たけのこのこのこさつじんじけん

桜零

たけのこのこのこさつじんじけん

 事の始まりは突然だった。

「わかったぞぉ!犯人はきっと、たけのこの里に恨みがあったんだ」

 起こってしまったのである、殺人事件が。

 三月十五日、死体発見。現場は○○県△△市の竹林。死亡推定時刻は七日の午後九時頃。

 遺体の腹部には何か太いもので貫かれたような傷があり、死因は失血死。また、手首には縄で縛られた跡が残っており、ひどく衰弱した様子だった。

 竹林の奥のほうに遺体が放置されていたため、発見が遅れ、腐敗が進んでいたが、ポケットに入っていた車の免許証から身元を特定。

 大谷ニール、四十八歳。独身のフリーターで、半年前に母親が亡くなってからは一人暮らし。

 第一発見者はその竹林を管理している三郎じいさん。おとといの昼頃、慌てて交番に駆け付けて知らせてくれた。

「所長、またそんな意味の分からないこと言って。だからこんなド田舎の交番に左遷させられるんですよ」

「で、そのド田舎で殺られちまったんだよな。まあ、捜査一課の鬼才と言われていた俺にかかればこんなのはすぐ解決してしまうに決まっているんだがねぇ」

「でも、肝心な情報が本部から降りてこないうちは、僕たちは手も足も出ませんよ。お願いですから独自に調査を始めないでください」

 昨日が非番だったことをいいことに、所長は被害者の近辺をこっそりと嗅ぎまわっていたようだ。

「なぁに、すぐに協力要請が来るに決まってらぁ」

「また、お得意の勘ですか?」

 はぁ、とあきれているのはこの笠松交番に勤務している高野だ。彼は先月警察学校を卒業したばかりの新米である。不幸なことにこのいい加減な所長・雲母のもとに配属されて毎日彼に振り回されている。ちなみにこの所長、きらら、なんてかわいらしい苗字をしているが、見てくれは中年を過ぎようとしているただのおっさんである。

「いいや、情報提供をしろとエラそうな態度で必ず奴らは来るぞぉ。覚悟しておけ。あ、俺のこの独自の捜査のことは言うなよ?怒られちまうからな」

「えぇ、それでいいんですか?」

「だって、怒られたくないもん」

 はぁ、と思った高野だが、上司の言うことはとりあえず聞いておいたよさそうだと判断した。

 

 所長の言うことが本当になったのはそれから数日後だった。笠松交番に足を踏み入れたのはいかつい顔をした警官・佐山とその部下らしき女警官・南だった。

「三月七日の晩、近辺で怪しいものを見なかったか」

 佐山はそのいかつい顔をさらにしかめて、どすの利いた声で尋ねた。どう見ても聞き込み調査向きの顔ではない。だからわざわざ、物優し気な南を同行させているのだろうか。

「やあ佐山、久しいなぁ。どうだ、君もそろそろ左遷かね?」

 所長が高野を押しやって前に出る。

「相変わらずだな、雲母。あいにくだが俺はお前と違って上司の受けがいいのでね。当分その心配はなさそうだ。それより、俺たちが聞きたいのは例の事件についてだ」

 佐山はさらりと同期の挑発を流して話を本題に戻す。

「その日は僕が見回りを担当していましたが、特にこれと言っておかしなことはありませんでした」

 多少佐山の迫力に気圧されながらも、高野は答える。

「なるほどな。とりあえず、写真を見てもらおう。南、頼む」

 南は抱えていたファイルからさっと数枚の写真を取り出した。

 一枚目は、現場の写真。どす黒く染まった被害者の腹部を見て高野は先日現場に駆けつけた時のことを思い出した。なにしろ、死体を見るのは初めてだったので、その場で軽く嘔吐きそうになってしまった。

「現場は竹がうっそうと茂る竹林の奥深く。こんなところで夜九時に殺しなんてできると思うかぁ?」

 ぼりぼりと頭をかきながら所長がつぶやいた。

「あぁ、それは俺たちもひっかかっていたところだ。ちなみにこの場所、普段はどのくらい人通りがあるんだ?」

「いや、ほとんど人は寄り付かないな。たまに持ち主のじいさんが行くくらいだ。だよな、高野?」

「あ、はい。たまに子供たちが竹林の入り口で遊んでいるくらいです。でも、夜は絶対に近づきません。僕も子供の時に聞かされたんですが、あの竹藪の中には鬼が出るという言い伝えがありますから」

 田舎ならではの風習だ。子供を危険な目に合わせないように大人たちは鬼の存在をちらつかせる。そもそも、現代の子供たちにそんな手が通用するかどうかは微妙だが、少なくとも高野は幼少時代、ずっとそれを信じていた。

「この町では有名な話ですよね。私も子供のころ祖母にそういい聞かされました。なので大人でも、辺りが暗くなってから足を運ぶことは、なかなかないと思います」

 南も高野同様にこの町の出身である。

「そうなると目撃者は期待できないな。今、聞き込みしてるが特にめぼしい情報は集まらない」

「それで?ガイシャの交友関係は洗ってみたのか?あ、もしかしてまだそこまで進んでいないのか?」

 ニタニタとどこか自慢げに所長が聞いた。

「はぁ、さすがに目星は付けている」

 あきれ返ったようなしぐさで佐山は写真を一枚めくった。


「一人目は葉山美月。すぐそこにあるコンビニの店長だ。被害者のニールは半年前からここでバイトをしていた。死亡四日前の時点ではここに出勤していたことが確認されている」

 写真には、ショートカットの四十代前半くらいの女性が写っていた。

「ん?この髪型……」

 おもむろに所長が口をはさむ。

「なんだ、雲母。髪型が気になるのか?」

「キノコに似てるな」

 何かと思えば全くどうでもいいことだった。

「マッシュルームカット、ですね。若者の間で流行っているんですよ」

 微妙な空気になったところを南がフォローする。

「いやぁ、この人は若者じゃないでしょ。じゃあ、名前覚えるの面倒だからとりあえずこの人は、のこのこさんって呼ぶことにしよう」

 いや、あんたこの人のこと知ってるでしょ!と心の中で高野は突っ込みをいれた。全く、意味が分からない。

「ではこののこのこさんだが、死亡推定日の四日前から一日前、つまり三月三日から三月六日の夜まで旅行に行っていた。それは確認済みだ。だが、その翌日は一日家にいたと言っているが、それを証明できるものはなかった」

 さらりとのこのこさん呼びをしている佐山に若干引きながらも、高野は話を真剣に聞いた。なにせ、初めての捜査活動である。

「つまり、ニールにとってはのこのこさんは職をくれた救世主ってことだな。というか、俺びっくりしたよ。ニールが働いてるの見て」

 ニート時代のニールを知っている所長が懐かしげに言う。


「では、次に行こう。大谷ハヤト。ニールの双子の弟だ。近所の人に聞いたところ兄弟仲はなぜか昔から悪いらしい。そのため――」

「むむっ?こいつはどちらかというと、タケノコだな。輪郭が」

 再度所長が口をはさむ。

「じゃあなんだ。こいつは、たけたけくんか?」

「いやぁ、たけたけくんはさすがにないでしょー。ニョキニョキくんだね」

「どっちでもいい……」

 思わず高野はそう口にする。

「では、このニョキニョキくんとニールの仲は昔から悪い。また、彼は二年前から世界中を旅している。だが、つい最近、三月五日にはこの町に一度帰ってきたそうだ。ニールの家を訪ねたが、いなかったため近くの宿で過ごしたらしい。その後、三泊して八日の朝には帰ったそうだ」

「三泊か。多いな。で、そのあとのニョキニョキ君の足取りはたどれたのか?」

「あぁ。今は北海道にいる。」

「ふーん、思ったより情報が早いな」

 所長は、ニョキニョキくん、もとい大谷ハヤトの写真を一瞥してから、ほかの写真もぺらぺらとめくり始めた。

「そういえば、ニールが最後に目撃されたのは三月三日のバイトが最後か?」

「今のところそうなるな」

「いいや、違うな。少なくとも五日の夕方には目撃されている」

 チッチッチっと指を振って所長はそう宣言した。

「なんだって?どうしてお前がそれを知っている?」

「おーっと、変な勘繰りはよしてくれよ?近所のおばちゃんに聞いたんだよ。夕方にニールが歩いていたところを見たってな」

 本当か嘘かわからないような口ぶりだ。

「いいことが聞けた。その話だと、ニールは五日の夕方以降に誘拐されて七日に殺された可能性が高いというわけか。そうなると、怪しいのは弟のニョキニョキ君だな。おそらく五日か六日あたりに誘拐し、七日の夜にどこかでニールを殺した後、竹林に移動させ、その翌朝何食わぬ顔で宿を出たのか」

「たしかに、宿のおかみさんもニョキニョキくんは七日の夜は帰りが遅かったと言ってましたし、それが一番しっくりきますね」

 南もそれに賛同した。

「とりあえず、その方向で調査を進めてみる。どうもありがとう。では、そろそろ我々も引き上げる」

 二人は軽く頭を下げた。

「いいって、あ、それより知ってるか?ニールの趣味ってたけのこの里を食べながらタケノコ狩りをすることだったんだよね。笑っちまうよなぁ」

 最後にそんなことを言いながら所長と高野は二人を見送った。

「タケノコ狩り……」

 何かが引っかかるのか、佐山は道中、いぶかしげにその単語をつぶやいた。


 佐山と南が去ってからは、笠松交番は何事もなく一日の業務を終えた。

「いやぁ、今日はよく働いたねぇ。なんと猫五匹!こんなに見つけるなんて高野、お手柄だな」

「あ、はい。がんばりました……」

 さすがド田舎。猫探しが日々の業務なんて警察学校時代の自分が知ったらどう思っただろう、と高野は嘆かずにはいられなかった。

「そんなしょげた顔するなー。平和が一番だろ。なっ?」

 なっ?と言われてもしょげるものはしょげるだろう。結局僕たちは例の殺人事件には多分もう関わることはないらしい。

「そういえば、本当に言わなくてよかったんですか?」

「なんだ?あぁ昼のことか。まあ別にこれは全部俺の推測だしなぁ」

 やはり、所長の中では仮説が出来上がっている、と高野は感じた。

「タケノコアレルギーもですか?」

 前につぶやいていたことを思い出して、少し非難するような目で高野は所長を見つめた。

「ん、あぁニールの弟がタケノコアレルギーだって確かそう言ってたはずだけど、確証が持てなくてなぁ。ニールがたけのこの里派で弟がきのこの山派で、それで仲悪いってのは確かだと思うんだけどねぇ」

 のらりくらりとかわすように所長は言った。

「じゃあ、手塚真奈美さんのことは」

「何のことだ?」

「とぼけないでください。メモ、見ましたよ」

 確か汚い字でこう書いてあった。

 手塚真奈美――手塚製菓の社長 ニールの幼馴染 キノコ派 ニールとタケノコ狩りへ タケノコで殺害

「誰ですか、これ。たぶん事件に関係ありますよね?」

「上司のメモを盗み見るとは感心しないぞ。あくまで、俺の勝手な想像だ。さあ、そろそろ帰るんだ」

 いつになく冷たい声でそうつぶやいた。


 

「次のニュースです。先月七日、○○県△△市の竹林で遺体が見つかった事件の犯人が自首しました。手塚製菓の社長、手塚真奈美容疑者は――」

 交番備え付けのテレビから流れてくる内容に高野は耳をじっと澄ませながら書類を片付けていた。

 犯人はやはり手塚真奈美だった。五日の夕方にニールを誘って例の竹林にタケノコ狩りに行った。そこで、ニールを睡眠薬で眠らせてまだ生えたてのタケノコがちょうど腹の真下に来るようにニールを地面にうつぶせに固定して、置き去りにした。タケノコの成長スピードと生命力はとんでもない。やがて数日して、そのタケノコはニールの腹を突き破ってぐんぐん成長した。タイミングを見計らって、彼女はニールを固定していた釘や縄を回収しに行き、そして遺体の場所を少し動かした。遺体があった場所からそう遠くない所で、釘が打たれた土の跡と、ニールの血液が付着した竹が見つかったらしい。

「――警察によると手塚容疑者は、「キノコの里を裏切った幼馴染が許せなかった」と供述しているそうです」

 所長は、どこまでつかんでいたのだろうか。のこのこやらニョキニョキといったふざけたネーミングで佐山部長たちの注意を、タケノコに向けさせようとしていたのかもしれない。おそらく、殺害方法は見抜いていただろう。そして、もしかしたら動機までわかっていたのかもしれない。

「所長、やっぱりあなたは――」

 わかっていたのですね?と高野は続けようとしたが、それを所長は制した。

「あの二人は、俺の友達だったんだ。だから、俺の一言でどうこうなるわけじゃないとわかってても、やはり怖くてね。また、間違った推理をしてしまったら、今度こそ取り返しのつかないことになると余計に思ったんだ」

 寂し気とも苦し気ともとれる表情でぽつりと言った。

「そう、だったんですか」

 そして、この交番に来た理由。それは左遷なんかではなくて、かつて自分の間違った推理によって罪のない人を苦しめてしまったからだと言った。それ以上詳しくは言わなかった。

「なんか、すみません。ことあるごとに、そんなんだから左遷させられるんですよ~なんて言ってしまって」

「別にいいんだ。表向きは左遷となっているが、俺は望んでここにいるんだ。今は自分の故郷の平和を守るだけで手一杯さ」

 それに、と所長は付け加える。

「真奈美なら自首してくれるって信じてたからな」

 かつての友を懐かしむような口ぶりだった。

 それでも高野は所長の才能をこの地方交番でつぶしてしまうのはもったいない、いや、道理に反しているとさえ感じた。そして意を決したようにこう言った。


 「所長、それでも我々警察は、やらなきゃいけないんです。社会の秩序を守るために」


 この発言が正義なのかどうか、高野自身にもわからなかった。でも、

「よし、今日も迷子の猫ちゃんを探しに行くぞ」

 そう呟いた所長の口調がいつもより凛々しく厳しかったのは、もしかしたら高野の言葉が少しは響いたからかもしれなかった。

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