メロスはもう、走れない。
@hatosabu_re
第1話
メロスはもう、激怒することはなかった。
あの日、セリヌンティウスを迎えに行くと約束した日。メロスはとうとう自分の誘惑に勝ち切ることは出来なかった。
太陽が沈む10倍の速さで走ったメロスだったが、城の前にして死への恐怖が膨れ上がってきた。
「時間だ。やはり奴は来なかった。」
「メロスは私の雄一無二の親友だ。必ず来る。もうひと時待って貰いたい。よろしくお願いします。」
「いいだろう。しかし人間というもの、信頼出来る者などいないだろう。結局、最後は自分可愛さで逃げるのだ。」
「黙れ!メロスはそんなやつではない。私は彼を信じているのです。」
セリヌンティウスの必死の懇願を見たメロスは居た堪れなくなって足を後方に踏み出した。
メロスは一晩中ゆっくりと歩いて家まで帰ってきた。濁流の川を遠回りして橋を渡り、山賊と戦った丘を越え、日が昇る頃には家がある街に到着した。
朝方、羊の餌の準備をしていた妹夫妻からはいつものように元気よく声をかけられて、とうとうメロスは涙を堪えることは出来なくなった。
そうしてメロスは半数の羊を連れて村からも町からも離れた場所で1人寂しく暮らすのであった。
そして、それから10年…
夕方、メロスが仕事を終えて帰ろうとしていた時、フードを被った少女が山賊に襲われているところに鉢合わせた。
「あの…助けてくだ…」
そこまでいうと山賊は少女の口を塞ぎ、メロスに襲いかかってきた。よく見ると、少女には大きな宝石のアクセサリーが幾つも付いていた。
メロスは応戦した。剣を避け、羊を整列させるために使っていた棒を思いっきり振ったら簡単に倒すことが出来た。
他の山賊は逃げていったが、メロスに追う気力はもうない。
「お嬢ちゃん。こんな時間に、こんな山奥に1人でどうしたんだい?暗くならないうちに家に帰りな。」
仕事以外でメロスは人と話すことなど久しぶりだった。セリヌンティウスを置いて逃げたあの日以降、メロスは後悔と懺悔から他人と関わることを意図的に避けていたのだった。
「助けていただき、ありがとうございます。私、この国の次期王女だったのですが、訳あって今逃げています。」
「王女だって?邪智暴虐だっていう王の?」
「それは父の事だと思います。でも最近は…」
そこまで話すと遠くの林からガサガサと足音が聞こえてきた。
王女はフードを深く被りメロスに言う。
「とある事情があって隠れる場所が欲しいのです。一晩だけでいいので貴方様の家に置いていただくことは出来るでしょうか?」
「ええ...」
――これは再びメロスが走るようになるまでの物語――
メロスはもう、走れない。 @hatosabu_re
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