。」


 なだめる側に回った自分は彼の肩をぽんぽんと叩く。すると彼とゴロツキ達があり得ないといった表情で私を見た。


「元はといえばお前が。ええい、面倒な。一発殴れば済むことだろう。やっちまえ!」


 ああ、やっぱり最終的にこうなるんですね。まあ仕方ない。さあ、君、やっておしまいなさい!

 私はやれやれと首を振って彼に期待の眼差しを送った。彼は私に深くうなずくと…私の手を握ってきた。


???


「逃げるぞ。」


 彼が私に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でぼそっと呟くと次の瞬間、私が理解するより早く半ば強引に引っ張るように走り出した。


「ああ!待て、この野郎おおお!!!」


 出遅れたゴロツキ4人は巨体のせいか足が遅い。自分達との距離はどんどんと開いていくのであった。





ー続くー











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