竜姫はくじけない!〜そして私はいかにして理想を追ってこの世界を駆けたか〜

ただの石ころ770

1.私の向かう先は

ようこそMMに!

 私はTCG(トレーディングカードゲーム)が大好きだ。手に汗にぎる対戦はもちろん、デッキの構築を考えているときも、新しいカードと出会う瞬間も、すべてを愛していると言っても過言じゃない。


 ……でも、だからといって、突然TCGの世界に投げ込まれても困る。


 太古からありそうな太い広葉樹が並んだ、ゴブリンの一匹もひょっこり出てきそうな鬱蒼とした森。その中にぽつんとある不思議な空き地に私はいた。


 親の顔より見てきたかもしれない古びたほこらが目の前にある。田舎にいけばどこにでもありそうな犬小屋ほどの小さな祠だ。


 やっぱりこれって……『あれ』だよね。


 古びて苔むしたただの祠なのだけれど、見ればみるほどアレにそっくりだ。


 そう、アレだ。私が暇さえあればスマホでプレイしているTCGの『magic&masters』、通称MMの、オープニングに登場する祠なのだ。


 プレイヤーはまずこの祠を訪れ、自分の分身となるプレイヤーカードを作成するところからMMは始まる。


 ――いったいこれは何の冗談なのかしらん。


 私は目の前の現実を疑いつつも、MMのプロローグで流れるムービーをなぞるように祠の扉に手を伸ばした。


 すると、どこからともなく声が聞こえてくる。


『こんにちは。MMの世界にようこそ! さあ、あなたを定義しよう。あなたはMMの世界にたった一枚しかないオリカだ!』


 やけにテンションが高くて、軽佻浮薄な天の声。しかもイケボである。


 そうそう、こんな感じだった、なつかしいなぁ。


 このオタク臭いカードゲームをはじめたばかりのころを懐かしく思い出しながら、私は頭に浮かんでくる選択肢を選んでいった。


 あなたの名前は?


 名前は……今までと同じでいいや。『ティア』で決定。


 次は得意なマナの選択か……。いまの環境だと黒マナをメインにした構築が強いけど、私はいろんなマナを使った多色デッキが好きだ。


 得意なマナは無しにして、代わりに初期ポイントを多めに貰うことにした。


 次はステ振りなんだけど、かなり悩ましい……。


 MMでは、自分で作成したPC(プレイヤ―カード)を1種類だけデッキに加えることができる。


 PCには自由にポイントを割り振って、ステータスを強化したりスキルを付与できるから、 バランス型はもちろん、攻撃特化、防御特化、スキル特化などなど、プレイヤーの数だけバリエーションがあるのだ。


 このPCをデッキに投入することで、カードゲームの宿命である『数種類のガチデッキとメタデッキしかない環境』から脱却することがこのPCの目的だったのだけど……。


 ――じゃんけんはグーとチョキとパーしかないからこそ誰でも楽しめるってことだよね。


 3千種類以上もあるカードと自由度の高いPCの組み合わせは無限といってもいいほどの構築の幅をプレイヤーに提供することに成功した。しかし、その反面、MMはライトユーザーお断りなTCGになってしまったのである。


 体感で小一時間ほど悩んだ結果、私はステータスを捨てることにした。AP攻撃力は0。HPも潔く1に設定する。


 そして余った初期ポイントのすべてはスキルに使う。厳選の結果、私は2つのスキルを習得した。


 ①『睡蓮』︰プレイヤーは常時、白マナ1を得る。これはどんなカードの効果によっても妨害されない。


 ②『黄金の茨道』:AU(オーラム。ゲーム内通貨の単位だよ)を使用してのカードパック購入ができなくなる。その代わり、パック開封時、レア以上のカードの排出率を+0.1%する。


 ①は文句なしに強スキルだ。マナが無ければ何も出来ないMMにおいて、無条件でマナが得られるのは大きなアドバンテージだ。


 ②は……正直、実用性は微妙。レアカードの排出率を上げる効果は魅力的だけれど、まともにカードが手に入らなくなってしまう。


 といっても、私の場合はメリットしかない。だって私は限定カード以外のカードはだいたい集めてしまっている。普通に入手できるカードのうち、私が持っていないのは数種類のEXレアだけなのだ。


 ちなみにMMのレア度は、コモン(C)<アンコモン(UC)<レア(R)<エクストラ(EX)<レジェンダリー(L)の順で高くなる。Rまではぼちぼち排出されるけれど、EXからは極端に出ない。100万円課金しても1枚もEXが出なかったという報告もあるくらいだ。だから実は、『黄金の茨道』の排出率+0.1%は破格の性能なのかも。


 でもMMはランカーを目指さないのであれば低レアだけでも十分に楽しめる。EXレアが必ず強いというわけではないのだ。……レジェンダリーだけは別格の強さだけれど。


 さて、ここまでかなり時間がかかってしまった。あとはアバターの設定……って、そんなのあったっけ? 


 せっかくだからと、いちばん可愛かったドラゴニュート(女)の白マナ使いをベースにとことん愛らしくクリエイトする。


 髪型は綿毛のようにふわふわした真っ白のボブカットを選ぶ。そこにMMのマナの色にあやかって赤・青・緑の淡いグラデーションをほんのり入れた。


 輪郭もおめめも丸っこいものを選んで、鼻は小さく、口は少し大きく……。よし、これでどこから見てもかわいくて地雷な『ゆめかわ女子』の完成だ!


 年齢は……ちょっとサバを読んで26にしておこう。


『――おめでとう、ティア。君というカードはこの世界に定義された。しかし丸腰で旅をするのはさすがの君でも無理だろう。いくつかのカードをデッキに入れておく』


「え。私の努力の結晶のカードコレクションは持っていけないの!?」


『残念だけど、あれはただのゲームのカードだからね』


 ええっ!? 私が廃プレイして集めたあのカードやあのカードを使えば、無双でチートで悠々自適な異世界生活ができるのに!! 普通、ここは『強くてコンティニュー』でしょ!?


 混乱している私のことを知ってか知らずか、天の声はどこか愉快そうな声で付け加えた。


『――そうだ、忘れるところだった。これを渡そう』


 祠の扉がゆっくりと開く。中には赤い何かが入っている。


「ふぇっ……!?」


 思わず変な声が漏れたけど致し方ない。私は震える手でその赤いパックをそっとつまんだ。


 ――『レジェンダリーが確定で1枚入ったパック』、通称、赤パック。それが私の手の中に確かにあった。


 レジェンダリー。それは通常のプレイでは絶対に手に入らないカードたちだ。熾烈を極める世界大会、その上位者だけに与えられる、まさに伝説のカード!


 ごくりとつばを飲み込む音が響く。


 こ、この中に、夢にまでみたレジェンダリーが……!!


『――やる気になってくれて嬉しいよティア。君は偉大な魔導士ソーサラーを目指すのかい? はたまた死を振りまく魔王になる? それともただの人として平穏な生を謳歌するか。そのどれもが君の手の中にある。さあ、旅立ちの時だ!』

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