第37話
最近、雪羽に避けられている。
いつからかはわからないけれど、少なくとも三年生になってからはずっと避けられているのは確かだ。
最近は一緒に帰ることはおろか、お昼も二人で食べられていないし、そもそもほとんど話せていない。
嫌われるようなことをした覚えはない。
それに、このまま雪羽と疎遠になるつもりもない。嫌われたなら嫌われたでその理由が知りたいし、そうじゃないならなんで私を避けているのか聞きたい。
自然と縁が切れることに慣れてはいるけれど、雪羽との関係は別だ。
本当は四月に告白するつもりで、そのための準備を色々してきた。告白の練習をしたり、前よりもっと私に似合うメイクを研究したり。
でも雪羽が可愛いって言ってくれなきゃメイクなんて意味ないし、彼女と会えないなら告白の練習も意味がない。
だから私は今日、雪羽の家の前まで来ていた。
放課後、雪羽が友達と話しているのを見て、すぐに家まで来たから、まだ彼女は帰ってきていない。
待ち伏せなんてどうかしているとは思う。
だけど電話をかけてもメッセージを送っても冷たい反応しかしてくれない雪羽にも問題があると思う。
ちょっとくらい時間を作ってくれたっていいのに。
他の友達とは普通に話しているのに、私に対してだけ時間がないなんて言うのは、露骨すぎて傷つく。
私の何が不満で、何を考えて私を避けているのか。
聞かないと納得できない。
しばらく待っていると、雪羽が歩いて来ているのが見えた。俯いて歩く彼女は、まだ私に気づいていないらしい。
こっそり近づこうとすると、顔を上げた雪羽と目が合った。
「雪羽」
「……穂波。なんでここにいるの?」
「雪羽が最近、私のこと露骨に避けてるから。一分だけでいい。話をしようよ」
「避けては、ないけど。本当に時間ないから」
「友達と話す時間はあるのに? そんなに時間、取らせないから」
近づいてくる雪羽の腕を掴もうとすると、避けられる。
スキンシップはいつも、避けられても仕方ないと思ってきた。だけど、こういう時に避けられると、少し胸が痛くなる。
私のことを避けてないなんて、嘘だ。
受験勉強だとか色々理由をつけているけれど、単に私と顔を合わせたくないだけじゃないかと思う。
「話せない。……話したく、ない」
雪羽は俯いて言う。
なんでそんなに辛そうなの。
聞きたいけど、聞けない。
やっぱり私が気づかないうちに傷つけてしまったせいなんだろうか。
いや、それでも。
「話したくないのは、私のことが嫌いになったから?」
「理由、言っても。穂波にはわからないよ」
「どういうこと?」
「……穂波に嫌な思いさせたなら、ごめん。でも今は、穂波と冷静に話せそうにないから。だから、帰って」
雪羽は今にも泣きそうな顔をしていた。
彼女が今、何を思っているのかはわからない。でもここで帰ってしまったら雪羽とは二度と話せない気がして、私はその場から動くことができなかった。
しばらく無言で雪羽を見ていると、彼女は私に背を向けて走り出してしまった。
追いかけて、いいんだろうか。家に押しかけて、逃げたら追うなんて普通じゃない。どう考えてもおかしい行為で、すべきじゃないと思う。
でも。
気づけば私は雪羽を追いかけていた。
意外と彼女の足は速い。だけど追いつけないほどではないと思う。私はスクールバッグを放って彼女を追いかける。
彼女の気持ちは、ある程度わかっているつもりでいた。でも本当は何もわかっていなかったのかもしれない。ここまで私を避けるっていうことは、私に何か至らないところがあったのだろう。
だからって、じゃあしょうがないって雪羽との関係を手放すことなんて、できるわけない。
「待って、雪羽!」
雪羽は止まらない。
私の声がちゃんと届いているのかも、わからない。
高校生のうちは、ずっと変わらず一緒にいられると思っていた。でも私たちの関係は一年生だった頃とは少しずつ変わってきていて。三年生になった今、雪羽は私と話したくなくなって。
ずっと一緒にいたいのに、時の流れで否応なしに変化した私たちは、以前のようにはいられなくなっている。
だけど私の気持ちはずっと前から変わっていない。雪羽のことが好きで、彼女とはいつまでも仲良くしていたいと思っている。
友達でも、恋人でもいい。ただ彼女と離れ離れになりたくなくて。
いや、違う。
本当は、友達のままじゃ嫌だって思っている。今までよりも、もっと気軽に手を繋ぎたいし、理由なんてなくたってハグをしたい。
雪羽のことを何度だって可愛いって言いたいし、彼女にも可愛いって言ってもらいたい。
恋人になれなくても、一緒にいられればいい。
——そんなの嘘だ。
恋人になりたい。多分最初から、そうだった。
「雪羽! 私は雪羽のことが好き! だから話せないと嫌だし、避けられたら悲しいよ! 雪羽が私のことどう思ってるか、わかんないけど! でも!」
息が上がる。
雪羽の背中に手を伸ばして、それでバランスを崩して、転んだ。
膝を擦りむいた私は、痛みに耐えながら立ちあがろうとする。でも、その必要はないみたいだった。
雪羽は立ち止まって、私の方を見ていた。
「雪羽のこと、大好きだよ。嘘じゃない。冗談でもない。……私は、雪羽と恋人になりたいって思ってる」
「……え」
雪羽が目を見開く。
ここまで驚いている表情を見るのは、初めてかもしれない。
本当はもっとスマートに、わかりやすく告白するつもりだったのに。転んで膝から血を流して、泣きそうになりながら告白することになるなんて。
ほんと、格好がつかないにも程がある。
私らしいといえば、そうなのかもしれないけれど。
「私を止めるための嘘?」
「信じてくれないなら、それでもいいよ。恨むけど」
「……」
雪羽は私に手を差し出してくる。私はそれを掴んで、立ち上がった。
「雪羽から手、出してくれるの。久しぶりだね」
「手を出すって言うと、変な気がするけど」
「なんでもいい。雪羽と手を繋げるなら、それでいい」
「……とりあえず、うちに来て。膝の手当てしないと」
「優しいんだ」
「これくらい、普通だよ。……ごめんね」
「謝る必要はないと思うけど。じゃあ、お邪魔しちゃおっかな」
雪羽は告白に対する返事をするつもりはないようだった。
今はそれでもいい。目を合わせてちゃんと話ができるだけで、今はいい。だけど、恋人になりたいのは確かだから、返事はしてほしいと思う。
私は彼女に手を引かれるまま、来た道を引き返した。
その間会話はなかったけれど、雪羽はもう逃げようとはしなかった。
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