両片思いを拗らせて告白できない女の子同士が付き合うまでのお話
犬甘あんず(ぽめぞーん)
第1話
恋人とはして、友達とはしないことって、何があるだろう。
キスとか、セックスとか?
恋人からその二つを除いたら、友達と全く同じになるんだろうか。
多分ならないと思うけれど、具体的に友達と恋人の何が違うのって聞かれると困る。
そんなこと、聞いてくる人なんていないが。
「夏川」
声が聞こえる。抑揚はあまりないけれど、透き通っていて聞き心地がいい声。
その声ではっとして、自分が寝ていたことに気がついた。
机から顔を上げると、教室にはもう誰もいなかった。
……いや。一人だけ、私の前の席に座っている。
「おはよ、
眠い目を擦って挨拶をすると、雪羽は目を細めた。
「おはよう。夏川、口に涎ついてる」
「拭いて拭いてー」
「……もう。しょうがないな」
雪羽はポケットからハンカチを取り出して、私の口元を拭いてくれる。相変わらずの無表情だけれど、雰囲気でちょっと呆れているのがわかった。
こういうとき、ティッシュじゃなくてハンカチで拭いてくれるところが雪羽らしいと思う。
私は口元を拭かれている間、じっと雪羽を見つめた。雪羽の目は綺麗なアーモンド型で、まつ毛も長くて羨ましい。ビューラーを使えばもっと映えそうだけど、痛そうだからいや、とのことだ。
ビューラーって別に、痛いものじゃないと思うけど。
でも今のままでも綺麗だからいいのかな、と少し思う。
飾っても、飾らなくても。私は雪羽のことが好きだ。
「ほら、拭けた」
「ありがと。雪羽は天使だなー。大好き、愛してる!」
「はいはい」
抱きつこうとしたら、逃げられた。
雪羽は大人しく抱きしめられてくれる時と、逃げてしまう時がある。今日は逃げる日らしく、彼女の体温と柔らかさを感じられなかった腕が寂しく宙を切った。
あーあ、と思う。
あっちがただのじゃれ合いと思っていても、こっちはいつだって本気だ。もっとベタベタしたいし、なんならいつだって彼女と手を繋いでいたい。
私は雪羽に恋している。
でもそれが叶わないものだってわかっているから、私はスキンシップ好きな友達の顔をして雪羽にいつも触れている。
好きな人との触れ合いはそれだけで嬉しいし、楽しい。
雪羽が好きって言ってくれなくても、友達として彼女に触れられるのならそれでいい、と思う。
「そういうのいいから、早く帰ろう」
「冷たいなぁ。……冷たいって言ったら、皆もだよね。私のこと起こさないで帰っちゃうなんて」
「それは……」
雪羽は私をじっと見つめてくる。
「確かに、薄情かも」
「だよね? 起こしてくれたの雪羽だけだし。そういう意味じゃ、雪羽はやっぱり優しいかも」
私をちゃんと見てくれているのは、雪羽だけな気がする。
私は普通オブ普通だから、色々と後回しにされるし、忘れられがちだ。
「そんな雪羽にはねー……」
私はバッグからハンドクリームを出して、多めに手につけた。そして、その手を雪羽の手に伸ばす。
今度は逃げられなかった。
意外に小さい手を包み込むように握って、ハンドクリームを塗り込んでいく。
彼女の指の感触を味わうためにゆっくりと自分の指を絡ませる。雪羽は特に何も言わず、私をじっと見つめていた。
彼女の指に集中したかったけれど、無言でやるのも変だ。
だから私は、そっと笑ってみせた。
「ハンドクリーム、プレゼントしちゃう」
「好きだね、こういうの。……他の友達にも、やってるし」
「んー、まあね。幸せのお裾分けってやつ?」
「あんま、やらない方がいいと思うけど」
「なんで?」
雪羽の手は綺麗だ。毛の一本も生えていないし、滑らかで触り心地がいい。手を繋いで歩けたらなんて、私はいつもそう思っている。
雪羽はあまりスキンシップが好きじゃないみたいだから、無理はできない。
あんまりしつこくすると嫌われてしまうとわかっているから、私も深追いはしないようにしている。
「それは……。減っちゃうから」
「ハンドクリームが?」
「……うん」
「へーきへーき。これそんな高くないしね」
白いクリームが手に馴染んだのに合わせて、私は雪羽から手を離した。
名残惜しいけれど、深追いは禁物だ。
触りすぎてキモいと思われたら、嫌だし。
「終わった? なら、帰ろ」
冷淡な反応だ。私はこの短い間でも手を握れていたことに舞い上がっているというのに。
「ちょっと待って。リップもつける」
「そんなに乾燥してるの?」
「まあね。乾燥肌気味だから。……あ。こっちもお裾分け、いる?」
私はリップを自分の唇に塗りながら、彼女に笑いかけた。
ぴくり、と小さな肩が動く。
表情は変わっていないけれど、雰囲気がちょっとピリついた、気がした。
ミスったかもしれない。
「いらない。……それ、他の人には絶対言ったら駄目」
「冗談だから大丈夫」
「……夏川」
「男子には言わないから平気だって」
本当は、冗談じゃないけれど。
雪羽がうんと言ってくれたら、すぐにでもキス……もといリップのお裾分けをするつもりだった。
でも、頷いてくれることなんてないとわかっている。わかっているからこそ、こうやって冗談ということにして、なんでもないように笑えるのだ。
ただ人との距離感が近い友達のふりをして、私はいつだって彼女に触れて、好きと言っている。
彼女がもし、一ミリでも私に恋愛感情を抱いてくれているのなら。
きっと私のスキンシップに反応してくれていたんだろうけど。
友達として彼女に触れる度に、彼女と想いが通じ合うことはないんだって実感してちょっと胸が痛くなる。
痛くなるけど、触っている時は幸せ。
感情はジェットコースターみたいに上がったり下がったりして、私の心はいつも悲鳴をあげている。
でも、好き。
好きって気持ちに、嘘はつけない。
「はい、塗れた。帰ろ、雪羽」
私は握られないことを覚悟して、彼女に手を差し出した。
数秒後、今日はいい日だと確信した。
雪羽が私の手を握ってくれたからだ。
「今日の雪羽はサービス精神旺盛だ」
「手、繋いだだけなのに」
「口も拭いてくれたし。そんなにサービスされたら恋しちゃいそう」
「ちょろすぎるでしょ」
「恋なんてそんなもんだよ」
私は笑いながら、スクールバッグを肩にかけた。
雪羽の手の感触は、私のそれと同じだ。
同じクリームを塗って、潤った手を繋ぎ合う。それだけで幸せになるのが恋で、手を繋いでくれたのが単なる気まぐれだってことにちょっと苦しくなるのもまた恋だ。
痛くなったり、嬉しくなったり。
本当に私の心は忙しい。
あーあ。
ほんと、できれば叶いそうな恋をしたかったなぁ。
そんなの無理だって、わかってるんだけどさ。
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