第9話
友情の深さを確かめたいなら、夜に電話をかければいい。
寝落ちするまで電話に付き合ってくれる友達はかなり貴重で、大事にしたほうがいいとこれまでの人生で学んだ。
友達に電話をかけるのに、特に緊張することはない。
夜に電話をかけられる友達は何人かいるし、向こうからかけてくることも時々あるのだ。
雪羽とはメッセージを交わすことはあっても電話をかけたことはないから、少し緊張するかもしれないけれど。
このまま手をこまねいていてもどうせ時間は過ぎて、クラスが替わる日が来るのだから、行動あるのみである。
スマホを持って、雪羽に電話をかける。
一コール、二コール、三コール。
雪羽は出ない。
今の時刻は午後十時だから、出なくてもおかしくはないと思う。高校生が寝るにはまだ早い時間だけれど、思えば私は彼女が何時ごろに寝ているのか知らない。
知らないことも、知りたいこともいっぱいあって。
それを全部知ろうと思ったら、一年じゃ全く足りなくて。
だから私は、来年度も友達であり続けたいと思っている。
普通の私が築く友情は脆くて、いつなくなってもおかしくないくらい薄いものだって、わかってはいるけれど。
普通であることに悩むなんて、贅沢なんだろうな。
世の中には普通になりたくてもなれない人がいる、なんて。
わかっていても、私の悩みが消えるわけじゃないし。
「……はぁ」
「……夏川、どうしたの?」
ため息をついたら、雪羽の声が返ってきた。
びっくりし過ぎてスマホを落としそうになった。いつの間に繋がっていたんだろう。
「いきなりため息なんてついて、何かあった?」
スマホから伝わってくる彼女の声は、いつもとは少し質が違う。口から直接発せられる言葉には感情が少なからず含まれているのだと、今更ながら気がついた。
スピーカーから聞こえる声は、抑揚のなさもあいまって、声というよりは音って感じだ。
声も音ではあるけれど。
「何もないよ。ただ、ちょっと雪羽と話したいと思って」
「そっか」
私はなんとなく部屋のカーテンを開けたり閉めたり、掴んでみたりした。
友達と話す時は、対面でも電話でも緊張しない。雪羽と話す時だって、対面だと緊張しないのに。
顔が見えなくて、雰囲気もわからない電話だと、少し緊張する。
コール音がスマホから響いてきていた時よりもずっと緊張していて、私は手を落ち着かせることができなかった。
失言をしても、彼女の雰囲気がわからない限りそれに気づくこともできない。
雰囲気がわからないのがここまで不安だとは、思わなかった。
でも、何も話をしないで電話を切るのなんておかしい。
……おかしい、けど。
「……あ」
「夏川?」
「雪だ」
私は部屋の窓を少し開けた。暗い空から雪がぱらぱら落ちてきているのが見える。この前降った雪はまだ溶けきっていないから、また街が白銀に染まりそうだ。
「そっちも降ってる?」
「わかんない」
「見てみてよ。こっち、それなりに降ってるよ。寒いし」
からからと、窓が開かれる音が聞こえてくる。
当然のことだけど、スマホから聞こえてくる窓の音は、私の家のそれとは違う。
離れた場所の、違う家。
きっと窓の形も、立地条件とかも、全部違うんだろう。私の家とは違うその音を生で聞く機会はきっとないだろうから、些細な音すら貴重に思えてしまう。
今の私には、耳から入ってくる情報が全てだ。
「うちの方は、降ってないみたい」
「そっか。雪羽の家って、どの辺?」
「えっと……」
雪羽の家は都内にあるらしい。
私の家からは電車で一時間かからない程度の範囲だけれど、意外に天気が違うみたいだ。
隔たりを、感じる。
私は雪を見ているけれど、雪羽はきっと、暗い空しか見ていないのだろう。時間にすると大したことのない距離なのに、雪の有無で考えると、すごく遠いように思える。
私が見ているものを、雪羽も見てくれていたらいいのに。
見ているものも、感じているものも、
共有できたらきっと、もっと。
幸せになれると思う。
でも、降っていない雪を見ることができないのと同じで、雪羽が抱きようのない感情を抱いてほしいと願っても、きっと無駄なのだろう。
友達でいられればそれでいい、はずなのに。
私も彼女に、恋愛感情を抱いてほしいと願っているのだろうか。
好きだって言ってくれなくても、今のままでいいと思っているのはほんと、なんだけどな。
あーあ。
私って、わけがわからないなぁ。
「……寒いね」
雪羽が、小さな声で言う。
息を吐いたら、白く染まった。
暖房を効かせていても、窓を開けたらやっぱり寒い。
当たり前なんだけど。
「うん、ほんと。息真っ白だねぇ」
「冬、だもんね」
身のない会話だ。
でも、寒いという事実だけでも彼女と共有できたことが、嬉しい。
好きって気持ちは別に共有できなくてもいいのだ。ただこうやって、私が寒いって言った時に、雪羽も寒さを感じてくれているのなら。
寒いって言葉を返してくれるのなら。
それだけで私の心はぽかぽかになって、ふわっとして、幸せになれる。
「ねえ。明日、うちに遊びに来ない?」
「夏川の家に?」
「そ。パジャマパーティ、みたいな。雪羽とはやったことなかったから」
「結構そういうの、やってるの?」
「まあ、時々ね。暇だったら来てよ」
「他、誰か来るの?」
「……あー。まだ、他誰呼ぶかとか、決めてなかった」
「そっか」
雪羽を家に誘うつもりなんて、なかったのに。
浮かび上がった心が、私を少し大胆にさせているのかもしれない。他の友達を家に呼ぶことくらいあるから、変な意味には取られないと思うけれど。
できれば明日は、二人きりでいたい。
友情を確かめるとか、そういう意図も少しはあるけれど。それ以上にただ、彼女と同じクラスで、友達としていられるこの時間を最大限に楽しみたいと思っていた。
友達として、彼女と一緒にいたい。
好きと言われるより、好きと言うより、一緒にいる方が大切だ。
「明日って、結構急だよね」
「うん」
「皆多分、予定あると思う」
「雪羽は?」
「……私は、ないよ」
「じゃあ、いっか。二人で」
「うん。仕方ないよ。二人でやろう」
スマホから聞こえてくる音は濃淡も抑揚もないから、感情が一切伝わってこない。雪羽も二人で過ごしたいから皆に予定があると言ったのか。
それとも、ただ世間一般的な話をしているだけなのか。顔を合わせていたら雰囲気でわかったかもしれないけれど、どっちにしても彼女と二人で明日を過ごせるというのは確かだ。
いや、まあ、家族はいるんだけど。
仕方ないから、二人で。
こういう状況だったら、私も二人きりでいたいって思いを誤魔化すために、同じことを言っただろうけれど。
でも、あっちから言われると少し気になる。本当は私と二人でいたくないけれど、誘われたから仕方なく、とか。
……やめよう。
明日、会えばわかることだ。きっと。
「……明日、楽しみにしてる。雪羽が持ってる一番可愛いパジャマ持ってきてね」
「夏川もね」
「うん。とびっきりセクシーなの用意しとく」
「……そんなの持ってるの?」
「あはは、どうかなー」
「……じゃあそれも、楽しみにしてる」
一応、そういうのは本当に持っている。前に友達と遊びに行った時に、じゃんけんで負けて買わされた記憶がある。
着るつもりはなかったけれど、明日会った時に、本当に彼女が楽しみにしてるようだったら着てもいいかなと思う。
私たちはそのまま電話を切ることなく、しばらく世間話を続けた。
普段から寝るのが早い私は、話している途中に眠くなってきて、気づけばベッドに倒れていた。
雪羽におやすみって言われてから眠ることができたら、きっと幸せだっただろうけれど。
残念なことに、意識がなくなる直前に何を話していたかは、思い出せなかった。
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