02_『旅立ち』

『Welcome to Scarlet Fleur!』


システムメッセージと独特の浮遊感が徐々に消え去っていき、次に感覚が戻ってきた時、わたしはベッドに横たわっていました。

ちょうど、ダイブした時間が早かったからでしょうか。

ゲーム内の時間は現実世界の時間と連動しているとはいえ、大まかにしか分別されていないために、今はまだ朝のよう。

瞼の裏を暖かい日差しが照らします。

この心地よさの再現はやはり見事なもの。ゲーム内で寝落ちをするプレイヤーがいる、と言うのも確かに納得できます。

正直、このまま寝ていたいくらいです。


けれど、人を待たせている以上、ずっとそうしているわけにはいきません。

体を起こして、軽く伸びをして。

メニューを開いたのち、装備フィギュアを開いて、習慣でログアウト時には毎回着ているネグリジェから、普段使いの装備へと着替えていきます。

その後、鏡の前で軽くくるりと一回転。一応身だしなみの確認です。

髪型も問題なし。ローブも、シャツも、胸元のリボンも、スカートも問題なし。

ゲーム内なので、シワがつくこともほつれることも基本的にはないのですが、結局この辺りは気分の問題です。

服装に問題がないことを確認した後、気持ちの準備をするために、きゅっと軽く手を握りしめて。

宿屋のドアを開き、外へと一歩、踏み出します。


——『サントゥール』


ここは、いわゆる『はじまりの街』です。

木枠で作られた洋風の建築や、所々並んでいる露店。

そして、プレイヤーがこのゲームを始めた際のスタート地点にもなっています。

元々、わたしが拠点としていたのは、ここからもう少し離れた妖精族側の領地に近い町でしたが、友梨奈ちゃんと早めに合流するために、昨日のうちにここの宿屋でログアウトを済ませていました。


◇ ◇ ◇


集合場所として指定していた広場にたどり着くと、妖精族や人族、獣人族など、様々な種族のプレイヤーが集まっており、初期装備で意気揚々とフィールドに繰り出していこうとするプレイヤーから、わたしと同じく友人と合流しようとしているのかハイグレードな装備に身を包みながらも、キョロキョロと辺りを見回すプレイヤーまで。『はじまりの街』は今日も賑わっています。


そして、友梨奈ちゃんはというと……見つかるのは案外早いものでした。

辺りを興味深げに見回しながら、時々「璃子ちゃーん」と、私のリアルでの名前を大声で呼ぶ女性プレイヤー。

髪色こそ亜麻色になっていましたが、その顔立ちはほとんど現実世界での友梨奈ちゃんと同じものでした。

このゲームでは、キャラメイクで容姿を決める際、現実世界での容姿を元に作るか、ランダムで抽出するかの二択を選ぶことができます。

片や顔バレのリスクあり、片やランダム抽出ゆえ少しばかりリスキーと言うことで、非常に好みが分かれる部分ではあったのですが、どうやら彼女は現実世界での容姿を元にしたようです。


さて、身バレのリスクは低いとはいえ、リアルでの名前を大声で呼ばれる、というのは気恥ずかしいもの。

人混みをかき分け、彼女の肩をポンと叩く……のは、少しばかり躊躇われたため、服の裾をちょいちょいと引っ張ります。


「えっと……どなた様?」


けれど、振り向いた彼女の表情は少しばかり怪訝なもの。

そこで私は、自分の容姿が現実のものとかなり離れていることを思い出しました。


「……璃子、です」

「璃子ちゃんっ!?」


そこでさらに彼女の声は大きくなります。


「……ごめんなさい、あまりリアルでの名前を出さないでもらえると……」

「……あ、そっか……。ごめん。……なんて呼べばいいかな?」

「……ここでは『コリス』です。視点を合わせれば、名前が表示されますので」


それを実践してみたいのか、彼女はわたしをじぃっと見つめてきます。

その視線に気恥ずかしさを覚えたせいか、それともこそばゆさからか、思わずスカートの裾を強く握ってしまいます。

そうすること数秒、どうやら無事に名前は表示されたようです。


「——なるほどね。こうやって確認するんだ。……それにしても、り……ごめん。それにしても、コリスちゃん、見た目大分違うんだね」

「……え、ええ」


白く染めて、一束だけ編んだ髪は肩まで伸びており、ローブも、スカートも随分と丈が短いもの。

ゲームの中でくらいちょっと大胆でも……と、このような格好にしていましたが、現実世界の私に不釣り合いなのは確かかもしれません。

頬がかぁっと熱くなり、思わず視線を逸らしてしまった時でした。


「でもね、可愛いのは確かだよっ。それに……すっごい似合ってるし!」


急に彼女は私の手を取ると、少し弾んだ声で、そんなことを口にしました。


「……そ、そう、なんでしょうか......?」

「うん。コリスちゃんの“好き“が詰まった服装なんでしょ?」


……確かに、その通りです。

魔法使いも、妖精も、生来そういった幻想の世界でしか見ることのできないような存在に憧れてきました。

妖精族の魔法使い『コリス』が、わたしのそんな憧れが作り上げた存在とすれば、ちょっと大胆な格好くらいはするのかもしれません。

それに、友梨奈ちゃんに“似合っている“と言われると、何だかそんな気持ちにもなってきて。

こくり、と思わず頷いてしまいます。


「でしょでしょ? よーし! じゃあ、今日はよろしくね、魔法使いのコリスさん?」


そう告げると彼女はくるりと軽くターンをして、私の手を引っ張ります。


「……あの……目的は……?」


そうすること、どのくらいでしょうか。

いつもの癖で思わず、そのまま彼女について行っていましたが、まだ目的が定まっていなかったことを思い出します。


「えっと……目的……?」


顎に手を当てたのち、彼女は思案すると、


「……ごめん、何も考えてなかった、かな」


と、申し訳なさそうに謝ってきました。


◇ ◇ ◇


◇ ◇



「……なるほどなるほど……」


鍛冶屋にて、武器を眺めながら、友梨奈ちゃんは思索に耽っているようでした。

レンガ造りの建物の中で壁に掛かった剣や斧。

陳列用のテーブルの上には、短剣などの小ぶりな武器が並んでいます。

そんな中で、彼女は一つの武器の前で足を止めました。


「へえ……」


装飾の施された柄に対しては細すぎるとも言えるほどに細身な刀身と、鋭利な剣先。

彼女は目を奪われたかのように、その武器——レイピアをしげしげと眺めたのち、私の方に視線を向けてきます。


「ねえねえ、この剣、すっごいキレイ! どう、なのかな?」

「……レイピア、ですか……」


対して、わたしは少しばかり口籠もってしまいます。

元々、美しいデザインをした武器の多いこのゲームの中でも、特に華美な装飾を施されたものが多いレイピアは、リリース当初、非常に人気がありました。

しかし、その美しさの反面、少々の扱いづらさも持っていたので、結局のところ、使用率は落ち着いたもの。

今ではもうすっかり、使用率の落ちた武器ではあります。


けれど、彼女が不安げな表情を浮かべているのを見てしまったせいか、中々微妙だと言い出すことはできません。

それに、わたしが杖を使っているのです。

であれば彼女がレイピアを使いたいと口にするのは、ある程度想像できていました。

そもそも、この組み合わせは、わたしたちにとって特別なもの、でしたから。


「……ええ、いい武器だと思います」


最初は使い慣れなくても、わたしがある程度支援すればいいのです。


こくりと、わたしが頷いたのを見てすぐに、彼女はそのレイピアを手に取ります。

少し柄の装飾をなぞってみて、銀色に輝く刀身に自分の顔を映してみて。

どうやら、彼女はそれが気に入ったようでした。


「ねえ、これってさ、どうやって買うの?」

「表面を軽く、指先で叩いてみてください。そうしたらウィンドウ……購入するための画面が表示されます」


それを聞いてすぐに、タップと共に開かれたウィンドウ。

しかし、彼女が怪訝な表情を浮かべるまでもまた、早いものでした。


「所持金不足……?」


「……わたしにも見せてください」


そこに表示されていた額は、中々に高いもの。

ウィンドウに表示されたステータスを見るに、初期装備よりは数グレード上、そこそこ良いもののようです。

確かに、最初の所持金では購入できません。


「……少し、お金を稼がないとダメみたいです」

「お金? バイトとか……?」

「ニュアンスとしては、少し近いかもです。でも、正確には『クエスト』と呼ばれているもの、ですね」


今度はわたしの番でした。

再び不思議そうな表情を浮かべた彼女の手を引き、店から出ます。


「受けてみればわかる……と思います。……取り敢えず、行きましょう」

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