第7話 下準備
「アサ、ちょっとお使いを頼まれてくれないか」
おれが差し出した封筒を、アサはじっと見つめた。
「あの女のため?」
「おはるさんのためさ。顧客の満足度は大切だろ」
「じゃあいい」
その答えに満足したのか、アサの手が封筒に伸びる。
それからおれは食堂に向かう。おあつらえむきに、元気な声が響いているではないか。
「やいこらクソ魔王! 今のはズルだろう」
「フハハハハ、我が深慮遠謀にハマったな勇者よ!」
「よそ見してる間に盤を回すののどこが深慮遠謀だ!」
すぐにチェス盤のひっくり返される音が鳴り響く。駒が床にぶつかる甲高い音。とくれば、お次は取っ組み合いの始まりだ。
彼らは元勇者と元魔王の入居者さん。顔を突き合わせるたびに喧嘩になるのに、毎日一緒にいるのだから不思議なもんだ。
勇者の放った爆裂魔法が飛び、魔王の口から氷の息吹が吐き出される。
「固定」
おれは2人の間に入ってソイツを受けとめた。受け止め損ねた魔法が壁にぶつかり、絶対零度の息吹が床を走る。何人かの入居者さんが顔を顰めて上着を羽織ったけど、建物は綺麗なままだ。
「痛い。寒い。2人とも室内では魔法を使うの禁止って言ってるでしょう」
「おう、若造か。相変わらず気持ち悪いな」
「新緑の若葉よ。その不死の肉体、吾輩であっても理解できんぞ」
勇者と魔王に引かれた。ちょっとヘコむ。
「退屈してるんならさ、ちょっと手伝ってくれません?」
おれが計画を話すと、勇者と魔王は渋い顔をした。
「おいおい、さすがにあの婆さんはキツいぞ」
「そうかあ。勇者さんでも無理かあ。でも魔王さんならいけますよね?」
その言葉に、渋い顔をしていた魔王にやる気がみなぎる。
「フハハハハ、任せろ。この辺りが勇者と魔王の格の違いというところを見せてやる」
「んだとクソジジイ。キツいって言っただけだ。出来ねえとは言ってねえ」
どうやら2人ともやる気になってくれたみたいだ。よかったよかった。
なにせおはるさんの巨体を持ち上げるには、ひとりじゃ骨が折れるからね。おれは2人に礼を言って、その場をあとにした。
仕込みは上々。あとは晴天を待つばかり。
やっぱり空を飛ぶなら、よく晴れた日の方が気持ちがいいもんな。
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