星が産声を上げて
ハルコナ
Prologue for just the two of us
ソレを前にして、クローゼットから覗くわたしは余りに脆かった。
お父さんの身体が、薄く横に裂けていく。
丁寧に。細心に。丹念に。
一片の肉すら溢さぬ様に、丁重に。
お母さんの身体が、惨く爪で開いていく。
野蛮に。幼稚に。乱暴に。
一滴の血液すら貪る様に、乱雑に。
阿鼻叫喚かと問われれば、意外にもそうでは無かったのを覚えている。
何せお父さんの方は既に死んでいたから。死んで尚いじめられていただけだから。
聞こえていたのはお母さんの悲鳴だけ。耳を閉じても塞いでも、絶叫がそれを通り越して聞こえてくる。
何時しかソレが止んだときに、わたしは自分の死を悟った。
カツカツと、端正な足音が近寄ってくる。
ローファーだろうか、ヒールだろうか、ブーツだろうか。
気が狂っていたのだろうか。もうそんな頭のおかしい事しか考えられなかった。
果たして木製の扉が開かれる。
まず飛び込んで来たのは、景色よりも匂いだった。
鉄のような、内臓を刳り返すような酷い匂い。
それも濃厚で、一度肺に入れただけで吐瀉物が迫り上がって来るほどの悪臭。
次に姿。
丈の長い、黒と白を基調にした映えたドレスを身に纏い、アルビノを思わせる様な透き通った白一色の肌を持った流麗な女性だった。非常に整った顔立ちで、その純白に呼応するように、白銀の長い髪が肩に流れている。
加えて、項垂れる様な白銀の髪の先に覗かせる、朱い
人間離れした美しさと、その美貌に見える無垢な表情は、とてもではないが先刻まで人を残虐に殺していた顔つきには見えなかった。
そして、絶望。
その姿の奥で横たわる、確りと目に入った肉。
無惨に、まるで獣が食い散らかした後の様な姿に成り果てた、お父さんとお母さんだった『ソレら』。
震えすら起こせない。否、起こらない。もう死ぬのは確定的だ。いや、いっそお父さんとお母さんと共に死にたいとさえ思った。
女の人が弄るように、わたしを凝視する。
………どうしたんだろう。早く殺せばいいのに。
ふと疑問が湧いた。わたしを殺さないのだろうか。それは困る。殺されないと死ねないのに。
「貴女、怖くないの?」
突如として問いを投げられた。理解が及ばない。
女の人は理解出来ないモノを見るような視線を向けてくる。
瞬間、腹部に軽い衝撃が走り、時間が立つに連れ肥大かするその痛みに思わず膝から座り込んだ。
「………ぁ」
黒い帯の様なモノが腹部を貫通していた。
夥しい程の血液が噴出する───かとも思ったが、意外にもそんな事は無く、水圧の弱い蛇口から出る水の様に、温かいモノが腹部から下半身へと伝っていく。
あぁ、良かった。これで死ねる。それに父と母に比べてそこまで痛いワケじゃなさそうだ。
「感情が無い訳でもないだろうに、死ぬ間際でそんなカオを浮かべる人は初めて見たわ。死にたがりというか、何というか。」
女の人が帯を引き抜くと、より余計痛みが押し寄せ、頭が真っ白になっていく。
ノイズが耳の奥のさらに奥に響く。それでも、その言葉は、しっかりと聞こえた。
「まるで温度があるだけの死体ね。貴女。」
「………………………ぁ。」
本質を突かれた、とでもいうのだろうか。どうしても否定したいのに、今この状況、この思考すべてが、その否定を否定する。
「どっちつかず。腐りかけの林檎みたいで、私が三番目にキライなモノ。貴女、人よりも私として生まれた方が幸せだったんじゃない?」
鮮やかに流れる水々の様に、透明な声で告げられる言葉達。
あぁ、違う。違う違う。違う違う違う。
わたしはそんなんじゃない。お父さんがいて、お母さんがいて、友達がいて、学校があって、楽しかった。毎日が幸せだった。
なのに、ソレを奪った人と、わたしが、同じ?
納得出来なかった。けれども、何というか、腑に落ちた感覚があった。
「…………良いわ。興が乗ってきた。」
羽音が耳を刺す。嫌悪感を催す、蝿のような羽音。
否。ソレは蝿だった。女の人の傍らに徐々に盛り上がっていく球体の赤黒い虚無の様な液体。その虚無は泡立つ漆黒となって形を成し───わたしが蝿と知る生物の何百倍もある躯体を持った蝿が出現した。
「これは
女の人が口元を歪めると同時に、漆黒が進行する。
何をするつもりだろうか。何をされるのだろうか。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
けれども声は出ない。動くことも出来ない。
「いつか私を殺せたら、その時に呪いを解いてあげる。楽しみにしてるわよ。貴方のお人形さんの様なその顔が───」
ぁ。まって。
「───死にたく無いって、惨めな顔になるその時を。」
これが、ソフィア・ダーナーの
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