第21話

 レストランで食事を済ませた私たちは、のんびりと施設内を歩いていた。

 今日は天気がいい。空を見上げると雲一つなくて、夏らしい入道雲がちょっと恋しくなる。


「なんか、都会ってさ。巨人の街みたいだよね」

「どういうこと?」

「スケールが違う感じ。ここだって広くて建物も全部大きくて、巨人が住んでるみたいじゃない?」

「……この前も思ったけど、穂波は感性が独特な気がする」


 私の住んでいる街はそこまで騒がしくない。午後のこの時間には静かで穏やかな空気になるものだけど、ここはとても賑やかだ。


 遊園地が近くにあるのも影響しているかもしれない。

 少し遠くにジェットコースターや観覧車が見える。

 私はちらと雪羽を見た。


 ジェットコースターに乗る雪羽。想像できない。乗ったらきゃーきゃー言うんだろうか。それともいつもと同じ無表情で、微動だにせずいるのだろうか。


 遊園地でもいつも通りの雪羽を想像すると、ちょっとおかしくなった。


「何?」

「ううん。雪羽はいつも変わらないなーって思って」

「それは穂波もでしょ。穂波はいつどこにいても、誰といても同じ」

「そうかな? これでも私、雪羽と一緒にいるときはいつもよりはしゃいでるよ」

「……そうは見えないけど」


 雪羽の目には、私がどういう風に見えているんだろう。

 綺麗なものを見て綺麗だね、なんて言い合うことはできるけれど、自分がどう見えているかを確かめることはできない。


 雰囲気だけじゃなくて、心も読めたらなぁ。

 それはそれで、辛いんだろうけど。

 読めるのは好意だけでいいな、うん。


「まだまだ心眼が足りないよ。私の心の機微をちゃんと読み取ってくれないと」

「穂波こそ」

「あはは、確かに。私も雪羽のこと、きっと半分もわかってないんだろうね」


 好きになったのは突然で、それからどんどん彼女のことが気になっていって。


 それでも彼女の心に近づけた気がしないのは、なんでだろう。

 雪羽も私のこと、一番って言ってくれたのに。お世辞を言うタイプじゃないとわかっていても、私の何が一番なんだろう、なんて少し考えてしまう。


 でもそれを聞くのって、ちょっと変だ。

 私のどこが好きなの、とか、なんで私のこと親友と思ってるの、とか。


 わざわざ聞くものじゃない。そもそも人間関係なんて、霧みたいなものだ。ある程度目に見えるけど掴むことができなくて、なんだかよくわからない。


 好きとか嫌いとかに明確な理由をつけるのは正直無理だと思う。

 雪羽のことを大好きになったきっかけは、確かに覚えている。


 でも、私を見つけてくれたのが他の人だったら、今の雪羽と同じくらいその人のことを好きになれたかと言われると、うーんって感じだ。


 好きは好き。

 とにかく私は雪羽が好き。

 雪羽は、どれくらい私に好意を持ってくれていんだろう。

 ちょっとだけ、ため息が出そうになる。


「あ、見て雪羽。クレープだよクレープ。ちょっと食べてこうよ」

「さっきお昼食べたばっかなのに? 太るよ」

「いいの。女の子はちょっとくらい太ってる方がいいって言われてるから」

「……誰に?」


 今は服屋の紙袋を両手に持っているから、雪羽と手を繋ぐことができない。だから私は雪羽の手を引くことなく、クレープ屋の方まで歩いていく。


 雪羽は色々言いながらも、私についてきていた。

 手を繋いだ私たちはただの友達だろうけれど、手を繋いでいない私たちはカルガモの親子みたいだ。


 少し間が抜けているような、そうでもないような。

 私は席に荷物を置いてから、クレープを買った。


 太ると言っていた割に、雪羽もクレープを買っている。私はいちごホイップで、彼女はチョコホイップだ。


 でも、まあ。

 雪羽はもうちょっと太った方がいい気がする。


 あまりじっくり見たことはないけれど、前に着替えの時に彼女の体型を少しだけ見たことがある。確かあのときはあまりにも痩せていて驚いた記憶がある。


 体重、何キロなんだろう。

 私は体重すら平均だから、痩せている人が羨ましい。太りたくはないけれど、どっちかに振り切れたい気もするのだ。


「食後のクレープは格別だねぇ」

「食い意地お化け」

「雪羽だって食べてるのに」

「そうだけど」


 小さな口でクレープを齧る雪羽は、小動物みたいで可愛い。

 今更再確認することでもないけれど、雪羽はやっぱり顔が整っている。


 じろじろ見るのもどうかと思うから凝視はしない。でも、少し見ただけでわかるくらいには可愛いと思う。


 好きな人はいないと言っていたけれど、どうなんだろう。

 告白とか、されたことあるんだろうか。


 もそもそクレープを齧りながらなんとなく彼女のことを見ていると、目が合った。笑いかけると、視線を逸らされる。


 私の渾身の笑顔は一秒で彼女の視界から消えて、それで終わり。

 笑顔を見せてよ、なんて言わない。


 この一年でどれくらい雪羽の笑顔を見ただろう。三回くらいしか見ていない気がする。前より表情は柔らかいはずだけど、うーん。


「……でも。穂波はもうちょっと太ってもいいと思う」

「え。雪羽ってデブ専?」

「ちょっと太ってる方がいいって言ったの穂波じゃん」

「そうだけど」

「前見た時、結構痩せてたから」

「健康の心配してくれてるんだ」


 雪羽は答えない。


「私、実は体重まで平均的なんだよね。雪羽こそもっと太った方がいいと思うけど」

「遠慮しとく」

「でもクレープは食べるんだね」

「……じゃあ、あげる」


 彼女はクレープを私の方に差し出してくる。

 嫌ではないけど。


「いやいや。流石に無理だって。自分の分は自分で食べようよ」

「……そうだね」


 遊園地の方から聞こえてくる声に耳を傾けながら、クレープを齧る。

 二人でいられる時間はそれだけで、楽しい。


 一日ごとに雪羽の新しい顔を見られるから。パンを齧っている時とクレープを食べている時の顔はやっぱり違う。


 口の動き方とか、頬の緩み方とか。やっぱり彼女も甘いものは好きなのか、クレープを食べているときは少しだけ頬が緩んでいる。


 クレープを食べる雪羽。

 その顔を、心のアルバムにちゃんと貼り付けておきたい。今ここにいる雪羽は今日だけの雪羽で、明日はきっとまた別の雪羽になる。


 だから私は彼女と過ごす一日一日を大事にしたい。

 同じ雪羽を二度見られないからこそ、今の雪羽を目に焼き付けたい。

 いつか二人でいられなくなった時に、思い出して笑えるように。


「穂波」


 名前を呼ばれて、微笑む。

 今度は目を逸らされなかった。

 雪羽のしなやかな指が近づいてくる。


 つつ、と唇の端を指がなぞって、遠ざかる。

 その指先には白いクリームがついていた。


「クリームついてる。子供みたい」

「……あ」


 雪羽が笑った。

 柔らかくはない微笑みだ。口角がちょっと上がっているだけなのに、見ていると胸がドキドキしてくる。


 雪羽の前にいる私はいつだって一喜一憂している。

 笑ったとか、笑わないとか。目を逸らしたとか、逸らさないとか。


 くだらないのかもしれないけれど、私はいつだって真剣だ。雪羽が笑ってくれたから、今日はいい日だって確信した。


 私の毎日は、雪羽で埋め尽くされている。

 それは決して、嫌じゃなかった。

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