例えばこの世界の最大級の愛が唐揚げだったら

来宮ハル

第1話

一.

 若い男の子がひとりで座っている光景は、少し異質だった。周りは女性客ばかりだし、加えてひとり参戦。それなのに居心地が悪そうにするでもなく、彼はなにも気にしない様子で、舞台をまっすぐに見ている。あたしよりだいぶ若いけども、凛としたきれいな横顔だった。


 真っ青なTシャツに、黒いスキニーデニムとシンプルな格好。やや小柄で、肌がとにかく白い。大きな目と下を向いた口角が、なんだかアンバランスだ。


「あのう、もしかしてハヤテくん推しですか?」


 ほんの出来心で声をかけた。あたしもひとりだったし、開演まで時間があって暇だったというのもある。

 見知らぬ女にいきなり声をかけられたせいか、彼は真っ黒な瞳をきょろきょろと左右に動かす。


「え、ああ……はい。なんで……」

「だって、青い服を着てるから」

「ああ……お姉さんは、リオンさん推しですか?」


 彼はあたしの服を指差す。街を歩けば八割くらいの確率で二度見されるような、まぶしい赤色のキャミソールワンピースを白いシャツの上に着ている。あたしがこっくりと頷くと、彼の口元がわずかに緩んだ。


 今日、あたしがいるのはここ近年で人気を博している舞台『花道男子』──通称花ステの会場だ。元々はソーシャルゲームが原作だが、二年前に舞台化された。世界中のあらゆる舞台を潰そうとする悪者と戦うヒーローたち、といった設定のストーリーだ。設定は意味がわからないが、なぜか人気を博している。


 駆け出しの俳優たちが歌って踊って演じて、観客をとにかく楽しませてくれる。二部構成の舞台になっていて、一部は演劇、二部はライブだ。飽きさせない工夫がなされ、広い客層を獲得している。

 メインの登場人物たちにはそれぞれにイメージカラーがあるので、推し──自分が好きなメンバーの色を身につけて応援する。


「最近のリオンさん、めちゃくちゃ歌レベルアップしてないっすか? なんか声の伸びがよくなったし、音程も安定してるっすよね」

「そうなの! 元々歌はうまかったんだけど、表現に深みが出たというか。そんなにかっこよくなってどうすんのーますます推すわーって思う……んです」


 興奮しすぎた。明らかに歳下とはいえ、初対面の人間にタメ口で話すのはまずいなと我に返る。それを彼も察したのか、口元を少しだけ動かした。


「ごめんなさい。引いちゃいましたよね」

「ううん。リオンさん、かっこよすぎるから仕方ないっす」


 開演時間までふたりでずっと話していた。舞台が終わってからも座席で感想を語りあい、それでも足りなくて飲みに行ったくらいだ。

 未成年なんで、とお酒は断られてしまった。そういうわけで彼はジョッキに入ったジンジャーエールをちびちび飲み、あたしは遠慮なくビールをぐびぐび飲み干した。

 これが、蒼生(あおい)くんとの出会いだった。

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