双紫相愛(部誌ver)

戦ノ白夜

紫気

 ただ茫漠と、どこか不穏な薄紫。

 然様な空の色には染まらず、見渡す限り純白の大地。

 風が唸り氷雪の礫が乱れ騒ぐ日、凍てつく雪原の上を彷徨うのは、生まれて間もなき赤子を抱いた幼童。彼らの小さな身体に凶悪なまでの寒気が噛みつき、細かな鱗に覆われた滑らかな皮膚に亀裂を入れ、血を滲ませている。

 だが霜に蝕まれながらも、彼らは生きていた。

 グルル──と、凍る溜息を物哀しげに吐きながら、幼子は懸命にその身を盾にし、目を開けずに震える赤子を抱き締め、摩っていた。

 彼らはよく似ていた。実のところ、兄弟であった。

 身体の大きさは兄も弟も差程変わらぬ。竜の子供のような姿形も瓜二つ──違うのは、頭に生えた二本の角くらいであろうか。兄のそれは真っ直ぐ後ろに流れ、対する弟のものは大きく湾曲している。

 抱かれている赤子は未だ震えるのみで、動かぬ。それを見る兄の目──

 深い、広い、蒼海の青。

 そこには紛れもなく憂いの波が揺れ、湛えられているのは慈愛であった。伏せられた瞳は、この世の何者のものよりも、無垢で、優しく、哀しかった。

 グルル──と、天を仰いで再び一声、嘆くように鳴く──。

 微かな生命の灯火を吹き消さんと風は猛り狂う。空は白く、白く塗り潰されてゆく。赤子は温もりを失ってゆくばかり、風を防がんとする兄の翼も凍りつき、最早これまでと観念したのか。

 弟をきつく抱いたまま、遂にがくりと頭を垂れた。

 鼻面を弟の顔に擦り寄せ、目を閉じる兄。その瞼の端から零れた雫は、頬を流れ伝う間もなく氷結し、砕け散る。

 そのとき。


 炎が爆ぜた。


 瞑目したのも束の間、伸び上がった炎に包まれ、兄は慌てて頭をもたげる。弟は火中にありながら今なお目覚めぬ。

 凍え死ぬのではなく焼け死にし、もう命を失わねばならぬのかと危惧した兄は、しかし己の身体が一向に灼熱の痛みを訴えてはこないことに気が付いた。不思議なことに炎は仄かな熱を持って彼らを暖め、冷気の束縛を解き、彼らを癒してゆく。神秘の炎であった。

 そして不意に、兄の腕の中で眠り続けていた弟──彼は目を見開いたのだ。

 奥に眩い炎を宿すその双眸は、深紅であった。


 彼は吼えた──赤子のものとはおよそ思われぬ雄叫びが、果てしなく白い大地に、紫の空に、長く長く尾を引いて響き渡った。

 それは非情な世界への宣戦布告の咆哮であったのかもしれぬ。事実、この時から彼ら二人の戦いは始まったのだ。

 彼らは眼差しを交わし、そして悟った。

 我らは兄弟である、互いに唯一無二の友である、と。


 無慈悲な世界に生まれ落ち、極寒の荒野に捨てられた時、既にこの二人の命運は定まっていたのだろうか。

 結局は混ざり合えず赤と青に分かれるのだ、と──。

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