第2話
雪羽のことを見つけ出すのは難しい。
彼女は気配が薄いから、一度人混みに紛れてしまうと中々見つからないのだ。好きな人なんだからすぐに見つけ出せって話なんだけど、私の目はそこまで発達していない。
昼休み。
私は雪羽と一緒に昼食を食べるべく、校舎をうろうろしていた。
他の友達から昼食に誘われてはいたけれど、私は雪羽と二人で食べたかった。友達との付き合いも大事だから、こうやって雪羽と二人だけで食べようと試みるのは一週間に一度だけだ。
毎週金曜日は、雪羽と二人で食べる日。
それは私が勝手に決めたルールであって、雪羽と約束しているわけではない。
だって、二人きりで食べたいなんて言ったらもうそれはあなたが好きですと言ってるようなものな気がするし。
……考えすぎかもだけど。
いくら私が彼女に好意を包み隠さず伝えているからといって、そこに恋愛的な意味があると勘づかれたらまずい。
私は彼女と友達のままでいたのだ。
彼女と一緒にいたいだけであって、恋人になりたいわけじゃない。わけじゃ、ないと思う。
キスしたいとか、セックスしたいとか。そういうの、ないと思うし。
……ないよな?
「夏川」
手がかりなく歩いていると、不意に後ろから声をかけられる。
振り向くとそこには、パンを抱えた雪羽の姿があった。
ぱっと、世界が華やぐのを感じた。
「お、雪羽。やっと見つけた。もー、どこ行ってたの?」
「見つけたの、私だよ」
「見つかったってことは、見つけたってことだから」
「……何それ。そもそも、約束とかしてないよね」
雪羽は冷たい。
金曜に雪羽と一緒にご飯を食べられるのは、二週に一回くらいだ。大抵はこうして雪羽が私を見つけてくれて、そのままの流れで一緒に食べることになる。
でも、彼女が私を見つけてくれない週は、大人しく教室に帰って友達と食べている。
雪羽は私よりずっと目がいいみたいで、普通極まりなくて目立たない私を、結構な頻度で見つけてくれる。
そういうところが、好き。
でもどうせなら、毎週ちゃんと見つけてほしいと思ってみたり、なんて。
「してないけどさー。今日は雪羽と一緒に食べたい気分だったの。察してよ、この乙女心を」
「……いいけど。どこで食べるの?」
「んー、そうだなぁ。今日は寒いから、ラウンジで食べたい」
「わかった」
「他の人も呼ぶ?」
「呼ばない」
雪羽がそう答えることを、私は知っている。雪羽は大人数での食事を好まないから、こうやって聞けば自然と二人で食べられるのだ。
別に聞かなくても、勝手に二人で食べることになるんだろうけれど。
でも、どんな理由があるにせよ雪羽が私と二人で食事をすることを選んでくれたという事実が欲しいから、いつもこうやって無駄な質問をしてしまう。
なんというか、どうかしている気がする。
「おけおけ。じゃあ私もパン買ってこようかな」
「買わなくていい。私が買ってあるから」
「私パンはクリームパンとソーセージパンしか食べないよ?」
「知ってる」
「飲み物は牛乳で」
「それは自分で買って。ラウンジに自販機あるでしょ」
「はーい」
昼食をパンで済ませるときはいつも同じものを買っているから、雪羽がそれを知っているのは当たり前だ。
当たり前なんだけど、やっぱり把握してくれているのも、それを買ってくれているのも嬉しくて。
この前ちょろいなんて言われたけれど、ほんとだなぁ、なんて思う。
よくよく考えたら、約束していないのに私がいつも買うパンを買って声をかけてきたってことは、雪羽も私とお昼を食べたかったってことなのでは。
少しくらい、期待してもいいのかもしれない。
雪羽も私を結構気に入ってくれてるって。
ラウンジにはそれなりに生徒の姿があった。
私たちは端っこの席に座って、静かにパンを食べ始めた。
私は特別パンの好みがない。とりあえず甘いパンとしょっぱいパンを食べていればバランスがいいかな、なんて発想でパンを選んでいるだけだ。
食べる種類を変えるのも面倒臭いから、いつも同じものを食べている。
でも雪羽は意外とチャレンジャーで、食べるパンは毎週違う。
「それ、美味しい?」
「……微妙。新発売だから、選んだんだけど」
雪羽は小さな口でパンをもぐもぐしている。
その唇の動きとか、頬の感じとか。ちょっと小動物っぽくて可愛いけれど、いつも無表情だから人からは怖がられがちだ。
でも実は雪羽はわかりやすい。
表情は変わらないけれど、発する雰囲気が変わるのだ。今はパンが美味しくなかったからか、不機嫌オーラが出ている。
「何パン?」
「塩バターくるみパン」
「ふーん……」
別に、新発売のパンが食べたいわけではない。
ただ、雪羽の食べたパンを食べたい、なんて気持ちはちょっとある。普段は一口ちょうだい、なんて言わないけれど。
でも、今は口実があるから、言える気がする。
「そんなに微妙なんだ。……一口食べさせてよ」
変な感じにならないように、いつも通りの声で言った。
雪羽の表情は、当然変わらない。
「いいよ。……はい」
一口サイズにちぎったパンをくれるのかと思いきや、彼女はパンをそのまま差し出してくる。
雪羽って、そういうの気にしないタイプなのか。知らなかった。
しかも、雪羽が齧った方を私に向けてきている。なんだろう、試されているんだろうか。こんなので間接キスがどうのと騒ぎ立てるのは馬鹿馬鹿しいってわかってる。
わかってるけど、そんな小さなことで無駄にドキドキするのが、恋ってやつで。
やっぱやめた、なんて言うのはなしだから、私は彼女から差し出されたパンをそっと齧った。
味は……わからない。
パンを齧っただけなのに、顔が熱くなる。
馬鹿なんだろうか、私は。単純というか、ちょろいというか、心が小学生なのか。
恋したのなんて初めてだから、これが普通じゃないのか、普通なのかすらわからないけれど。
「どう?」
「微妙……かも」
「そっか。じゃあ、残りは私が責任持って食べる」
「口直しにクリームパン食べる?」
「ううん。もう一個、普通の買ったから。いい」
「……なるほど」
流石に自分の食べたパンまで雪羽に食べさせようとするのは、許されないらしい。
雪羽は私が齧ったところも構わず食べていて、舞い上がっていたのは私だけだとすぐにわかる。
早鐘を打っていた心臓が、少し落ち着く。
結局その後何か特別なことが起こるということもなく、食事は終わってしまう。
次に二人でお昼を食べられるのは、また一週間か二週間後だ。
一週間をあと十何回か繰り返したら、クラスは替わってしまうのに。
クラスが替わっても雪羽とこうやって昼ご飯を食べられるんだろうか。四月になったら雪羽の私に対する感情も薄れて、全部終わってしまってもおかしくはない。
そう考えたら、ちょっとしたことで舞い上がれる今の状況は、幸せなのかもしれないと思う。
あー、いや、でも。
できればもう少しだけ、触れ合いたいような。
そんな気が、した。
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