適正なしの少年は闘神の力を借りて魔法の世界を冒険する

猫六ネク

序章 転生

第1話 闘神ミロード

「暇だ……」


 とある山の山頂で眠っている巨大なドラゴン、その頭をベッド代わりにして、その男は寝そべっていた。

 ただ大きいだけではない逞しくも美しいとすら思える筋肉を身に纏い、そして腰ほどまである長い金色の髪が特徴的だった。

 人間でありながら、己の身一つで神と呼ばれるまでに至った存在、それがこの男、闘神ミロードだ。


 そんな存在であるミロードだったが、彼はこの世界に退屈していた。

 武を極め、全てを手に入れたミロードにとって、自分を駆り立てる物はもはやこの世界に存在していなかった。


「やはり実行に移すべきか、転生を……だが……」


 今の生を終え、記憶を持ったまま別の存在として次の生を始める"転生"。

 しかし転生は遥か昔の文献の片隅に記されていただけであり、今の世界では実現不可能な技法だと言われていた。


『まだ悩んでおるのか、ミロードよ』


 ミロードがベッド代わりにしていたドラゴンが、眠たそうな声でそう言った。


「そりゃ悩むだろうよ、ポチよ」

『ポチと呼ぶなと言っておるだろう、エンシェントドラゴンなのだぞ、我は』

「まぁそう固いこと言うなって、エンシェントドラゴンなんだろう?」

『ふん』


 世界最強の生物であるドラゴン。その中でも他の追随を許さないほど圧倒的な強さを誇るのがこのエンシェントドラゴンのポチである。

 かつてミロードと三日三晩戦いながらも決着がつかず、そのまま腐れ縁となった。


『転生の技法は成功する、貴様の闘気であれば間違いない』

「ほんとか? 転生は魔法とか呼ばれる古の技術なんだろう、闘気でどうにかなるのかね」


 かつてこの世界には魔法という技術が存在しており、転生はその時代に編み出されたものだった。

 しかし原因はわからないが今の時代に魔法は失われていた。


『問題ない。たしかに転生は魔法だが、仕組みとしては魂を強固に保護した状態で、魂を傷つけることなく肉体を捨てるというだけのものだ』

「であるなら、別に魔法でなくとも闘気を使って魂を保護すればいい、だったか?」

『あぁ、その通りだ』


 気だるそうな声で転生魔法に関する説明をするポチ。


『まぁ闘気でそんな芸当ができるのは貴様ぐらいのものだろうがな』

「ふむ……」

『それに、貴様は今の生にもう悔いはなかろう、何を悩む必要がある』

「そんなことはない、死んじまったらヤマ爺が作る窯焼きプリンが食えなくなる」

『またそうやって貴様はくだらぬ事を……』


 呆れた口調で言いながらポチがため息を吐く。


「ま、そうだな。やってみっか、転生とやらを」


 後頭部に手を組み仰向けで寝そべった状態から、後方宙返りをして気合を入れながらミロードは立ち上がる。


『ようやく決心したか、では準備が出来たら言うがよい。そうすれば我が一瞬で引導を渡してやるとしよう』

「おう、頼んだぞポチ」

『ふん、生まれ変わったお前を楽しみにしながら、また眠るとしよう』

「そんなすぐに生まれ変わってもらっても困るんだけどな、とりあえず数百年は先の時代に転生したいもんだが」


 ミロードが転生する目的は、新たな刺激を求めて、自分の知らない未知の技術や生物たちがいる世界へ行くことにある。

 ゆえに死んですぐに生まれ変わってしまっては何の意味もない。


『安心しろ、魂の循環はそうすぐには行われん。どれだけ早くとも千年程度は生まれ変わることはない』

「ふーん、ポチはそんな先の時代まで生き残っているのか?」

『当然だ、我は不死だからな。この星が滅びたりでもしない限り生きておる』

「そうか、なら再開を楽しみにして死ぬとするかね」


 そうしてミロードは地面に降り立ち、久々に闘気を全力で放出する。

 そして放出したその莫大な闘気を、自身の中心、魂に、全て一点に集中させる。


「ふぅ……こんな感じか? よし、いいぞポチ」

『相変わらず馬鹿げた闘気だ、ではゆくぞ』

「おう、一思いにやってくれ」


 ドラゴン族の中でもポチのような一部の限られたドラゴンにしか扱えない闘気、”始原の闘気”を集中させる。


『ではな、我に届きし唯一の人間、闘神ミロードよ』


 濃密で莫大な、それでいてどこか優しい闘気の塊がミロードに襲いかかる。

 そしてミロードは、今の生に終わりを迎えた──

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